沁情切札編-64 激変
「コジロウはいつ戻ってくるんだろう?」
魔物退治を終えた僕は思わずつぶやいていた。
一緒に帰ってきたアリーへと言うわけではないけれど
「死んでないのは確か。終極迷宮は戻ってくるのが難しいでしょ。あそこに別次元のルルルカがいて、そのせいで私達も戻るのが遅れたじゃない」
「そうだけどさ。大陸に来てから一緒に冒険してたわけだからさ、やっぱり不安になるよ」
コジロウはキングが倒されてから半年経っても終極迷宮から戻ってきていない。
半年間、ディオレスが残してくれていたレスティアの秘密基地を拠点に魔物退治をしながら僕とアリーは待っていた。
待っている間、半年という短くも長い間にはたくさんの変化が起こった。
まずはキングが倒された直後、地震が起こり、世界改変が起こった。
クイーンによってもたらされた疫病が一瞬にして浄化された。
僕たちは何度も改変を目の当たりにしてきたけれど、これほどまで驚いた改変はない。
それまで疫病で苦しんでいた人たちが僕の開発した薬で、そしてその効用が発揮されたことで癒術に適用され、感染者は激減した。
その直後にキングが倒され世界は改変され、疫病は世界から消えた。
ただし完全にではない。今回の疫病自体は世界に組み込まれてしまった。
けれど癒術によって簡単に治るため、前兆が見えたらすぐに治療をすれば問題はなくなっている。
ユリエステさんの提案で、この疫病に関する治療はすべて無料になっているのも、世界に組み込まれた疫病に対する対策だろう。
そうやって世界は少しずつ正常になり、一方でDLCを使った第ⅶ世代の熟練度の向上、モココルの中級冒険者学校が安定軌道に乗ったことで、ランク5の冒険者がかなりの数上昇していた。
***
「驚きだよなあ」
シッタがぼやく。レスティアで受けた仕事が終わった帰りに僕は酒場に誘われていた。
僕がココアを飲んでいる傍らでシッタは麦酒を飲んでいた。
「だって俺がランク7だぞ」
そうなのだ、シッタはランク7になっていた。
数人で挑んでランク7になったのはシッタとシャアナだった。
「シャアナみたく終極迷宮には行かないんだよね?」
「特典は羨ましいZE。いつ戻ってこれるかわからないんじゃ行くに行けない」
シッタは空中庭園の英雄のひとりの口癖を真似して、それから舌なめずりをして、色々と口元が忙しいながらも理由を告げる。
シャアナのほうはディエゴを追って足早に終極迷宮に向かっていた。
空中庭園を茨の園が覆いそれを破壊したディエゴたちを見つけたシャアナだったけれど、その後ディエゴは見つけられず集配員からも情報も得られずアルとリアンと別行動したり、疫病禍だったりしたのが祟って終ぞディエゴと出会うことなかった。
ディエゴがそのままの自分ではたどり着けない場所に潜んでいると知った(というか僕が曖昧にして教えた)シャアナは怒涛の勢いでランク7になったのだ。
そしてシッタが行けない理由も改めて思い出す。
「もうすぐ生まれるんだっけ……シッタの子ども」
「そうだ。まあ生まれたら生まれたで色々準備があるから当分は行けない。手合わせしてもらったがその全員にもらえる体術ってのは便利そうだけどよ」
シッタは羨ましそうにそう言うが、自分の子どもが生まれる喜びのにやけ顔のほうが上回っていた。たぶん酔ってる。
「今日はもう宿に取ったほうがいいよ」
麦酒を一杯ではなくいっぱい飲んだシッタはおそらく今日はフィスレのもとに帰れそうもない。
***
「随分と遅かったわね」
ディオレスの秘密基地でアリーは寝ずに待っていてくれた。最近は見慣れた薄着の寝間着で武器のメンテナンスをしながら。
「話が盛り上がったんだよ」
「何の話で?」
「この半年で随分と世界が変わったって話」
「そうね。セリージュがランク6になったのはキングを倒す前だけど、アルやリアンもランク6なんでしょ」
「そうだね。アエイウもなんとかランク6になったみたいだし、デビたちももうランク5だよ。早すぎるよ」
「そういえばイロスエーサからも最近連絡があったわ。集配社、再始動できそうだって」
「それは朗報だね。同じ依頼に何人も来たりしたことがあってさ、それは酒場の仕事じゃなくて派遣されてた集配員の仕事だって初めて知ったよ」
「まあ、イロスエーサたち以外の集配社がそこらへんはフォローしてたじゃない。ボロボロだったけど」
呆れるような、あの状況下だったから仕方がなかったというような声色だった。
それはわかる。No.1の集配社ウィッカがなくなった代わりに救済同盟とスカル&ボーンズが合併して救済スカボンズとなり、切り盛りしていたのだ。
その集配社も十二支悪星の襲来と疫病で壊滅まで追い込まれた。
何の準備もしていなかった他の集配社が対応できないのも無理はなかった。そのなかで懸命にやった結果なのだ。責めるに責めれない。
救済スカボンズが安定してくればまた切磋琢磨して情報網が強化されるのだろう。
「ところでジェニファーは?」
「いつものジョバンニのメンテよ。定期的なのではなくジョバンニが用があったついでみたい」
「そっか。ジョバンニさんはなんて?」
「強化素材って知ってる?」
「なにそれ?」
「防具が強化できるのは知ってるわよね?」
「うん」
「それに必要なのは補強材なの。強化素材は武器を強化できる」
「武器を?」
「死者の名前を刻む武器は強化ができない、とされているらしいの。このへん私は専門家じゃないからジョバンニの受け売りだけど」
「でもその強化素材があれば強化できる?」
「そういうこと。その強化素材というのは正体不明の鍛冶屋が作れるらしいのよ。ジョバンニはそれを調べてる」
「じゃあジョバンニさんが来たのは? それを手伝ってほしいってことだね」
「ううん。ジョバンニとしてはまだそのつもりはないらしい。ただそういうものがあるってことを耳に入れておいてほしいってことらしいわ」
「わかったよ」
***
「ジョーカーが死んだ……」
とある廃墟の地下にある研究所で男は笑う。半年前ジョーカーが死んだと噂を聞いて初めは信じられなかった。
それでも半年が経過して改造者、改造屋の数が激減しているという数値を目の当たりにしてそれは事実に変わった。
だが同時に怒りもこみ上げてくる。
ドン、と机を叩く。金属製の机の無機質な音が部屋に響き渡った。
「だが解せぬ」
怒りを込めて男は言う。ひどく冷たい声だった。
「その場に成り損ないがいたとは。死んでなかったのだ。本来ならばこの世界で生き残れるはずがなかったのだ。そしてその成り損ないが、成り損ないごときが"ワたシ"と同じランク7に到達しているとは! 解せぬ、解せぬ解せぬ解せぬ解せぬ解せぬ解せぬ解せぬ解せぬ解せぬ」
冷たい声は怒りによって温度をもち、感情の高ぶりとともに熱く熱くなっていく。
「ついに"ワたシ"の時代がやってきたのだ。思い知れ成り損ない。〓超人計画〓こそが正しく成功例だということを」
新しい闇が熱を帯びて動き出していく。
「思い知れ!」
第10章 終




