超人計画編-3 畳敷
突然の畳敷きであった。それがおそらく何らかの仕掛けだと悟っていたはずだ。
けれど経験者のようなPCがその畳に躊躇なく飛び込んでいくものだから、初めて異世界転生に挑戦する、いわゆる新規参加勢は、経験者が躊躇ないのだから、そこには仕掛けなどないと思い込み、思考を停止して金魚のふんがごとく後ろに追従していく。
(EE)ne!もそのひとりだった。
かつてレシュリーたちと戦ったRe:ENCOREの動画は新規参加勢を増加させた。
その結果、何が起きたか。
先程の戦意喪失したら何もせず罰則問わず放置の増加もそうだが、下調べをせず挑戦するという現象も増えつつある。それがただのゲームであるならば初見未予習プレイというのは一種の楽しみとして許される。ただPC側はこれが異世界転生するための第一歩で、負ければ育てたキャラが消失するということを忘れてはならなかった。
それなのに(EE)ne!は畳敷きが怪しいと思いつつもただのゲームの初見未予習プレイという感覚で経験者らしきPC、Pendra5nに追従した。
畳の上にはトロニオンがいる。疲れ果てたベンダーミンと武器の失ったミーダス772。それにコジロウたちに近づくにはこの畳の上を突破する必要があった。
畳はさっきまではなかった。
それは(EE)ne!も覚えている。だからこそ怪しいと思ったのだ。
本当に罠はないのか。そうは思いつつもPendra5nを追いかけて畳の上に乗った。
『Pendra5n>おい、ばか何やってるんだ!』
途端、Pendra5nが怒鳴る。
Pendra5nは足元を指差す。彼は裸足だった。
よくよく見ればトロニオンも裸足。
『Pendra5n>畳の上は裸足。常識だろうが。下調べしてこい!』
『(EE)ne!>マナーの問題?』
『Pendra5n>技能の問題だ!』
『(EE)ne!>どういうこと?』
何もわからないのに怒鳴られたことにムカついて、(EE)ne!は土足のままぶかぶかとトロニオンに近づいていく。
(EE)ne!は<週末クロニクル~日曜日の終わり~>というタワーディフェンスのPCだ。
<週末クロニクル~日曜日の終わり~>は日曜日を終わりたくない人々が迫りくる月曜日の軍勢から日曜日を守るというコンセプトのコミカルな物語だ。PCは時空者となり、日曜日が終わらないように月曜日が送り出してくる魔物と戦いながら時間を止めたり戻したりして月曜日が来ないように日夜戦いを繰り広げている。
その時空者の技能通り、<週末クロニクル~日曜日の終わり~>のPCはPC世界でいう日曜日に限り、時を止める、時を戻すという強力な技能が扱える。
今日は奇しくもPC世界の日曜日。(EE)ne!は時を戻したり止めることができた。時を進めることができないのは言わずもがな、月曜日がやってきてしまうからだった。
ともかく(EE)ne!は特に時を止めるという技能に特化していた。<週末クロニクル~日曜日の終わり~>ではトップ10に入るほどの実力者。
そんな(EE)ne!は異世界転生の勝手が分からず、下調べしてこいと怒鳴られた。それはトップ10というプライドがある(EE)ne!にとっては許しがたいことだった。
だからムカついて、経験者らしきPendra5nを無視して、トロニオンに攻撃を仕掛けた。
もちろん畳の上で、土足のまま。
(EE)ne!は知っておくべきだった。
畳の上では裸足。マナーなどの問題ではない。
トロニオンは目の前の畳を裸足で強く踏みつけた。
途端、その畳が翻り、何かに当たる。
それは(EE)ne!が使用した時を止める技能だった。名称は特になく、PCが勝手に呼ぶ名は【トキトメ】。
その【トキトメ】が(EE)ne!に跳ね返ってきた。
それこそがトロニオンの初回突入特典〔畳返し〕だった。
その特典の効果は主に二つ。
ひとつ、魔力を消費して特殊な畳を敷く。
ふたつ、裸足であるならば畳をタイミング良く返せば、あらゆる技能、攻撃を跳ね返す。
ふたつ目の効果は敵味方関係なく裸足であれば使用できる。
