超人計画編-22 憤怒
「返してもらうぞ、エミリーを!」
培養器のなかで眠るエミリーを見つけてアエイウは怒鳴る。
目の前の男がテンカなのだろう。
屈強な男と商人には聞いていたがざんばら頭でそちらのほうが目につく。
あまりの強さに商人たちは目も合わせられなかったと一応言い訳はつくが。
「返してもらう? おかしなことを言うなよ、侵入者。此方人等、母さんの息子だぞ?」
「エミリーが人妻なわけなろう」
「母さんはリリスだ」
「噛み合わんな」
「同意見やけぇ」
「だが、エミリーは返してもらうぞ」
「いいや、母さんは渡さない」
「なるほど。どっちにしろ、貴様が邪魔なわけか」
「同意見やけぇ」
アエイウの目的とテンカの目的は異なるが、お互いが目的を果たすためにはお互いが邪魔、ということだけは噛み合っていた。
アエイウが長大剣を振り上げる。
通路は狭かったが、この部屋は天井がやたらと高い。上にはエミリーが入っている培養器のようなものを吊り下げるための台座のようなものが見えた。
だから天井が高いのだろう。奥行きも長大剣を振り回すには丁度いい広さがあった。
一方でテンカも長広刃剣を取り出す。
長広刃剣〔悪日のヒットロー〕+2。ザイセイアの強化付きだった。
ザイセイアを責めることはできない。元々シュタイナー一族の強化のためのものだろう。
その長広刃剣もテンカの背丈と同じぐらいの長さだ。自分と同じぐらいの剣をテンカはやすやすと片手で持ち上げる。
アエイウが打ち合いになると予測しつつもテンカへと長大剣を振り回す。
が直後、テンカは指一本でアエイウの長大剣を止めた。それも【筋力増強】した状態で、だ。
チッ。気に食わなさに思わず舌打ちが出る。
「此方人等、無敵なもんで。誰が呼んだか。テンカ・"無敵"・シュタイナーとは此方人等のことよぉ!」
「うぜえわ」
アエイウが蹴飛ばすが、それすら何もしてないテンカに弾き飛ばされる。
同時に長広刃剣の横薙ぎの一撃がアエイウに向けられる。アエイウは【鋼鉄表皮】で無理矢理に防御。
「くそが。相性は最悪か。男と戦ってもお楽しみはないものくそすぎる!」
毒づいてアエイウは距離を取る。
剣士系複合職というのはわかったがそれ以上なんなのかアエイウには判断がつかなかった。わざと攻撃を受けて判断しようとしたが、剣撃だけで、別段技能をテンカは使ってこなかっった。
「本当に邪魔でさぁ」
テンカは鬱陶しいとぼやく。
「母さんは記憶喪失で苦しんでるんや。此方人等、それを早く治したい。分かってくれへんかな?」
「知らん。そいつはエミリーだ。奴隷になっていたところをオレ様が助けた」
「やはり噛み合わない」
「男と意見が合うのは気に食わんが同意だ」
【瞬間移動】と【月下激化】で速度を上げて背後に回ったアエイウは培養器を叩き割る。
「な、なんしてくれとんねん!」
「無敵なのはお前自身だけか」
アエイウはテンカが例えば癒術などで障壁を展開して無敵を演出しているのかと推測していた。
そうであれば念のため、エミリーの培養器にも障壁を展開しているともアエイウにしては珍しく予測していた。
たまにはアエイウも考えるのだ。
が拍子抜け。アエイウは無事エミリーを救出し、強く抱きしめた。
「母さんから手を放せ!」
「黙れ。エミリーには二度と触れさせん」
「此方人等、無敵がある」
「無敵だろうが、自慢した時点で終わりだ。言ったろ、相性は最悪だ」
「それは此方人等が有利ってことやろ」
「ぬん!」
アエイウが長大剣〔多妻と多才のオーデイン〕を大きく掲げて勢いよく振り下ろす。
長大剣には闘気が纏っていた。
テンカにぶつかる直前、その長大剣が止まる。
障壁のような、膜のようなものがテンカと長大剣の間に展開され、剣撃を阻んでいた。
「根比べだ!」
持久戦ならアエイウは得意だった。寝台だったらもっと得意なのは言わずもがな。
【筋力増強】も使って、長大剣をテンカへと押しつけていく。
「此方人等に勝てるわけねえ」
テンカには余裕があった。
「何も通さない無敵。それが父さんから此方人等に与えられた特異だ」
それでもアエイウは力を強めて押しつけていく。
アエイウの闘志は消えない。同時に長大剣の闘気も消えない。
テンカは気づくべきだった。
狂戦士は剣技を使えない。なのに、その剣には闘気が宿っている。
闘気が纏っているときは技能を使っているときだ。
繰り返すが、狂戦士は剣技を使えない。つまり剣に闘気を纏わせる技能はない。【筋力増強】の対象はアエイウ自身だ。
そこに色濃く纏われた闘気こそがその証明。それが剣を含めていたとしてもその闘気量は自身よりも薄い。
剣に纏う闘気の濃さはアエイウ自身と同じ色の濃さだ。
だから気づくべきだった。
アエイウは剣に関わる固有技能を持っていると。
まるで部屋の中の生簀で養殖され大海を知らない魚のようにテンカは固有技能を知識として知っていても経験として知らない。
闘気が増幅する。
「ガハハハ! 言ったろう、相性は最悪だと!」
テンカが有利ではなかった。テンカが不利だったのだ。それも負の方向に振り切って。
アエイウの固有技能【偽装押倒】がテンカの無敵の特異を打ち破っていく。
バヂィン! とテンカの無敵が消失する。
すとん、と思わずテンカの腰が砕けた。
そのまま、直撃するはずの剣の軌道が逸れたのはアエイウの慈悲か気まぐれか。
「お前の複合職は結局なんなのだ?」
どうでもいいようにアエイウは問いかける。興味はないがとりあえず、と言った感じだった。
「聖剣士……」
ボソリと答えた瞬間、テンカの腕をアエイウが切断する。
「ぎゃああああああああああ!」
「ガハハハ! だったら癒術が使えるだろう? 治療すればまだ戦えるぞ?」
挑発するように、アエイウはテンカの足を叩き潰す。
「ぎゃああああああああああああああああ!」
「いいか? 特異だかなんだか知らないが、調子に乗るな」
アエイウはテンカの心を折ろうとしていた。
エミリーを誘拐した罪はこの程度では足りないと徹底的に。
テンカは一向に癒術を使わなかった。いや、実は使えなかった。無敵の特異に驕り高ぶって他の研鑽を忘れてしまっていたのだ。
それをアエイウに見透かされていた。
「そんなものあろうがなかろうが、お前は所詮この程度だ」
アエイウには才覚があり、固有技能がある。
だから聞く人が聞けばどの口が、と罵るかもしれない。アエイウは持たざる者ではない。
それでもアエイウは上には上がいると理解している。
認めたくないもないし、言葉には出さないが、名前も出したくないあの男のほうが上だとアエイウは認めてしまっている。
その腹立たしさも含めて、アエイウはテンカの頭を盛大に叩き潰した。
血や脳みそが床に飛び散って、先程意識を取り戻したエミリーがひぃと小さく悲鳴を上げた。




