沁情切札編-61 其二
ジャックの手記 その2
【4】
終極迷宮。
考察欲が刺激され続けるその場所でそいつと出会った。
「ランク8だよな、お前」
軽々しいやつだった。飄々としているとでもいうべきか。
身近に女をすぐ口説く金髪の男がいるのなら想像してほしい。
そいつの顔を2で割って2をかけたような――つまりそいつはそういう顔立ちだった。
「否定しなくていい」
うんともすんとも言ったつもりはなかったが、
「俺にはばれてる」
格好をつけて言い放った。
考察しなくてもわかる、苦手な部類の男だ。
ただ当てずっぽうで言っていないだろう。
現状、早期突入特典〔有能鷹の爪隠し〕によってランク7に分類されている。根拠がなくてはおかしい。
考察するに
「特典――」
まるでせっかちと言わんばかりに言葉を遮って
「その通りっっっ!」
そして飛沫が飛んできそうな勢いでまくし立てた。
「俺の特典の前からは逃げ切れない」
一点補足するのならば記憶を整理する意味で手帳にメモをしている。
そういう意味で言えば彼の口調は正確に把握しきれていない。
そこまで彼の口調に興味が持てなかったというのは今にして思えば反省点かもしれない。
「そう俺の早期突入特典〔真実はいつも通りひとつ〕からはな」
何にしろこのとき、心底呆れ、心底ため息が出た。
おそらく未来でも変わらないだろうが特典は本当に信頼できる仲間にしか伝えるべきではない。
「よってお前は早期突入特典〔有能鷹の爪隠し〕でランクをひとつ偽っている」
特典の名前どころか、効果まで彼は暴露する。
とはいえ早期突入特典は選択制である。その選択時にすべての特典と効果を確認することができる。
考察に必要のため早期突入特典〔真実はいつも通りひとつ〕がどんな効果を持っているかもすでに把握している。
持っている特典が瞬時に判断できる、というのは先手として有利だ。
だが彼の使い方は果たして有能と言えるのか。
使い手を選ぶというのはこういうことを言うのだ。
【5】
ヴェレッタ・オッターヴァ。
それが彼の名前だった。
ランク8へ至る方法を知りたいと迫った早期突入特典〔真実はいつも通りひとつ〕の持ち主だった。
あろうことか、と書くとヴェレッタは怒るかもしれないが、彼と友好を持った。
<4th>次元の彼は試練も受けず遊び呆けている低ランクの冒険者たちを説得して回っていたところ、迷惑がられて追放された王宮の騎士であった。
彼と友好を育むきっかけになったのは彼が特別職だったからだろう。
未来はもしかしたら増えているかもしれないが、現在(β時代)は基本職の7種類しか存在しない。
そのなかでの特別職とは考察のしがいしかない。
騎乗剣士――略して騎士。王に仕える冒険者たちを指す騎士とは同じだが意味が違う。
魔動物などに乗り戦う剣士だった。
119999階層目。
そこで襲いかかる魔物相手に戦いを実践してもらっていた。
それが交換条件になる。
武器は光剣〔忌まわしきヂェダイ〕、乗るは幻影馬〔不毛なる勇気スレイプニル〕。
まとう鎧こそ金色に輝き注目を集めるがその戦いは
(文字が掠れていて読めない)
「――に気をつけろ。<4th>の王家はあいつの執念で滅ぼされた」
騎士でもあり、王宮の騎士でもあったヴェレッタは制止を振り払って先に進んだ。
120000階層目。黒騎士の間。
10000階層ごとに出現するという希少な階層だが入って出てきたものはいないという。
何度考察しても罠としか思えなかった。悪い噂もある。
それでもヴェレッタは進んでいった。
それ以降、騎士ヴェレッタ・オッターヴァには出会うことはなかった。
【6】
黒騎士には二度遭遇した。
一度目は森の奥で何かを固執するように探しており、冒険者を見ると襲いかかっていた。獲物は斧だった。血塗られた斧。
二度目は断罪の黒園。ランク9へと至る試練でのことだ。
そこの最奥で黒騎士は待ち構えていた。
その黒騎士は一度目の黒騎士とは違っていた。
闇よりも深い黒い衣装をまとっているのは一緒。
けれど手には見覚えのある剣を持っていたのだ。
光剣〔忌まわしきヂェダイ〕。
そして馬に跨っていた。幻影馬〔不毛なる勇気スレイプニル〕だ。
「ヴェレッタなのか――」
言葉が震えた。
次元の違う友の姿がそこにあるような気がした。
けれど黒騎士の間の噂通りであれば彼は彼ではない。彼ではないのだ。
彼の技術を奪った黒騎士の魔物。彼が――いや黒騎士に技術を奪われた彼らの遺した執念の残滓を元に行動する魔物なのだ。
黒騎士の間の出現を境に黒騎士の武器や攻撃態勢が変化するのは黒騎士の間によって犠牲になった冒険者が次の黒騎士になるからだろう。
ときに超越者とも呼ばれるその名前は言い得て妙。
全次元共通の魔物なのだろう。
だとすればヴェレッタはもう――。
そう考察すればこそ直面して戦えなかった。
ヴェレッタは短い間だったが考察に値する友だった――。
だからこそ断罪の黒園の攻略を断念した。
もはやもう二度と挑めない。
短くて物悲しい断罪の黒園はもはやここに書くことはないだろう。
【0】(折りたたまれ、表紙に隠されていた)
「キミは操られているよ」と教えてくれたのは同胞ジョーカーだった。
ちなみにジョーカーの喋り方はもっと激しくおどけているが手記に記載するにあたってその口調を再現するのは到底馬鹿らしく考察に値しないため、書きやすくしておく。
どういう意味か尋ねると、
「そうか。だったらそのときまで隠しておこうか。エースが動き出したらそれとなく思い出せるようにしておいてあげるよ。これはもちろんエースに無許可で勝手にやることだけどね。そのほうが面白くないかい?」
その日のジョーカーはやけに饒舌だった。
「そうそうクイーンがね、沁情切札ってのはどうかと聞いてきたんだ」
それがなんなのか全く考察できなかった。
怪訝な顔をしているとジョーカーは察したように
「ああ、呼び名さ。
王たるエースにクイーン、ジャックにジョーカー、四人にして札遊びの切り札が揃った。
そしてエースは王でないことを哀しみ、クイーンはエースに尽くすことを喜び、ジョーカーは世界を陥れることを楽しみ、そしてジャックはきっと真実を知り怒り狂う。
ぴったりの呼び名だろう?」
そう叫んでジョーカーは確かにゆっくりと笑った。
その笑顔は確かに世界を陥れることを楽しむ狂気の研究者の表情であった。




