一新
27
翌日のことだ、
「大変だ、大変だ、大変だ、逆から読んだら変態だー!」
大騒ぎしながらアクジロウが酒場へと駆け込んでくる。逆から読む必要もないし、逆から読んだら「んへいた」だけど、それはどうでもよかった。くだらないアクジロウの戯言だ。
鍛冶屋の人たちは親切にも酒場併設の宿屋を僕たちの休養のために一番に直してくれた。
もっともネイレスが戻ってくるまでやることもないので毒素で壊れた防具を一新してから、僕は周りの魔物退治から掃除洗濯炊事にもちろん家屋の修理まで手伝った。
もちろん各都市から話を聞いたユグドラ・シィルを故郷とする鍛冶屋などなど人が集まり意外と早く修復できそうだった。
それでもジョバンニは帰ってこなかった。
アリーが刃こぼれしたレヴェンティを直してもらった人物に僕は会ってみたかった。
数日前にアリーに伝えると、
「ジョバンニはそういうやつよ」
アリーは呆れたように笑い、話が聞こえたらしいバルバトスやアクジロウも
「帰って来んほうがあやつらしいわい」
「ジョバンニには序盤にしかあえないんだぜ」
と言っていた。アクジロウはふざけているように見えたので殴っておいた。
それはともかく、アクジロウが大騒ぎして酒場に入ってきても、僕たちは話を続ける。
アクジロウが僕たちを見つけて、近づいてきた。
「次はどんな試練なの?」
「確か、的狩の塔ね。その次の戦闘の技場も同じ街でやるわ」
「ちなみにそこは南の島でござるよ」
南の島! なんとなく気分が高揚するね!
「なに考えてるのかしらないけれど、たぶん想像と違うわよ」
「へーんーたーいーだー!」
別にそういう想像をしたわけではないのだけどアクジロウが叫ぶ大変の逆読みが僕の耳を劈く。
「うっさいなあ。さっきからなんだよ!」
「突然ですが問題だぜ。[十本指]は現在何人でしょう」
僕たちが対峙したのがヴィクアにキムナル、ユーゴック。今回亡くなったのがブラジルさんにソレイル。
そして忘れちゃならないのが僕たちの師匠にあたるディオレス。以上が欠番となった[十本指]。
原点回帰の島から出るときに見た三人組ラッテにポポン、パパン。そしてブラギオ。この四人が残存する[十本指]。
こう考えると実に多くの[十本指]と関わっていることに気づいた。
「四人だろ」
長考のあと、僕は短く一言。
「正解! でだ、[十本指]を制定した集配社“ウィッカ”は欠員が出た[十本指]を再編した。それが、これだっ!」
アクジロウが情報紙をテーブルに広げ、「ドンッ!」という効果音が似合いそうに自信満々に情報紙の一部分を指した。
そこには新[十本指]が記載されていた。
一本指 天才ラッテ・ラッテラ
二本指 白の伝導師ポポン・ポパム
三本指 黒の伝導師パパン・ポパム
四本指 速達者ブラギオ・ザウザス
ここまでは現存する[十本指]を繰り上げただけだった。次に書かれていた人物に僕たちは目を見張る。
五本指 開発の申し子レシュリー・ライヴ
僕だった。僕で、僕で、僕だった。もう一度、見てみても僕だった。
それにしても異名と言えばいいのか……なんかそういうのはむず痒い。なんで開発? 薬剤士だからだろうか?
さらに仰天は続く。
六本指 双剣アリテイシア・マーティン
アリーの名前だった。二刀流にしたのはつい先日なのに既にその情報が露見されていることに異名を見て気づいた。さらに仰天は止まらない。
七本指 変幻自在コジロウ・イサキ
次にあったのはコジロウの名前。異名に関してはなんか納得がいった。〈中性〉を【変装】と表して幾度と性別を入れ替わっているからだろう。
八本指 第二聖魔女リアネット・フォクシーネ
九本指 勇者二世アルフォード・ジネン
コジロウの次に名を連ねたのはリアンとアルだ。
「だれが、アルやリアンのことを?」
アルのほうを見ると、リアンと一緒に苦笑いしていた。
「あの集配員がバラしたんじゃないの?」
「ヴェーグルでござったか。そういえば途中から見なくなったでござる」
「でもあいつはいつの間にか、セフィロトの樹に名前が刻まれていたよ」
「おそらく、ブラギオじゃな」
慌てて入ってきたアクジロウを制止するためか、ゆっくりと酒場に入ってきたバルバトスさんがぼそりと言った。
「あやつならリアンとアイトムハーレの関係を知っておってもおかしくない。都合よく[十本指]が死んだから利用したかもしれん」
悔しそうにバルバトスさんが呟いた。
「でオマエラ、どうするんだよ。この集配社、こういうのは出し惜しみするから顔はまだ公表されてない。顔が公表されたら、一気にここにいるってバレるぜ」
「まだここは復興中だからね、私たちがいたら復興できるものもできないわね」
「少し早いでござるが南の島へ行くでござるか」
「それがいいかも」
僕も同意する。
「ところでリアンたちはどうする?」
「私たちは行かないです」
「それどころか冒険をやめるかもしれないです」
「どうして?」
それにはさすがに驚いて勝手に口が動いた。
「ノノノさんが必死に助けた男の子。あの子の親がどうやら亡くなってるみたいで。それだけじゃなくて他にもたくさん孤児がいるんです。その子たちを集めて育てようかなって思うんです」
子どもたちを見捨てれない、なんともリアンらしい選択だった。
「それに俺も付き合おうと思ってます。[十本指]に選ばれたことを懸念されているのかもしれません。けど大丈夫です。セフィロトの樹の根元ならあまり人も近づきません」
「わしとアクジロウもおる。安心せい!」
「オレもかよ、じいちゃん……」
「何を慌てふためいておる。当然のことじゃ!」
殴られるアクジロウを見ているとなぜだろう、スカッとする。
「じゃ、ここでお別れか……」
「あんたはどうするのよ、ネイレス?」
僕の代わりにアリーがネイレスに今後を聞いてくれた。
「当然、草原に戻るわ。あそこがワタシの居場所だもの」
「良ければワタシもいいですか?」
そう言ったのはメレイナ。
「おじいさまがなくなって家にいるのは寂しいんですよ」
「もちろん。あ、そうだ。ついでにあなたも来ない?」
酒場の隅でこっそりと座っているムジカにネイレスは声をかける。
ムジカは仲間を失って、帰る場所を失い、宿屋に引きこもりがちになっていた。
ネイレスの努力というか人当たりの良さと粘りで、こうして酒場には出てきたりするようになって、徐々に明るさを取り戻していたけれど、まだときより不安げな暗い表情を見せる。
「わっ……わたしはいいです。強くなりたいですけど……迷惑いっぱいかけますし」
「迷惑? かけていいわ。どんどんかけてよ。弱いなら迷惑かけるのは当然でしょ。強くなって強くなって、後で見返してくれればワタシはそれ以上は求めない」
「だったら……行きます」
ムジカは静かに言った。
「わたし、もう誰も失いたくないから、強くなりたいんです! いいえ、迷惑かけてでも強くなります!」
「なら決定。これで草原も賑やかになるわ」
ネイレスはしてやったりというような顔を僕に見せた。
それぞれがそれぞれの道を歩んでいく。
手を振り、別れを告げる。
僕たちが向かうのは南の島だった。
道中、僕は思った。
強くなろう。もっともっと強くなろうと。




