性分
23
セフィロトの樹を通過した毒素が狙い通りに僕たちのいる通りへとやってきた。
少し驚いたことにセフィロトの樹は毒素が通過してもびくともしなかった。いや、それを知っていたからこそ、街の人々はセフィロトの樹を守ってほしいと懇願しなかったのだろう。
僕はアリーとともに走り出し、メレイナの言葉を思い出す。
「毒素は他の魔物とは違います。毒素自体が本体であることには違いないんですが、他の魔物と違って、中心の核に【封獣結晶】が当たらなければ封印できません」
簡単にいえば毒素の本体はドラゴンの息吹のようなものです、とメレイナは続けた。
「ドラゴンの息吹に【封獣結晶】を当てたところで、ドラゴンはおろか、息吹でさえも封印できません。それと同じです。周囲の毒も本体ではあるんですが、それはいわゆる毒の息吹のようなもので、核に当てなければ意味はないんです」
僕はメレイナの言葉を反芻し、毒素00の核を見据える。
アリーが僕を追い越し、
「吹き荒べ、レヴェンティ!」
剣に纏いしその風をすぐさま解放する。解放された【風膨】がボツリヌストキシンに穴を開けていく。やがて吹き飛ばされてできたその空洞もすぐに閉じるだろう。ここからは迅速にやらなければならない。
僕はアリーの【風膨】に追従するように【滅毒球】を放った。空洞へと入り込んだ【【滅毒球】は内部からボツリヌストキシンの毒を中和。【風膨】によってできた空洞を広げていく。
でもそれじゃ距離が足りない。
ここからはアリーにも話してない独断だった。
僕はその空洞へと飛び込んだ。【滅毒球】の効力が消えればやがて閉じるだろうが、そんなの知ったことではなかった。空洞が広がり、核が露出する。
***
「何してんのよっ!」
アリーの怒号が聞こえた。
「【鉤縄】を結んだ時点で気づくかと思ったでござるが案外鈍いでござるな」
「なっ……」
迂闊だった、とアリーは悔やむ。平時なら気づけたはずだ。
「でもそれ、毒でちぎれるわよね?」
「ユニコーンの角の粉末の三分の二はこの【鉤縄】に塗っているでござるよ。それでも耐久度を少しあげただけでござるが」
「なんにしろ、あいつ……また無茶しやがるのね」
「性分でござろう」
「だからあんたも止めないってわけ……?」
「止めるのはアリーの役目でござる」
「それ同意。あの子の無茶はアタシたちに止めれないのよ、アリテイシア」
「知ったこっちゃないわ」
「だったらおとなしくあとは見ているだけでござる」
どこか心配しながらも、呆れる三人とは違い、メレイナは命知らずなレシュリーの行動に口元を押さえて絶句していた。
***
投球の威力は速さに依存する。もし【封獣結晶】の封印率が使用者の実力に影響するのだとしたら【封獣結晶】の速さが速ければ速いほど封印できる可能性が高くなるということにもなる。
つまり遠距離からの球、標的に近づくにつれ減速してしまう球では可能性から見れば封印は難しい。
自分の実力にまったく自信がない僕はだからこそ近づく。毒素の中に入ったのもそのためだ。さらに僕は【封獣結晶】で【速球】を繰り出すのではなく、【剛速球】として投げようと考えていた。
【剛速球】は【速球】の四倍以上速く投げることが可能だが、体への負担は六倍ぐらいだった。リスクはあって然るべき。だからこそリスクは考えない。
この街を救うんだ、それだけを思って僕は【剛速球】を繰り出した。
毒素に覆われつつある空洞を一瞬にして【剛速球】が通り抜ける。【封獣結晶】が超速で中央へと向かっていく。
同時に僕の身体を毒素が包み込んだ。
コジロウとネイレスがタイミング良く、僕の体に巻きつけられた【鉤縄】を引く。僕はその【鉤縄】に引かれ、毒素の外へと放りだされようとしていた。
途中、【鉤縄】が千切れるも、引かれる勢いは毒素では減衰できないようだった。そのままの勢いで僕は毒素の外へと出た。
僕が出るとともに核にぶつかった【封獣結晶】が毒素を吸い込んでいく。
毒素00が封印された【召喚結晶】が地面に落ち、思わずガッツポーズ。そこで毒素が身体に浸透して受身を取れず地面に倒れた。
毒が僕の身体を蝕んでいく。仮面が剥がれ、肌がボロボロと剥がれ落ちるように腐敗していく。意識が消失していくさなか、僕は自分の狙い通りに、とある球を投げていた。
死がやってくるなか、僕には安心感があった。
かなり運任せだけど、まあ大丈夫なんじゃないかな……たぶん。
そして僕は死んだ。




