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tenth  作者: 大友 鎬
第5章 失意のままに
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油断

 22


「じじい、なんとかなんのかよ!」

「これは予想外じゃ。ジョバンニがいればまだなんとかなったのかもしれんが。少々キツイ」

 バルバトスが無手でゴブリンを放り、アクジロウが波状剣〔擬音の使い手リレリネ〕でコボルトを切り裂く。ギュィィィイン! と音がなり、コボルトの胴体が両断された。

「ってか、これどういうことだよ。安全じゃなかったのかよ」

「街から人の気配が消えたことで魔物(モンスター)が集まったのかもしれん」

「さっぱり分かんねぇー」

「β時代にもあったことじゃが、魔物(モンスター)は稀に領土を広げようと目論むのじゃ。β時代には移動型大劇場(サーカス)に人が集まって街が空になった途端、街ごと奪われたという事例があったのじゃ」

「なんだそれ、間抜けすぎるだろ」

「だが事実じゃよ。今この大陸に残る廃墟の中にはそんな間抜けすぎる悲劇に見舞われた街もあるのじゃ」

「つーことは、こいつら……ユグドラ・シィルを奪おうとしてんのかよ」

「おそらくそうじゃ。こういう事態にならない限り、魔物(モンスター)は領土を広げることができぬからな」

「面倒この上ないな」

「が今回は侵入されても毒素にすぐやられるか、尻尾を巻いて逃げるじゃろう。しかしそれはわしらが皆殺しにされてからの話じゃ。こやつら、わしらを倒せば領土が広げれると躍起になっておる」

「面倒この上ないな」

 別段重要でもないのにアクジロウは二度同じ台詞を吐いた。バルバトスはアクジロウの気楽さに嘆息する。

 そんなやりとりの最中、アルとリアンが到着する。

「はあああああっ!」

 屠殺刀〔果敢なる親友アーネック〕の鋭い刃がゴブリンの首を切断。身じろぎひとつ取れぬままゴブリンは絶命。

 脅威を感じたゴブリンだったが、むしろアルを倒せばあとは楽だと感じたのか集団となって複数のゴブリンがアルへと襲いかかる。

 がアルへと到達することもなく、あるゴブリンは胴体と耳が、あるゴブリンは首と右肩が、頭と左足が、右手と左肘が切断される。それだけではない、次の瞬間には全てがバラバラになっていた。

 それはリアンが放った攻撃魔法階級6【鎌斬嵐(テンペスタ)】だった。さらにその刃の嵐は、ゴブリンだけでなくコボルトをも巻き込んでいく。

 そのやや後方にリッソムとアイジム、ムジカの姿もあった。

 彼らも、レシュリーたちのもとにいても役に立たないと思い、こちらを手助けにきていた。負傷はしているがノノノが男の子を命を賭して守ったことで奮起していた。

 アルとリアン、そしてリッソムたちの参戦が形勢を一気に変える。

 アルが前線で掻き乱し、リアンが集団を一気に蹴散らす。バルバトスとアクジロウは今までの苦戦が嘘のように鍛冶屋の集団を守ることだけに集中できた。

 数が多かったがアイジムたちも救援に来たため、魔物(モンスター)を蹴散らすのはあっという間だった。負傷者もいたが、リアンの癒術で簡単に治る程度で済んだ。

 アルとリアンは確認のために周囲を見回すと、予想だにしていなかった光景を目撃してしまう。

 アイジムとリッソムの死体があった。


 ***


 それは油断だった。

 油断で油断で、油断しかなかった。

 竜討伐愛好家としての自身の腕を過信した。

 その結果でしかなかった。

 アイジムとリッソムは所詮、竜が倒すのが好きな冒険者に過ぎなかった。

 竜討伐にかまけて、魔物(モンスター)に対する研究を、対策を怠っていた。全て竜に有利な技能ばかりを覚えていた。同時に竜さえ倒せればなんでも倒せると思い込んでいた。

 その結果が、ふたりに死をもたらした。

 リアンが【鎌斬嵐(テンペスタ)】を放つ少し前、アルとリアンから離れた場所でアイジムとリッソムは弓を構える。

 目の前のゴブリンとコボルトはアイジムとリッソムに気づいており、アイジムとリッソムも一定の距離を保ちながら、ゴブリンとコボルトの様子を窺う。

 飛びかかるゴブリンをアイジムが、そしてコボルトをリッソムが的確に射抜く。その弓の腕は眼を見張るものがあるがそれは所詮、他の仲間が竜や竜に追従する魔物(モンスター)を引き受けてくれ、自分たちが自分たちが狙うべきものだけに集中できるから手に入れたものに過ぎない。

