沁情切札編-56 犠牲
「例えば壮絶に王に使わなくてもいいのか」
幼きサンスの問いかけに
「ああ、お前に教えたその技は、お前が使いたいと思ったときに使えばいい」
フォクシーネ王には私が使うさ、サンスの父は苦笑して答えた。
「もちろん、誰に使ってもいい。フォクシーネ王は王である前に人であれ、と常におっしゃっているお方だ。私たちはもちろん王ではなく、王に使える兵士ではあるけれど、その信条は違えてはならない。使うべき瞬間には躊躇うな。使うべき人を違えるな。それを心に刻め」
続けてサンスの父親はそう言い聞かせた。
サンスが与えられたのは、王家を守る[四肢]のなかでバジーゾ家に代々継承されていく、個人ではなく一族を対象とした固有技能。
【犠牲蘇生】。
自分の命を犠牲にして、他者を必ず復活させる。バジーゾ家しか使えない秘奥義中の秘奥だった。
その後、サンスの父はフォクシーネ王とエースの戦いに居合わせた。
その結果、サンスの父は大いなる選択を迫られた。
偶然、サンスもその惨劇の場にいて、死んでしまったからだ。
フォクシーネ王もエースとの戦いで接戦の末、命を落とした。
王を選ぶか、息子を選ぶか。
それでもサンスの父が息子を選んだのは、常に先祖に言われ続けていたからだ。
お前が使いたいと思ったときに使えばいい。
息子に告げた言葉を、自分の祖父にも告げられていた。
だから迷いはなかった、とは言い切れない。
それでも決断したのは樹に名前が刻まれてしまえば、いくら【犠牲蘇生】だとしても生き返らない。
短い逡巡のあと、サンスの父親は息子に【犠牲蘇生】を使用していた。
だが使用後の後悔は微塵もなかった。
次は壮絶に自分の番だ。
サンスは状況を見てそう判断する。
サンスがユーゴに【犠牲蘇生】を使えなかったのは、いや使わなかったのはユーゴ自身に止められていたからだ。
それどころか[四肢]の誰かひとりが死んでも、絶対に【犠牲蘇生】を使うなと[四肢]から言われていた。
お前が使いたいと思ったときに使えばいい、父には壮絶にそう言われていると笑ってごまかしたが、実際にサンスはディエゴに使うつもりでいた。
レッサーの名がつき、正当な王の継承権を持っていないディエゴに。
とはいえサンスには関係ないのだ。
離れ離れになったことは何度だってある。それでも兄のように、時には弟のように、まるで家族のように心を通じ合ってきた。
だからディエゴが死んでしまったのなら自分が壮絶に使いたいと思ったから使えばいいのだ。
「どうせ、お前は壮絶に文句垂れるんだろうなあ」
言いながらサンスは遠くエースに見下されているディエゴへと手を向ける。
「トワイライト、サスガ。ユーゴと向こうで待ってる」
「お主、やはり使うでするか」
サスガもトワイライトもサンスが何をしようとしているか理解していた。
「【犠牲蘇生】」
一言だった。
技能であるため、祝詞も何も必要ない。
ただその技能を使うと強く念じて言うだけでいい。
サンスは崩れ落ちる。
「俺にとってお前は壮絶に守るべき王だったよ」
途端、死んでいたディエゴの体がわずかに宙に浮き、光輝き、傷が再生し息を吹き返す。
後方、サンスの気配が消えていることに気づいて、ディエゴは悟る。
サンスの【犠牲蘇生】の詳細については何も知らない。
けれどそういうものを[四肢]のうちの何人かは持っていると教えられたことがあるのだ。
「やりやがったなぁ、あいつ」
文句を垂れて、ディエゴは意地でも笑った。
「気に食わない」
エースはそう言って忌々しげに空を見上げていた。




