超人計画編-19 三叉
異変はコジロウたちも気づいた。
大岩に追い詰められたときに集められたゾンビが最上限だったのかもしれない。
飛空艇の聖水の雨で半数以上は消滅したとはいえ、その道中にまだゾンビは残っていた。
けれどその道中に現れたゾンビたちは先程までにあった意志を持っていないようにも見える。
本来それが正しい姿だが、雄叫びを上げるゾンビ(?)――デンカイの司令がなくなったようだった。
「もしかして」「もう倒した……?」
「それはいくらなんでも早すぎるでござるよ」
「どっちでもいい。さっさと研究所まで行くぞ」
アエイウとしては助けられたのが、それもレシュリーに助けられたのが無性に苛立つことらしい。
レシュリーとのランク差で苛立っていたときのほうが大変だった、とはミキヨシの談。ランク6になったことでまだ差はあるものの少しは落ち着いたとのことだが、それでもレシュリーの助けにはあからさまに不機嫌になり、今もレシュリーたちが素早く倒してしまったという可能性さえ認めたくないような様子だった。
そんな不機嫌さはあったものの、エミリーが連れ攫われた研究所に近づくにつれ、言葉尻は少なくなり、時折、ニヤついたりもしていた。
もしかしたら助けたあとのお楽しみを考えているかもしれない。
慎重に動いていたコジロウたちだがゾンビたちの異変を見て少しだけ大胆に動き始める。
コジロウが樹を加速装置のように蹴り上げ、その推進力で前方から来るゾンビを消滅させていく。
ゾンビが少数だからこそできる技。次の樹の幹を足場にして、蹴っては消滅、蹴っては消滅を繰り返していく。
「こんなに」「楽をしていいのか……」
素直に感想を述べてフレアレディはただ疾走していく。先程までのゾンビ集団がまるで嘘のようだった。
まだ大勢のゾンビがいるのだろうが、その大勢は時折大きな音がする下へ下へ流れていく。今いるこの少数はそれよりも身近な音に反応しているゾンビだ。
その殆どをコジロウが消滅させている。フレアレディには到底追いつけない速度で。
人間離れしていた。ランク7との差というよりも特典の恩恵の比重が大きいことをフレアレディは知らない。
さっきまでの艱難辛苦がなんだったのかと言わんばかりにスムーズに研究所にたどり着く。
異様な形状だった。コーデック山の森の中にひっそりと佇んでいる。
麓から見たときの不気味さがいよいよ体現したかのようだった。
金網の塀に囲まれた黒張りの壁の研究所。
「入り口がないでござるか?」
扉のようなものは見受けられなかった。
「正面から」「近づくのは危ないかも知れない……」
「そうでござるな」
フレアレディとコジロウが相談しているなか、アエイウは堂々と金網の壁をこじ開けて、扉のない黒い研究所へと進んでいく。
「台無しでござる」
とはいえ、コジロウがアエイウを止めるよりも先に、まるで待っていたとばかりに壁が開いた。
「罠?」
「というよりも拙者が来たからかもしれないでござる。道中、見られていたということでござろう」
「だとしたら好都合ー?」「なんにしろ入るつもりだった……」
「そうでござる。もうアエイウは入っているでござる」
アエイウの追うようにして入ると、コジロウに反応するかのように室内に証明がついた。
道は三つに分かれていた。
「一緒に行動」「したほうが良いよね……?」
至極当たり前の提案だ。敵地でばらばらに動くというのもおかしな話。
「こっちからエミリーの匂いがする」
けれど話など聞かずにアエイウは先走る。アエイウが進んだのは右の通路だった。
コジロウも嗅いでみたが無味無臭で何も感じ取れない。アエイウだけに分かるエミリーの匂いがあるのか、それともただ見つけたいから直感で感じた道を進もうとしているのか。
「待つでござる。一緒に行動を!」
追いかけようとした矢先、地鳴り。振動とともに壁が出現し、右の通路を閉ざしていく。
「どうやらー」「分担させたいみたい……」
「ここは仕方ないでござる。拙者は中央を」
「ならー」「左だねえ……」
おそらく二人同時に通ろうとしても、そうさせないような仕掛けが施されているのだろう。
アエイウは右、コジロウは中央、フレアレディは左へと進む。
所々に部屋はあったがどれも空き部屋だった。薬品などがきちんと整理されていたが、埃が被っているところもあった。
かつては研究員がたくさんいたのだろう。
今は伽藍としていて寂しさがある。
三人の進む道は時折、壁によって遮られ、まるで誘導されているようだった。
***
「エミリー、見つけたぞ」
エミリーは緑の液体が入った培養器のなかで眠りについていた。
「なんやてめぇ。侵入者か? デンカイの警備は此方人等、母さんの記憶を取り戻そうとしてるんだ。邪魔すんな!」
「母さん? 何を言っている? エミリーはおれ様の女だ!」
アエイウとテンカ・"???"・シュタイナーが衝突する。
***
フレアレディのたどり着いたのは培養器が数多く並ぶ部屋だった。培養器は床だけではなく、天井にもぶら下がっていた。
中身は青い液体のようなものだが、それ以外には何も入っていない。
「当方の研究室に侵入者とは異常事態だ」
「お前もー」「シュタイナーのひとりか……?」
「ああ。父さんが言ってたコジロウ? か、その仲間か。異常事態だ。ここまで侵入を許すなんて。まあいいや。ここまで来られたことに免じて教えてあげる。当方はイジョウ・"???"・シュタイナー。以上、死ぬ前になんか言うことある? ないよね?」
フレアレディにイジョウ・"???"・シュタイナーは襲いかかる。
***
一方、コジロウは拍手で歓迎されていた。
「やあ、失敗作。久しぶりだね、"ワたシ"がクロスフェードだ。覚えているかい?」
「全く見覚えなんてないでござる」
コジロウはそう吐き捨てた。




