超人計画編-18 迂闊
彼は守衛だった。研究所を守る守衛。
生まれたときから彼の外見はゾンビのようだった。片目は眼球がない。もっともそれは見た目上で、彼からしてみれば両目で見えている。
歯もボロボロのように見えるが、きちんと肉は噛めた。腕は腐りきって折れているように見えるが、彼はその腕で器用に物をしっかりと持つことができる。
彼は言い聞かされてきた。
お前は、いやお前たちは成功品なのだと。
だからゾンビの風貌の彼は、その風貌ですでに成功品で完成しているのだ。
生まれつき与えられた才覚のように、あたかも個性のように。
自分探しなど不要だと言わんばかりに与えられた唯一無二なのだと。
彼はその個性ゆえに怪我をしても治療などせずとも生きてられてた。
「某は特別で無敵でふ」
口が少し切れているせいかうまく喋れないのはいつものことだった。
けれど会話には不便しない。雄叫びを発すれば彼はゾンビと意思疎通ができた。
ゾンビ――それは死者だ。彼は生きていながら死者と会話ができた。
それも個性だろう。
そうして彼は父親に言われるがまま、守衛として役目を果たした。守るのは研究所があるコーデック山だった。
その日も彼は研究所を守るため侵入者を追い詰めていく。
男なのか女なのかわからないような冒険者だった。半分ずつ男と女が分かれているような風貌。
何をしにきたのかわからないが、それでも上へ上へと登っているようだった。
そこには父親の研究所がある。
「腐っ腐っ腐っ腐っ、行かせはしないでふ」
誰にも聞こえないような独り言で自分の活躍をほくそ笑む。
その冒険者――フレアレディは彼が誘導するゾンビによって追い詰められていく。
それが彼にはたまらなく嬉しい。
がフレアレディはとある冒険者によって救われる。
その姿は映像越しに何度も何度も父親に言われていた冒険者だった。
失敗作。
父親はその冒険者をとにかくそう呼んだ。
男のようにも女のようにも見える中性的な顔立ち。
今はコジロウと名乗っているらしい。
その失敗作がコーデック山にやってきたということは父親のいう懸念がいよいよ現実味を帯びてきたのだろう。
もうひとり巨漢の男もいたが、彼には見覚えがなかった。
とにかく父親は失敗作を殺すことを望んでいた。失敗作に追従する者も同様だとも言っていた。
今まさにここにいるのであれば彼は父親の望みを叶えるだけだった。
「腐っ腐っ腐っ腐っ」
大岩に追い詰めて笑みが零れた。
いよいよとうとう父親の望みが叶う、と。
「なぜならあそこは……コーデック山は兄弟の支配するゾンビが大量に生息している」
ザイセイアはレシュリーたちにそう告げた。
「コジロウなら【祓魔印】があるから大丈夫じゃない?」
「100、200ならそうかもしれない。けれどボクさまの兄弟が支配する数は有に万を超える」
彼はそんな会話が交わされていたことを知らない。
兄弟のザイセイア・"鍛冶"・シュタイナーに埋め込まれていた爆弾が、一度死んで生き返ることで取り除かれていることを知らない。
ザイセイアが力を貸していることを知らない。
「ボクさまの兄弟はゾンビのなかに潜んで命令を出している。雄叫びを上げているゾンビのような男がいたら、それがボクさまの兄弟だ」
そんな情報がレシュリーたちに渡っているのを知らないのだ。
「どこかで聖水を買ったほうがいいかな?」
「私は【魔祓】、あんたは【祓魔球】があるでしょ。事足りるんじゃない?」
「終極迷宮のときは確かにそれで乗り切れたけど、あのときとは状況が違う」
「心配性ね。まあ分からなくはないけど…」
「モンダイアリマセン」
「あんた話分かってるの?」
「イチブワカリマセンデシタガ、セイスイナラストックサレテイマス」
どこに? と尋ねる前にジェニファーは腕から聖水を噴射してみせた。
本来の機能ではなくジョバンニが遊び心で付け加えた機能らしかった。
当然、彼はそんなことは知らない。ここにやってくることを知らない。
気づけば彼の身体は消滅を始めていた。
突如現れた飛空艇、そこから降り注いだ雨が聖水だと、身体に降り注いでから気づいた。
いやむしろ彼は驚いていた。
「某はどうしたというのでふ?」
彼は完成品で、それだけで特別で、それだけで成功作であったはずだ。
「これではまるで……ゾンビと同じではないでふか」
彼のゾンビのような口から疑問がこぼれ落ちた。
彼はゾンビのようで、ゾンビではないはずだった。
なのに彼はゾンビと同じように聖水で消滅し始めた身体を見て驚愕していた。
ゾンビのように片目はなく、ゾンビのように皮膚がただれていて、ゾンビのように右腕が折れていて、ゾンビと意思疎通ができた。
ゾンビではないはずだった。人であるはずだった。
完成品で特別のはずだった。
「そんな……どうしてでふか……」
彼――デンカイ・"腐蝕"・シュタイナーは不意に降り始めた聖水の雨によって人知れず消滅していく。
ゾンビが聖水に弱いことはデンカイも知っていた。けれど人であるが特別な自分が聖水に弱いなど思っても見なかった。
「あああ……」
崩れ落ちた顎ではうまく叫べなかった。自分は特別で、それこそ自分が何者なのかなど考える必要がないほど特別で、特別であるはずだった。
いったい、自分は何者だったのか……唐突に生まれた疑問は氷解することがないまま、デンカイは消滅した。
統率を失ったゾンビは、本能のまま、音のする方向へと歩いていく。
風で葉が揺れる音。鳥のさえずり、山の中でさえ何かしらの音がした。四方八方から聞こえる音。なかでも大きな音にゾンビは敏感に反応してぐるぐるぐるその音がする方へと動き出す。
「なんかさっきと動きが違わない?」
「まさか……今ので倒したとかないよね?」
着地しジェニファーの聖水噴射が終わる前後からゾンビの動きは不規則になっていた。
「そんな迂闊なことある?」
疑問が浮かぶが、まさに的を射ていた。
けれどアリーもレシュリーも油断はしない。
「ひとまず人里に向かうとまずいし、駆逐はしよう」
方針をそう決める。何にしろそれが最終目標だ。
デンカイが人知れず消滅しているのを知らない三人だが、それでも周囲を警戒し、彷徨うゾンビたちを消滅させていく。