だからこそPendra5nは裸足になり、トロニオンが草鞋を履いていたのも裸足になりやすいから、という理由からだった。
裸足になる=足防具が装備できないことで不利になるPCも多い。
足防具に速度UPなど、速さに関するバフがついているものが多く、それを脱ぎ捨てて裸足になるというのはせっかく鍛えた自慢の装備を捨てることに等しい。
それに裸足であってもタイミング良く返せなければ攻撃は跳ね返せない。
それができるののはNPC、PC合わせても熟練の域に達している必要がある。
もちろん、PC側はそもそも装備という概念がなく姿事態がすでに靴を履いている場合さえもある。
その場合は土足扱いになるため、この恩恵を受けられない。
〔畳返し〕の恩恵が得られないのであれば土足でも関係ない。
それも事実だった。
だが、裸足でなければならない、と気づけないPCもいるのが事実だ。
トロニオンの真似をしてトロニオンの投げ短刀を跳ね返そうとして、何も起こらずにその短刀を眉間に食らうPCが数人は存在していた。
本来なら避けようと思えば避けれるはずだった。
それでも意趣返しと言わんばかりにやり返そうとして、土足だとできないことに気付かされるのだ。
そして気づいた頃にはもう絶命している。
(EE)ne!は土足ながらその意趣返しはしなかった。
けれど(EE)ne!はもっと悲惨だろう。自分の【トキトメ】が跳ね返され、何もできない状態で停止している。
その首めがけてトロニオンの業物〔残党狩りのトヨエモン〕の磨き上げられた刃が放たれた。
当然何もできぬまま、ぎっ、ぢんと骨に当たる鈍い音を奏でて首が跳ね飛んだ。
『Pendra5n>これだからよ!』
土足で踏み込んで簡単にやられた(EE)ne!を皮肉りながらPendra5nが裸足のままトロニオンへと肉薄。が急激に足元に痛み。
耐えきれずに転ぶ。目の前には鉄の棘が見えた。それはPendra5nにも情報がなかった。
裸足になってトロニオンの攻撃を畳返ししていたPendra5nだったが、トロニオンが今回初めて仕掛けた第二の刃がここに来て効果を発揮する。
討伐師の前職、複合職の狩士から使える狩猟技能【有刺鉄線】である。
魔力によって生み出した畳に仕込んでおいた撒菱のような凶器。
敵の前で転倒してしまったPendra5nは辛うじて業物〔残党狩りのトヨエモン〕を避けたものの、崩れた体勢は戻せない。
立ち上がれぬまま斬り倒され、消滅していった。
PCコンティニューゲージはいよいよ0になり、PCも残りひとりとなった。
『20th2OH>計算が狂った……』
最後のひとり、20th2OHはひとりごちた。
それは最後のひとりになってしまったことに対するものではなかった。
20th2OHは<クイズ・迷Q入り>という謎解きRPGのPCだった。
<クイズ・迷Q入り>はボス戦などで謎解きが発生し、その謎を解くまでボスに一方的に攻撃されるという理不尽さで炎上した経験を持つ。(その謎解きは課金することで一瞬で解決できるというのも物議を醸した。)
20th2OHはその効果が使えるものだとてっきり思っていた。
だから突入前に渾身の謎解きを考え、NPCに繰り出すつもりだったのだ。そしてその謎が解けるまで一方的に攻撃できるものだと思っていた。
けれど、それは<クイズ・迷Q入り>のボス戦の仕様だった。<クイズ・迷Q入り>のPC自身が操作するキャラクターが使える技能ではない。
むしろ、謎を出されたら解かないと一方的に攻撃を受けるというデメリットを背負っていた。
そもそも<クイズ・迷Q入り>の操作キャラクターは課金によって育成するタイプのものと何ら変わらない。むしろデメリットを背負っている分、不利だった。
それなりの打算とサービス終了の記念を伴って意気揚々と突入した20th2OHだったが、計算違いによってあっけなく散っていった。
「ほとんどなんにもしてないの」
ルルルカがお気楽に告げる。結局、ベンダーミン、ミーダス772、トロニオン、三人の活躍で、あっけなくコジロウたちはPCたちに勝利した。




