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tenth  作者: 大友 鎬
第11章 戻れない過去
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超人計画編-24 失敗

 まるでその眼差しは母親だった。

「ねえユニ、見てください。これが赤ん坊の頃の私です」

 レルチエはアルバムをめくり粘体生物に語りかける。

「そしてこれが冒険者の私。色々あったの。それで私は今ここにいる」

 レルチエは生まれた四人の個体をそれぞれユニ、イコル、ハルト、リィリスと名付けた。

 ユニは培養器に入る粘体生物の名前だった。

 レルチエは嬉しそうに自分のアルバムをユニへと見せていく。ユニは虚空を見続け、反応はなかった。

 二年が経過していた。二年もすればユニを除いた三人は成長し、所狭しと研究所を歩き回った。

 危険な薬品を触らせないためにとレルチエは反対を押し切って通路に隔壁を造っていた。

 それは歩く個体たちを見て不機嫌になるクロスフェードの対策でもあった。

 ユニの臓器は成長していた。イコルたちに比べても年相応だろう。

 培養器に入れているからか粘体生物の大きさは変わっていないような気がした。

 その中身だけが大きくなっている。それも言わば成長なのかもしれない。

 そんな成長とは裏腹に、四人の個体を元に微調整をして誕生した調整体は誰も彼も、どれもこれも一ヶ月も持たずに死んでいた。

「くそっ! 何が違うというのだ。あの四人の個体と何が違うというのだ!」

 とはいえ、クロスフェードの中ではその個体ですら失敗作だった。

 才覚でも固有技能でもない何か、冒険の中で特定の条件をみなして手に入る特性とも違う。

 かつて自分が訪れた終極迷宮で手に入れることができる特典とも違う何か。

 一時的に”特異”と呼ぶ――何かを手に入れてなければ、誕生した個体は全て失敗作――成り損ない(ファンブル)なのだ。

 特異を手に入れてこそ〓超人(プロジェクト)計画(スーパーヒューマン)〓は成功と呼べるのだ。

「だのに――最近レルチエは何を考えている?」

 四人の個体に執着しているように見えてならないのだ。

 手詰まりだった。新たな発想、新たな視点、新たな刺激、

 何かきっかけがなければこのまま何も成果などない。

 そう思ってしまうほどクロスフェードは追い込まれていた。

「――そうだ。いっそ、白紙に戻そう」

 ふと妙案のように思いつく。


 翌日、クロスフェードはレルチエに相談していた。

 レルチエ自身、助手とは言うがクロスフェードにとっては共同研究者に近い立場だ。

 だからこその相談だった。

「あの子たちはどうなるんです?」

 険悪なムードにいつもはわんぱくなハルトも押し黙り、震えるイコルやリィリスを落ち着かせるように隣の部屋で三人うずくまっていた。

 ユアは相変わらず虚空を見上げている。

「どうなる、とは? 白紙に戻すのだからいらないだろう?」

「いります! いえ、そういう問題ではないのです」

「どういう問題だ? あの個体は〓超人(プロジェクト)計画(スーパーヒューマン)〓の成り損ない(ファンブル)なのだ。野菜とて売り物にならないものは食べられるとしても処分する。それは商品として成り損ない(ファンブル)だからだ。それと同じだよ。何も変わらん」

「変わります。生きているんです。あのコたちは生きているんです」

「あの個体だけ、成り損ない(ファンブル)でも生きているだけだ。他の成り損ない(ファンブル)は処分しただろう。それこそ生きていても見込みがないからと」

「それは……っ!」

 そう言われるとレルチエは言葉が出ない。生きているから殺してはいけない、は〓超人(プロジェクト)計画(スーパーヒューマン)〓によって生まれた個体全てには通用しない。クロスフェードが言ったとおり、見込みがない個体をレルチエが殺していたからだ。クロスフェードとは違い、命が失われるたびに「ごめんなさい」と謝罪の言葉はあったが、それでも成り損ない(ファンブル)を殺した事実は変わりがない。

「キミが躊躇う理由は知っている。というよりもよく調べなかった"ワたシ"の落ち度なのだろう」

 知られたくない事実を知られてしまった事実にレルチエは後悔する。

 クロスフェードという研究者は興味がないことには無頓着だった。

 だから四人の個体が誕生する際に誰のものを使用したかなど興味がないと思っていたのだ。

「レルチエくん。キミがあの個体たちに執着するのは、キミの遺伝子を使用したからだ。幾度となく"ワたシ"と一緒に個体を誕生させてきたが、キミが遺伝子を使ったのはあの個体たちだけだ。だから処分を拒み、この二年おかしいぐらい愛情を注いだ。違うか?」

