沁情切札編-57 無限
「大丈夫でするか?」
「そう見えるか?」
ディエゴの瞳は潤っていた。
それは笑顔には似つかわしくない。きっとそこに溜まる水はしょっぱいのだろう。
「見えるでするな」
「おうよ。あのばかのおかげで元気いっぱいだよ」
反面、声に元気はない。
それでも【犠牲蘇生】のおかげで疲労困憊はなくなり、精神摩耗すらも消え失せていた。
活力はみなぎっていた。
サスガもサンスの死を耐え忍ぶようにディエゴの軽口に付き添っていた。
なんとか動揺を抑えきれているのは、サンスがそういう使命を帯びていたことを知っていたからかもしれない。
それよりもディエゴが死んだまま、生き返らなければ動揺はひどく、きっと取り乱していたに違いない。それはトワイライトも同じだった。
「さて」
とんとんと小刻みに飛んで気持ちを切り替える。
レシュリーよりも多くの死を経験してきたディエゴたちはすぐに気持ちを切り替えれた。それはすごいことでもあり、悲しいことでもあるように思えた。
「レシュリー。奇策はあるか?」
***
そう問われて僕は答える。
「ある」
一方ですごいと思った。ディエゴはサンスの死をすぐに乗り越えていた。
薄情なのではない。目の前の使命を全うするまでは悲しまないと決めているのだ。
僕はまだどこかにリーネの死が残っている。
それでもディエゴたちの決意を無駄にしないように策は考えた。
「けど」
不安を吐露するようにこう続ける。
「エースの固有技能が知りたい。無効化されるかも」
「無視しろ」
「適当すぎる」
「あいつは世界に嫌われすぎた。あの透明になったお嬢ちゃんの一撃による能力低下を防ぐために、新たな固有技能を生み出し、かなりの数の固有技能を失った」
「つまり」
「あいつは確かに能力はLV上限。熟練度だって相当なものだがぁ、それは俺も同様。じゃあその差はなんなんだっつう話になるだろォ?」
「それが固有技能」
「そうだ。あいつはご自慢の固有技能でまるで改造みたいにがっりがりのごっりごりに性能を上げていた」
「それが今はない?」
「全部が全部ではないがな。あの嬢ちゃん様々ってところか。そうだ、あの嬢ちゃんだが、まだ生きてる。殺されたのは俺とジャックだからな」
それは僕も心配するところだった。何があったのか、は今聞くべきことではないのだろう。
「いいからとっとと策を言え、と言ってもエースが言うまでの時間はくれないんだろうな。トワイライト、サスガ」
「言われなくとも」「わかっているでするな」
前衛と後衛を交代するかの如く、前へと出てエースへと向かっていく。
「私も行くわ」
ディエゴとジャックがエースと戦っていたことでしばし回復ができていた。
アリーも次いでエースへと向かっていく。
「でその策とやらは俺とお前でいいのか?」
「ええ。またあなたの魔法便りになりますけど」
「問題ねえ。話せ」
エースとの時間稼ぎをしてくれる三人のためにも手短に説明する。
「ヒュゥ♪ そりゃあ奇策も奇策。俺もお前もミスは許されないがそれならエースはギリ耐えられないかもしれねぇ」
「ギリですか」
「ああ、そっからは詰めていくしかねえがぁ、これで本当に勝機が見えたぁ」
僕が取り出したのは【転移網羅球】。【巨大転移網羅球】を作る段階で作り出した物あるいは魔法や癒術を転移させるモノ版【転移球】だった。
一点、注意が必要で、対象となるのは2秒以内の魔法や当てたモノに限り、こちらからぶつけるのではなく、あくまで入り口を設置して出口も設定する必要がある。
普段は緻密ではなくざっくりとでよいけれど、今回ばかりは精緻さが求められた。
ディエゴが【弱火】を放つ。神速の【弱火】が【転移網羅球】の入り口へと消えて、出口へと転移。その先には二つ目の【転移網羅球】。そこにディエゴが【弱火】を放つ。
1つ目の【弱火】が二つ目の【転移網羅球】に入る瞬間、二つ目の【弱火】が重なる。
神業だった。
