沁情切札編-44 闘争
「どういうつもりだ、ジャック」
「しらばっくれるなヨ、キング。あの日、あの時、どう考察しても考察に考察を繰り返しても結論は何も変わらなかった。キングが殺した。この結論は覆らなかったんダ」
「ほう。あの日、あの時とは?」
「もういい」
ジャックがキングに向けている感情は明らかに憎悪だった。
キングとしては本当に覚えがなかった。
「まあいい。王にしてエース、エースにして王に逆らうのも一興。楽しませてみせろ」
「おかしいネ」
違和感があるからこそ、ジャックは言葉に出す。
自分の知っているキングにはどこかまだ凶気があったような気がするのだ。
ただ疑問を感じている暇などどこにもなかった。
その瞬間、眼前に蹴りがあった。
そのまま吹き飛ばすのを良しとせずキングはまるで歩くようにジャックを踏みつける。
衝撃。橋が揺れ、その振動がそのまま南の島へと伝わっていく。
「どうした。ただの【体術】だぞ」
終局迷宮に入っただけでもらえる突入特典【体術】。
早期でも初回でもない、ただ入れば選択することなく得られるそれでキングはまずは吹き飛ばされた分をやり返す。
先程自分が吹き飛ばされたのもただの【体術】であるからだ。
売り言葉を買うようにジャックは切断と絞殺に使い続けてきた拳で足を圧殺する。
それは圧殺と言っていい。思いっきり握りつぶした。
足を失い、思わずキングは腰をつく。
「どうしたんですカ、キング。ただの【体術】ダヨ」
キングに馬乗りになったジャックはキングを殴り続ける。決して本気ではない、けれどキングが抵抗できない程度に。
とはいえ本気で抗っているようには見えない。
どことなくジャックが怒っているのを楽しんでいるようにも見えた。
「フハハ」
幾ばくか殴られてキングは突然笑い出す。
「何がおかしイ?」
「いや、今気づいたのだよ」
「何に?」
「なぜ王にしてエース、エースにして王に逆らうのか」
「思い出したのカ!?」
「いや逆だ。お前が一部だけだとはいえ思い出してしまったのだ」
「意味がわからない」
「それだけが真実だ。いやなら考察してみせよ」
「撲殺してやるヨ」
もはや絞殺者でも切断者でもない。馬乗りになってキングを殴り続けていた。
一辺倒な攻撃だが、キングは本当に抵抗しなかった。
顔どころか体中が原型をとどめていない。もはや肉片とふさわしい姿。
一日中、まるで肉料理の下準備と言わんばかりにジャックはキングを殴り続けていた。
抵抗という抵抗をしなかったのがそのまま違和と感じられるほどに。
「死んだ?」
ジャックの行為を眠らずに見つめていた冒険者が呆気に取られたようにつぶやいた。
あれほど苦しめられたキングをただ殴り続けるだけでジャックが倒したように感じられたのだ。
疲労からかジャックの腕が止まる。血だらけになった拳がその場の凄惨さを物語っていた。
だが、
「満足したか?」
物語らぬ肉片になったかのように見えたキングから言葉が発せられる。
ぶるり、と一部始終を見ていた冒険者どころか強者であるはずのジャックでさえ身震い。
「王にしてエース、エースにして王の王たる所以がこれだ。お前は知らなかったか?」
肉体が再生していた。さきほどまで原型がとどまっていなかった肉体が、ジャックが殴り続けた痕跡さえ分からぬほどに。
「早期突入特典〔不眠不休〕」
その言葉を聞き取れたのはランク7以上の冒険者。つまりこの場ではジャックと、キングしかいなかった。
「本来、冒険者は宿屋で寝ることで疲労の蓄積を取り除き、精神摩耗を回復させる。寝台で寝るという行為が回復細胞を活性化させる。なぜそうなるのかは分かっていないが、世界がそうだと決めている。だが、王にしてエース、エースにして王にそんな面倒くさい所作は不要。〔不眠不休〕は一日経てば、全てが回復する」
ジャックはその言葉に衝撃を受けた。キングとジャックは互いに特典を教えなかった。ジョーカーもクイーンも教えたがりだったため、ふたりの特典は知っていたが、ジャックとキングは互いが互いにひた隠しにしていた。
そういうのものとお互い認識があった。
だが思い出してみればキングは確かに野営のときにずっと見張りをしていたような記憶がある。
ズキリと頭が痛む。何かそこに違和感もあった。
何かが違う。
今のキングと何かが違うのだ。
エースにして王、王にしてエース―― 王政を壊滅させたときの記憶が薄っすらと蘇る。
「どうした?」
だが記憶のキングと眼の前のキングの姿は一致する。
「うるさいヨ」
うすら笑うキングがどことなく腹がたった。
「でだ、お前はまだ戦えるのか?」
なにせ一日中殴っていたのだ。その疲労感は計り知れない。
一方、殴られ続けていたキングは全回復している。
この圧倒的な差を作り出すために計略を練っていたのだ。
ジャックが知らずキング自身が知っている情報を利用して。
「戦える。キミにだって知らないことはあるヨ」
「ほう。教えてみろ」
「考察してみたことはあるカイ、キング。自分よりも強者がいるってことを?」
「何?」
「とっくに超えてるんだよ、ボクは!!!」
解放、小さくジャックが呟くと若干、拳に宿っていた【体術】による闘気が増したような気がした。
「なんだ、その力は?」
「ボクの早期突入特典は〔有能鷹の爪隠し〕。簡単に言えばランクをごまかす。だからボクの本当のランクは8なんだよ。キング、ボクはとっくにキミを超えている」
そう言ってキングの首を締め始める。
「もちろん、終極迷宮に行ったときはランク7だったサ。でもそのあとすぐに一人でランク8になった。でもキミは気づかなかっただろう。あの時、なぜこの特典を選んだか分からなかった。でもきっとずっとボクはこの状況を待ち望んでいたんだヨ。分かるかい、キング?」
今度はジャックが笑う番だった。
ランクが1上がると身体能力は大幅に向上する。今までの疲労分を帳消しするかのごとく。
「死ねヨ?」
絞殺せんばかりに首を締める。
キングも笑った。まるでジャックの反乱を予知していたかのように。
言葉散り散りにだがジャックに聞こえるようにこう告げる。
「クイーンは……すでに死んだ。そして王にしてエース、エースにして王は――」
ジャックがキングを一日中殴り続けていたさなか、クイーンはディエゴによって死んでいた。
そしてあるものが闇市に流れた。そのあるものを持って南の島へと向かっていた人物がいた。
その名はニヒード。
馬車を飛ばしたニヒードは絞殺されかかっているキングの前に、息を切らしながらも到着する。
「――再起するッ!」