「違います。そうすることこそ、近道だと思ったのです」

 どんな言い訳もクロスフェードには通用しないのだろう。情が湧いたというのはレルチエにとって確かに事実なのだ。

「なるほど。ならば処分しても文句あるまい。所詮近道は良くなかったのだよ。一旦白紙に戻して、遠回りでもいい、一歩一歩確実に〓超人(プロジェクト)計画(スーパーヒューマン)〓を成功させるのだよ」

 二年という月日はクロスフェードを狂わせるには十分すぎる期間だったのだろう。

 その二年で改造は蔓延していた。

 強くなれない冒険者たちがこぞって使用し、そして副作用を恐れて改造の最初は弱い冒険者を誘拐して効果を試すなどという悪質な輩まで出現している。

 〔一本指〕のディオレスが元改造者だと知って、改造には手を出してもいい、手を出しても元に戻せるという良くない噂も流布していた。

 そんな改造の大流行で止めれなかったという思いに押しつぶされてクロスフェードは、それでも楽しげに個性たちを育て、研究に焦りすら覚えないレルチエをめちゃくちゃにしてやりたいと思ってしまったのだ。

 だからこそ〓超人(プロジェクト)計画(スーパーヒューマン)〓を一度白紙に戻しやり直すという提案をしたのだ。

「考え直してください」

「もう決定事項だ」

 クロスフェードがレルチエを蹴飛ばす。

「あぅ」

 盛大に棚にぶつかり姿勢を崩している間にクロスフェードは隣の部屋へと移動する。

 そこには三人の個体たちが身を潜めている。

「逃げて!」

 その頃にはクロスフェードはリィリスを掴んでいた。レルチエが着せたフリルドレスが似合う女の子だった。

「離して!」

 レルチエは【収納】で取り出した練習用棒でクロスフェードを叩き、リィリスを抱えあげる。

「逃げて!」

 レルチエの声にイコルとハルトが急いで逃げ出す。

「逃さない!」

「させません!」

 リィリスを抱えたままレルチエは行く手を阻む。その形相はまるで鬼だった。

 いつもの穏やかな表情からは想像できない形相だった。

 舌打ちながらもクロスフェードはあることを思いつく。

「ハハハハハハハハ」

そして笑った。「何がおかしいのです?」

「どう足掻こうがキミのお気に入りは逃げられない」

 近くにあった瓶をクロスフェードは培養器めがけて投げつける。

 そこには粘体生物のユニが入っている。

「駄目っ!」

 気づいたが止められなかった。

 ユニが割れ目からドロリと落ちていく。

「駄目駄目駄目駄目駄目駄目っ!」

 必死に掬って戻そうとするがどうにもならない。

 今のユニは培養器のなかでしか生きられない。

 今まさに消えようとする命を救おうとあがくレルチエの頭に衝撃が走る。

 レルチエが落とした練習用棒でクロスフェードが頭を叩いていた。

「ふたり逃がした……が成り損ない(ファンブル)たちが外で生きられるわけがない」

 残ったのは息絶えようとしているユニと、その場で大泣きするリィリスだけだった。

「うるさい!」

 泣き止ますためにクロスフェードは幼いリィリスに手をあげる。

「……て」

 何かが聞こえた。

「……て」

 それは気絶したレルチエからだった。

 気絶してもなお無意識にレルチエはつぶやいていた。

「生きて」

 変化があった。

 それに呼応するように、変化が。

 ユニの姿が変わっていく。

 粘体生物でしかなかったユニが形作られていく。

 それはレルチエがユニに見せていたアルバムのなかのレルチエにそっくりだった。

「あ?」

 クロスフェードは一瞬。唖然とする。

「まさか、まさか、まさか?」

 次の瞬間、混乱していた。

「成功していた、のか?」

 理解ができなかった。

「逃げて……」

 レルチエの呟きのままユニは走り出していた。

「いやあれは成り損ない(ファンブル)だ。だから調整体も成り損ない(ファンブル)だった」

 だからクロスフェードはユニを追わなかった。それでもそのユニの変貌に可能性を見つけた。

「失敗は成功の母、と言ったか……」

 そう言ってリィリスを眺める。

「お前はリリスだったか……何かが変わるかもしれない」

 クロスフェードはレルチエが名付けた名前など興味がなかった。

 それでも気絶するレルチエにしがみつき泣きじゃくるリィリスを不気味に見つめながら、レルチエにトドメを刺した。

「……生きて」

 最期にレルチエはそう願った。

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