報告
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「アレですよなー」
偶然得た情報というのがヴェーグルは嫌いだった。それでも失敗を重ねている現状を鑑みるに形振り構ってられない。
「ああ、面倒臭っ! 臭すぎていやんになっちゃうアレよ」
それでもそうやって言い訳を重ねているのは、自分の仁義を反するのが気に食わないからだ。それでも手柄を立てなければクビにされるだろう。ロクに戦ってない冒険者がロクな人生を歩めるわけがない。
「ええい、報告するかっ!」
覚悟を決めたヴェーグルは報告をすることにした。
『アレアレ、アレだけど……』
一時期老商人を騙した振り込め詐欺のような出だしでヴェーグルは自分の上司ブラギオへと【電波】を発信する。
『ヴェーグルですか』
『アレアレ? アレだけでおれってわかるんですか』
『あなたしかアレを連呼するやつはいないでしょう』
『アレアレ? それは心外ですよ。心内の侵害かも知んないってアレですよ』
『……。それで私に何の用ですか?』
『ヒーローの正体が分かりました。この目ではっきりと確認しました。やっぱりレシュリー・ライヴでした』
『そうですか』
『それとです、リアネット・フォクシーネはアイトムハーレの娘。それに付き添うアルフォード・ジネンはレベリアスの息子でした。吃驚でしょう!』
『そうですか』
『アレアレ……? あんまりお喜びじゃないですか?』
『気のせいですよ。――それよりも聞きたいことがひとつあります。ボツリヌストキシンがセフィロトの樹を通過したとき、樹に変化はありましたか?』
『ボツリヌストキシン? アレですか、あの毒の塊ですか……、アレが樹を通過しても何も変化なんてなかったですよ』
『やはり、そうですか……』
『で一応任務を終えたわけですけど、次はおれは何をすべきなんですか? ヒーローの正体がアレですし、分かったわけですし、おれはアレですよね、次の仕事があるんですよね?』
『いえ、残念ながらお役御免ですよ』
ブラギオから通信が途切れる。ヴェーグルは意味も分からず混乱して思わず立ち尽くしていた。途端、痛み。見ればヴェーグルの胸を一本の矢が貫いていた。
「アレアレ……?」
その矢には見覚えがあった。ブラギオの秘書、遠弾の射手の異名を持つ弓士セセラ・セラがよく用いる矢だった。
「お役御免って……こういうアレですか、意味ですか。なんでですか……おれはきちんとアレ……情報を提供したじゃないか……」
ヴェーグルは最後に絶望がどういうことか、という情報を知り得て、死んだ。
***
「まったく役に立ちませんでしたね」
ユグドラ・シィルを一望できるコーベック山の山腹でブラギオは呟く。竜愛好家達が拠点としたアト山脈の南に位置していた。
「ですが、殺す必要はなかったかと……」
「殺したのはキミだよ。セセラ」
「主のご命令にワタクシの意見はいらぬでしょう」
「その通りです。にしてもまったく役に立ちませんでした。ヒーローがレシュリー・ライヴ? 私がここにいる時点でそんなことは知り得ている。リアネットやアルフォードにしたって名字で憶測はできるし、そもそも私はアイトムハーレやレベリアスと知り合いだった。だからこそ、娘や息子が誰なのか知っている。大体、わが社で新人の注目株として取り上げたのは私自身だ」
「ヴェーグルにした最後の質問には何か意味があったのですか?」
「私自身が私の目を疑ったまで。セフィロトの樹が無傷だと信じたくなかったまで。ああ憎い」
憎い、憎いと怨念のように呟くブラギオ。それはセフィロトの樹に対してか、それともブラジルが言った最期の言葉に対してか、何にせよブラギオの胸中には憎悪が蠢いていた。
「セセラ。こんなつまらない場所からはさっさと帰りましょう。何の利益も生み出さなかった。せっかく舞台を整えてやったというのに、これでは台無しです」
ブラギオは不機嫌そうにセフィロトの樹を見た後、セセラに笑顔を見せる。
「それとです、ベルベくんを候補生から正社員に昇格させなさい。彼はヴェーグルよりも役に立ってくれるはずです」
「主の意のままに」
セセラは呟いた。




