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tenth  作者: 大友 鎬
第11章 戻れない過去
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超人計画編-6 目的

 コジロウはもうひとりの場所に向かっていた。

 本当は行きたくないという気持ちもあった。休息日の次の日に大きな仕事をしたくないのと同じだ。

 向かう先はエクス狩場の、かつてキミヨシの酒場だったところだ。

 幾度の破壊によってその酒場は変化を遂げていた。

 桃色の点灯が照らされ、歓楽街にあってもおかしくないような雰囲気があった。

 今ではミキヨシの、というよりもアエイウの酒場に近い。

「いらっしゃいませー」

 出てきたのはかつてアエイウの弟子だった冒険者だった。 

 十二支悪星(エトワール)によって大きな傷を負ったアエイウの弟子らは冒険をやめて、ミキヨシの酒場で従業員として働いていた。

「やあいらっしゃい」

 出迎えたのはミキヨシだった。外見とは裏腹に酒場の中は落ち着いた雰囲気があった。

「違和感ありまくりだよね」

「アエイウ殿はいるでござるか?」

「上にいるよ。呼んでくる。また寝台で遊んでると思うから」

 そういう方面の知識がいまだ乏しいミキヨシがカウンターの後ろにある扉の奥にある階段を駆け上がりアエイウを呼ぶ。

 本来ならお楽しみの際にはミキヨシの呼びかけには応えないアエイウだが、コジロウという言葉に反応して大急ぎで駆け下りてくる。

 きちんと着れてない衣服が何をやっていたか容易く想像させた。

「ぬぅ」

 コジロウを見た途端、アエイウが萎える。

「やはりこちらの姿で来て正解であったな」

 コジロウは〈中性〉である。男でも女でもどちらでもなれる。もちろん【変装(メタモルフォーゼ)】を使っていると大半の人は思うだろう。

 ミキヨシもアエイウもそのどちらの姿を見たことがあり、アエイウは女の時のコジロウに露骨ないやらしい視線を向けていた。

 だからこそ男の姿になっていた。あらゆる女の名前を忘れないアエイウはコジロウと聞いてすっとんできたが、その知識の中に男になっている可能性があるというのはすっぽけていた。

 自分のハーレムの一員になりにきた、という欲求のままに駆け下りてきたのだ。

 実際は違う。

「ちっ、話を聞いておけ。ミキヨシ」

「お主の話でござるぞ」

 見たくもない、という表情で一瞥しつつも立ち止まる。

「過去の話でござる」

 アエイウの耳元でコジロウは囁く。

「そういうのは男でやるな。顔が近い」

「聞かれては困ると思ってでござる」

「別にいい。過去とはいつの話だ。俺さまが原点回帰の島に行く前のことか?」

「そうでござる」

「ミキヨシ。お前は小さい頃の記憶を持ってるか?」

「んー、断片的にだね。それからのほうが刺激が多くて。思い出したくないこともあるし」

「そういうことだ。忘れる程度の過去、大したものではない。俺さまが覚えておかなければならないことは他にある。味とかな」

「やれやれでござる」

 それが何なのかなんとなく察してコジロウは辟易した。

「なら、良いでござる。もしコーベック山にある研究所に来てほしいでござる。シュタイナー研究所に」

「行くわけがない。ガハハ、これからもいつまでも俺さまは楽しむだけだ」

 はっきりと断言したのでコジロウは伝えるだけ伝えてその場を去った。

「エミリーはどこだ? まだ帰ってないのか?」

 気分が害されたと言わんばかりにアエイウが怒鳴る。

「今、買い物に行ってますけど……確かに遅いかも」


 ***


 エミリーは買い物していた。

 以前は服装から色々と勘違いされていたが、今ではエミリー自身の優しさが理解され、フレージュでは買い物をするとおまけをくれたりすることがあった。

 そのたびにぺこぺこする愛らしさからほっこりとする人々が続出する。

「母さん」

 そんなエミリーを見てひとりの冒険者がつぶやく。

 母性を感じたわけではなさそうだった。

「なんで母さんがここにいるんや」

 その男は呆然としていた。

 いるはずのない人がその場にいたからだ。

「母さん、どないしてここにいんのけ?」

「えっ、なんですか? なんなんですか?」

此方人等(こちとら)心配したんやけぇの」

「だからなんなんですか?」

 エミリーは戸惑うしかない」

「テンカや。此方人等(こちとら)テンカ・シュタイナーや。母さん!」

 エミリーを母さんと呼ぶテンカだったが、どう見てもエミリーのほうが幼い。

 体躯が屈強で、見る人が見ればエミリーに襲いかかろうとしているように見えた。

「おい、エミリーさんに何をしてるんだよ?」

 震えながら商人が問いかける。エミリーの優しさに惚れたひとりだった。一人の勇気ある声がけに連動して他の商人が恐れながらも取り囲む。

「嗚呼、迷惑千万、御免被りたかったが、致し方なし。致し方なぁし。きっと母さんは記憶をなくして過去を忘れているに違いがないじゃけぇのう。父さんの頼みごとは中断して、研究所に戻ること致し方なし。致し方なぁし」

「え、あの……離して……」

 身軽なエミリーをひょいと掴んでテンカは担ぐ。

 商人たちはテンカからエミリーを引き剥がそうとしたが何かに阻まれてしまう。

 そうして何もできずにテンカはフレージュから姿を消した。

「やばいぞ……」

 エミリーが誘拐されただけじゃない、そのあとやってくる暴君も問題だった。


 ***


「どこに行った!」

 商人たちは後からやってきた暴君アエイウによって容赦なく殴られていた。

「なんか……なんだっけ? テンカ……なんとか……」

「シュタ、シュタイナーだよ、シュタイナー。そいつがエミリーさんを攫っていったんだ」

 これ以上殴られたくない一心で商人たちは記憶を手繰り寄せる。

「なんか研究所に戻る、とか言ってた! 言ってたよなあ?」

 胸ぐらを掴まれていた商人が命乞いのように叫び、周囲の商人たちが何度も頷く。

「シュタイナー? 研究所?」

 どこかで聞いた覚えのある言葉だった。

 掴んでいた商人を倒れていた商人に投げ飛ばしてしばしアエイウは思考。

 そうして思い出す。

「もしコーベック山にある研究所に来てほしいでござる。シュタイナー研究所に」

 コジロウの言葉だった。ただし、声色は女版。

 男のときに聞いた台詞だったがそれを脳内再生するのはアエイウには不可能だった。

「そうだ、コーベック山だ! でそれはどこだ?」

 尋ねるものの商人たちは皆倒れ、巻き込まれたくない人々は家に引きこもっていた。

「ちっ。戻ってミキヨシに聞くしかないか」

 意外とアエイウは地理に弱い。

 コジロウについていかなかったことは微塵も後悔しておらず、過去にも興味はないが、それでも向かう理由はできてしまっていた。

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