 だから息を潜め、回り込んでいたゴブリンとコボルトに気づけない。

 コボルトが握るのはおそらく他の冒険者から奪った剣だろう。持ち方も振り方もまったく知らないコボルトだが、それが殺すための道具だと理解していた。だからコボルトは目の前の同志を殺して満足するアイジムにその剣を突き刺した。

「ぐっ……」

 痛みを堪えるようにアイジムは振り向く。

「ウケケケケッ!」

 剣を放したコボルトが哂った直後、リッソムの矢がそのコボルトの頭を吹き飛ばす。

「アイジムっ!」

 心配するリッソムに

「……油断するなっ!」

 そう叫んだアイジムは気力を振り絞り、リッソムへと迫るゴブリンを射抜く。しかし集中力を欠いたその矢はゴブリンを掠るだけだった。

 直後、ゴブリンの爪がリッソムの胸を抉った。

「あああああああああああっ!」

 その光景に絶叫するアイジムが矢を握り締め、ゴブリンを刺した。

 アイジムは自分のことなどそっちのけでリッソムを止血を始めた。

「自分のが先でしょ……?」

「いいから黙ってろっ!」

 必死になって止血処置を施すアイジムだったが、魔物(モンスター)は当然他にもいた。本来なら周囲の敵を殲滅してから止血すべきだ。けれどアイジムはここまで来て仲間を失いたくなかった。それに竜相手に幾度も困難を切り抜けてきたのだから警戒しなくても大丈夫だろうという過信もあった。

 そんなアイジムに罰を与えるかのように、樹木の枝から飛び降りてきたゴブリンの豪腕がアイジムの胸を貫いた。その光景に悲しむリッソムもすぐに同じ末路を辿った。

「ウケケケケケッ!」

 満足するゴブリンやコボルトを、その数秒後、リアンの【鎌斬嵐(テンペスタ)】が一瞬にして蹴散らした。

 ムジカはその光景を目の当たりにしていた。彼女自身は臆病であるがゆえに壁を背に、自分へと襲いかかるゴブリンだけを相手にしていた。【無炎壁(アンチファイア)】を覚えている賢士の彼女だが、低位攻撃魔法はほぼ習得しておらず、近づいたゴブリンを振り払うのに精一杯で、アイジムたちのフォローはできなかった。そんな彼女に襲いかかるゴブリンが少なかったのは幸運にもゴブリンたちがアイジムやリッソムを殺すのに夢中だったからに過ぎない。

 彼女は偶然によって助かっていた。さらに幸運は続く。

 アイジムやリッソムが死んで自分へと向かうと思われたゴブリンやコボルトがリアンの【鎌斬嵐(テンペスタ)】によって死んだ。

 運も実力のうちというが、彼女は運だけで生き延びた。

 竜愛好家のなかで唯一生き残った彼女に唯一不運があるとすれば、癒術ランク7の【蘇生(リヴァイヴ)】を覚えていないことだろう。賢士は攻撃魔法をランク8、援護魔法をランク7、癒術をランク7まで覚えれる。【無炎壁(アンチファイア)】を覚えずにさえいれば低ランクでも回復癒術ランク7の【蘇生(リヴァイヴ)】を使える可能性だってあった。

 しかしそれは可能性というだけであって、アイジムたちが死んだ今、【蘇生(リヴァイヴ)】を使えない今、現実逃避でしかない。

 幸か、不幸か、彼女ができることはたったひとつ。

 悲しむことだけだ。

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