超人計画編-25 固執
リィリスが培養器の中で眠っていた。
レルチエが死に、ユニにイコル、ハルトが姿を消してもなお、クロスフェードの可能性の灯火は消えない。
ユニが最後に見せた可能性、そしてレルチエの遺伝子だけが特別な個体を生み出した事実。
それはレルチエの遺伝子を引き継ぎ、ユニに近しい存在でもあるリィリスにもその可能性があった。
失敗は成功の母。
そう言わんばかりにリィリスを急速成長させ、まずはありとあらゆる実験に耐えられるまで成長させた。
このあたりの技術はどちらかと言えば改造に近いが、政略結婚などでお家断絶を防ごうと貴族が手を出した頃から暗黙の了解で合法化されている改造ではない技術だった。
「レルチエに限りなく近づけるのだ、リリスの遺伝子を」
ぶつくさとクロスフェードは独りごちて研究を進めていく。リィリスの名前をうろ覚えのクロスフェードはリィリスのことをそう呼び続けていた。
その近くにはレルチエの死体があった。
もう数ヶ月が経過しており、徐々に腐食し始めている。
埋葬などしていない。死者を敬わない行為を誰も咎めることはなかった。
そこには培養器で眠るリィリスとクロスフェードしかいない。
ユニの可能性と、レルチエの遺伝子はクロスフェードにとって天啓だった。
「おぉ、ついについに、ついに!」
自分の遺伝子と組み合わせ誕生した個体はクロスフェードが望むべきものを持っていた。
"特異"。
「これが始まりだ」
クロスフェードはひとり笑う。
白衣は黄ばみ、頬さえもやせ細っていた。
レルチエが死んでから全ての時間を〓超人計画〓に注いだ。
言葉通り失敗を成功の基にしてようやく"特異"を持った超人を生み出すことに成功していた。
「"ワたシ"が世界を変えるのだ」
まだ一段回目。
成功品に改良を続けて、持たざるものに"特異"なものを植え付けられるようにならなければならない。
それも副作用なしで。副作用が出てしまえばそれは改造と何も変わらない。
そこから今に至るまで〓超人計画〓の進展はほぼなかった。
唯一、クロスフェード自身が"特異"なものを持つことに成功していた。
けれどそれは"特異"を持つ個体の誕生時点で、自分の遺伝子を組み合わせていたからだ。
自分の遺伝子に"特異"を結びつけることはさほど難しいことではなかった。
けれどすでに誕生している個体に"特異"なものを植え付けるのは困難を極めた。
それでもリィリスの遺伝子を用いて、"特異"なものを持つ個体が増えていく。
いつの間にか彼らはクロスフェードを父と呼び、リリスを母を呼んだ。
嫌な気はしなかった。
このとき初めてクロスフェードはレルチエがどういう気持ちだったのか理解した。
研究室にいまだ残るレルチエの白骨遺体をこのときようやくクロスフェードは埋葬した。
けれどそれだけだった。
もうクロスフェードは道を違えて修正できないところまできていた。
世の中のためになることをなさんとしているのにその成果が出ないせいだった。
リィリスが急激な成長の反動で急死してもクロスフェードは悲しんでいなかった。
分析は十分にできていて、遺伝子もすでに保存していた。
悲しまなかったのはリィリスが成り損ないだったからだろう。元々、成功の基にする程度にしか思っていなかった。
逆に"特異"なものを持って生まれた息子たちが悲しんだことに腹を立てたぐらいだ。
そのぐらい、クロスフェードの精神は箍が外れていた。
あとは一人一"特異"になるようにするだけ。
「そうすれば"ワたシ"が世界を変えた救世主になる。そしてシュタイナー一族は歴史に残る」
けれどそこまでだった。
「なぜ世界は"特異"を認めてはくれないっ!」
世界自体に問うのはお門違いだろう。自分の弱さを認められず他人のせいにしているようなものだ。
それでも〓超人計画〓がさらに進展すれば"特異"なものを持つ冒険者が才覚や固有技能を持つ冒険者と対等になる。"特異"社会になるのは世界的にも悪くないはずだ。
クロスフェードの言い訳はどこまで世界自体に届いたのだろうか。
それでも駄目だと言わんばかりに〓超人計画〓は、シュタイナー一族に"特異"を授ける以上の進展はなかった。
そうして改造の始祖たるジョーカーが死亡し、クロスフェードに衝撃が走る。
クロスフェードがかき集めた情報、そして入手した映像には信じられない姿が映っていた。
レルチエにとてつもなくそっくりな冒険者の姿が。
しかもランク7にまで至っている、という。自分と同じランク7に。
「有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ないぃいいいいいいい!」
発狂していた。
「お前は、お前は、お前は成り損ないなのだぞ! なぜ死んでいない。なぜのうのうと生きている。なぜ高みに達してる。成り損ないは成り損ないらしくしてろ!」
クロスフェードは自らが成り損ないと切り捨てた個体が生きているのが許せなかった。強くなっているのが許せなかった。
切り捨てた成り損ないが"特異"ではなく〈中性〉という才覚を持っていたことが許せなかった。
持たざる側だったクロスフェードが"特異"を手に入れてようやく対等になれた場所に最初から立っていることが許せなかった。
「あいつを、あいつを殺せっ!」
感情的にクロスフェードは自らの一族に"特異"を持つものたちにそう命令した。
コジロウと名乗るユニ(クロスフェードはその名前をうろ覚えだったが……)が終極迷宮に消えるのは程なくしてのこと。
「ここまでやってくるつもりか……」
コジロウが過去を知ろうとしている。クロスフェードは勝手にそう推測していたがその勘は冴え渡っていた。
***
「そうしてお前はやってきた。"ワたシ"の前にやってきた。レルチエくんの姿で」
憎悪、それとも嫉妬だろうか。負の感情で、顔が歪む。
「叩き潰さねばならない。成り損ないは廃棄せねばならない」
成り損ないは成り損ないのままで。
コジロウが成り損ないではないという否定は、そのままクロスフェードの〓超人計画〓の失敗に繋がる。
〓超人計画〓は、世界中にいる持たざるものたちを救うための計画だ。
失敗したなどと認められない。成り損ないが実は成功品だったなどと認めるわけにはいかない。
世界自体をクロスフェードが救えなかったことになる。
それに、
成り損ないが活躍すれば、成功品は実は大したことがない。そう思われるのが怖かった。
"特異"を生み出したという成功体験を、世界が知らぬまま忘れ去られることも嫌だった。
まだ〓超人計画〓は完全なる成功に至っていない。
まだ"特異"を他人に植え付けることに成功していないのだから。
でもまずは成り損ないは全て叩き潰す。
今のクロスフェードは研究に邁進するでもなく、それだけに固執していた。