まるでそれは双子の魔法士系複合職が同時に詠唱し、発動したかのような錯 覚すら生まれる。
その二重の【弱火】が二つ目の【転移網羅球】から出た頃には僕の三回目の【転移網羅球】の入り口がそこに身構えている。
三つ目ではなく三回目。1つ目の効果を失わせて、三つ目の球を作り出した。
僕の基本は二つまで。
【巨大転移網羅球】は入り口が複数個あるが、あれはあれでひとつ。とみなされている。
ある意味で反則のようだけれど、発動から消失まで、得意の〔双腕〕で戦うことはできないデメリットもある。
とはいえ、それもまだ防御用、援護用の球を投げれるだけマシだろう、今の僕は全神経を集中して二本の腕どちらともで【転移網羅球】を作り出している。作り出し、消失させ、作り出し消失させる。
ディエゴは、何重にもなるように【弱火】の速度、威力など全て計算して、次の【転移網羅球】に入る【弱火】と同じ速度で放った【弱火が入るようにしていた。
それを繰り返す。
【転移網羅球】の軌道は8を描き、ディエゴは僕が出す場所を完全に把握したうえでまるで重ねがけするように【弱火】を撃ち続けていく。
そこでエースが気づく。まだ五分も経っていない。
それでも超速で処理し、僕たちが繰り返した【弱火】、あえて言うならば【弱火∞】は、まるでそれしか使えず役立たずと罵られ、仲間から追放されてもなお、いつか見返すために使い続けた、どこかにいそうなありふれた主人公の、けれども必殺の一撃のような、小さくけれどそこにおぞましき力を秘めた火球へと変貌していた。
「【転移網羅球】に通すだけでも少し、威力が上がるんだったよなぁ?」
「はい」
それどころか、【転移網羅球】に放り込まれた魔法は、そのなかで混在し、まるで何重にも重ねたような威力を持つ。
つまり重ねた魔法は中で本当に交わり、成長する。
「なら軌道はばれてもいい。エースに【転移網羅球】を連続で通してぶつけてやれぇ」
ディエゴが【弱火】を撃つのを切り上げて、超速度でエースへと近づいていく。
僕も負けじと投球速度を上げて、展開位置を設定。
ゆるく曲線を描くようにエースへと向ける。
「さあ、最終決戦と行こうやぁ!!」
「一度負けたやつがほざくなよ」
エースが怒号。とはいえ、意識は【弱火∞】とディエゴへと半々。
どちらが早く到達するかよりもどちらが致命傷かを瞬時に計算。
【弱火∞】を避け、ディエゴの攻撃は防御するつもりだった。
予想外だったのはディエゴ。
もう一段加速して【弱火∞】よりも早くエースへと到達したディエゴは何もせず、エースを通り過ぎる。
一瞬、不可解さに思考が停止。それでもディエゴへと視線を移す。
直後、ディエゴはその加速を殺しきらずに何かへと飛び込んでいた。
何か。
すぐ理解する。それは【転移球】が開けた空間の穴。
ディエゴが飛び込んだことでそれはすぐに消え、瞬時にまたそこに空間の穴が現れる。
それがどこに通じているのか、エースはそう思考してすぐにその思考を破棄。
これはどこに繋がっていたのか。
考えるまでもない。超加速のディエゴが体当たりの姿勢のまま飛び出してくる。
「これが最強最大の技だ」
ディエゴは【加速】を無詠唱で何連続でも唱えられる。
自分の衝撃も半端ないがランク7のエースを弾き飛ばせるだけの衝撃があればいい。
なぜなら、エースは【弱火∞】を避けて、その場にいたのだから。
弾き飛ばされた先こそが【弱火∞】の軌道。
直撃。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
王らしくない悲鳴のまま、エースが燃えていく。
「そのまま消えろ。消えてしまえ!!」
「まだだ、まだ……エースにして王、王にしてエースがこうなった場合の策を考えてないとでも?」
「そんな隙を与えると思ってんのかぁ!」
連射。【弱火】の連射。轟々と燃える炎が何年経っても消えないと言わんばかりに盛っていた。




