封印
25
次の日、ネイレスはグレートフィールダー大草原に戻ってきていた。
「メリー、大変だと思うけどついてきて」
大草原には魔物が溢れかえっている。事態を重く見た遊牧民やフレージュが傭兵を募り、退治に勤しんでいるものの、その数は一向に減らない。ネイレスは襲いかかる魔物のみを倒し、大草原を囲うアト山脈にある大氷洞に向かった。
「昔、ブラジルさんが入るなって言われてたのに勝手に入ったことがあるのよ」
ネイレスは独り言のように呟いた。
「でそこで見たものをアタシは決して忘れはしなかった。でもブラジルさんにも誰にも言わなかった。だってそれはブラジルさんが懸命に隠したかったものだと思うから」
しっかりとした足取りでネイレスは洞窟の奥へと入っていく。
地下にしては異様に寒い、メレイナはそう感じた。
下っていくにつれ氷が張り、大きな氷柱が幾重にぶら下がっていた。さながら氷の鍾乳洞だ。
そこをさらに進むとやがて広間に出る。
その中央には巨大な氷塊。そのなかにはひとりの少女がいた。
「この人を初めてみたとき、誰だか分からなかった。ただブラジルさんがワタシに知られたくない人だっては分かった。でも今なら分かる。ブラジルさんの秘密を知ったあとなら分かる。あなたはアリサージュ・アトス。ブラジルさんの妹。そしてブラジルさんと同じ、召喚士」
ネイレスが毒素00の封印された【召喚結晶】を放り投げる。アリサージュの意志を無視して、【召喚結晶】は勢い良くアリサージュへと向かっていく。氷を破壊することなくすり抜け、アリサージュの胸元へと収まる。アリサージュが【召喚結晶】を認めたというよりは【召喚結晶】がアリサージュを主だと決めたように見えた。
「これで、安心かな?」
「はい、たぶん大丈夫です」
その言葉を聞いたネイレスはメイレナをその広間の入口へと追いやりネイレスはその広間に仕掛けを施す。
「兄妹でゆっくりお休み」
ネイレスが呟くと広間が爆発した。
「氷が溶けたら……」
「溶けないように全部計算に入れてる。これでふたりはずっと一緒に居れるわ。誰も邪魔はしない」
悲しそうにネイレスは呟いた。
***
ネイレスがユグドラ・シィルへと帰還した翌日、僕たちは共同墓地へと向かっていた。共同墓地というのは誰であろうと見境なしに死体を埋め墓を立てる墓地を指す。
だからポチやらタマやらリャコンウベッサなどなど、イヌにネコ、トカゲの一般的な名前が書かれた墓まであった。
共同墓地の中央の一際大きな墓には共同墓地の発案者であり、誉れ高き英雄マック・アーサーの名が刻まれ、その周囲に冒険者たちの墓があった。マック・アーサーの墓の周囲には、多妻王オーデイン、勇者レベリアスに、狂強者レベリオス、聖魔女アイトムハーレと名が連なる。β時代に名を轟かせた英雄がここに眠っていた。イルキやエージの墓さえもあった。死体などなくてもそこには生きた印が刻まれていた。もちろんそこにディオレスやアーネックの名前が刻まれた真新しい墓もある。
僕たちは墓前で祈りを捧げる。
「いいか?」
アルがリアンに何かを尋ねるように呟いた。リアンは無言で頷いた。アルが一歩前に出る。
そして紡ぎだされたのは古代語で奏でられる鎮魂歌。それはβ時代の初期から中期にかけて栄えていた王族とその関係者のみが知っている戦死者へと捧ぐ神聖な歌だった。
古代語が理解できなくとも、僕たちは奏でられる鎮魂歌の意味を知っていた。それは無念にも散った冒険者たちの無念を晴らす歌だった。
けれど古代語の鎮魂歌は録音されたものしか残ってないはず。その歌をアルが唄っていた。
胸打つ感動が僕を、いや僕たちを覆っていた。声量は申し分なく、何より低音域から高音域までを何の苦労もなく操る技量は驚くべきものだった。まさに聖歌とでもいうべき鎮魂歌が僕たちの胸に響き、心を震わせる。誰もが無言で、アルの歌に聞き入っていた。
その歌が終わってもなお、余韻によって誰一人として喋らなかった。それどころかまるで世界が無音になったような静けさを生み出していた。
歌い終わり、それでもまだ、静けさは残っていた。アルはその静けさのなか、アネクの墓に一礼した。
「その歌を歌えるのって確か……」
アリーが思い出したように呟いた。
「ああ、かつて大陸を治めていた王族とその関係者しか歌えない」
僕の記憶通りのことをアルが呟く。
「それをなんで歌えるのよ」
「それは……」
少し躊躇うアル。
「私が王族の血を引いているからです」
代わりに答えたのはリアンだった。
「私のお母さんはアイトムハーレ・フォクシーネなんです」
「あんたがそうだったとして、だとしたらこいつは何なの? こいつが歌える理由にならないわ」
「アルはお母さんをかつて守護したレベリアスの息子に当たります。女王を守護するものの息子だから関係者なんです」
僕たちは驚きが隠せなかった。一気に明るみになる新事実。
「黙っていてすみません」
アルが謝った。
「あっ、だからリアンちゃんはアイトムハーレの結界について詳しかったのね」
ネイレスが気づいたように言った。ああ、なるほどと僕も納得する。
「そうです。だからブラジルさんがなぜ生きているのかも知っていました」
「なるほどでござる。以前に新聞でリアン殿が新人の注目株として載っていたのを見たでござるが……いやはや納得でござる」
「ちなみにアネクは?」
「アネクは違います。あいつとは純粋に島で知り合いました。父の盟友レベリオスが刻まれた武器を持っていたのには驚きましたが」
懐かしむようにアルは笑って、アネクの墓を一瞥する。
「なんにしろ、普段どおり付き合ってくれると助かります」
「何を今更。ここで臆したらそれまでの関係だったってことだよ」
僕は笑った。つられてアルもリアンも笑い、やがて全員が笑った。
墓場には似つかわしくない景色だった。
でも……まあ、こういうのもありかな。




