沁情切札編-43 不在
従順印、冠に釘を指したようなその印を体のどこかに刻まれた者は南の島から出ることはできなかった。
キングが南の島からいなくなるまでは。
疫病が流行っていた時期こそ街に滞在した冒険者は多かったが、レシュリーによる治療によって多くの冒険者が出歩き始めた頃には従順印をつけられた冒険者も比較的、南の島の外へと出向くようになっていた。
が、
「急げ、急げ、急げ」
従順印を刻まれた冒険者たちが必死に走っていた。南の島をつなぐ大きな橋を、だ。
その数は数人ではなく数十人。
王がいなくなり、従順印が作動しなくなったと知った途端、抜け出した冒険者たちだ。
毒性を持つ魚を初めて食べた好奇心は尊敬される。それと同様に初めてキングの不在に死を覚悟して南の島から脱出を試みた冒険者は偉大だろう。
とはいえ、キングの従順印が技能、あるいは呪いの類だとすれば、キングが不在になれば発動条件を満たさない、とは判断できる。
だからと言ってガリーのように疫病を止めるため、その三つの要因である魔物を退治するために外に出ると言った目的ではなくただブラブラと散歩する感覚ででかけたような、未だ感染のリスクがあるなか、目的もなく外に出たいという欲求だけを解消しようと軽率にでかけた冒険者たちだ。
その冒険者たちが長い長い橋を必死に走っている。
そのずっとずっと後ろ、橋の入口には優雅に歩くキングの姿がいた。
キングはわざと従順印による罰則を発生させず、この状況を楽しんでいた。
恐怖は薄まる。同じ怖い話を何度も何度も聞かせればいい加減飽きてしまうのと同じように。
従順印はキングの圧倒的な力という恐怖で縛り付けて結ばせたものに過ぎない。
自分が遠く離れてしまえばその力がなくなることにやがて気づく。
それも狙いだった。
恐怖は薄まり、恐怖は忘れ去られる。蛮勇が多く存在する冒険者にとっては当たり前の事象。
だから思い出させる。
「王にしてエース、エースにして王。その存在を忘れたのか、それとも忘れたかったのか。どちらでもいい。王にしてエース、エースにして王の帰還まで、残り10。さあて楽しませてみせろ」
キングは言いながら優雅に歩いていく。
残り10。それが秒数なのか生き残れる数なのか逃げる冒険者には理解ができなかった。
キングは当然説明などしてくれるはずもない。
「早く、早く、早く」
すでに南の島という不自由ながらも安全地帯にいる冒険者から声援が飛ぶ。いやただの野次なのかもしれない。
多くが必要以上に外出をせず、従順印の効力が失われてもなお南の島から出なかった冒険者だ。
自業自得と感じている者もおそらく少なからず存在している。
声はかけるが手は差し伸ばさない。
南の島から出れば従順印をつけている自分がいつ対象になるか分からないから。
「急げ」
どうしてこんなことになったと最近ランク4になったばかりのトレイズ・ヴェンケッターは思う。
疫病のせいで彼女と離れ離れになった。だから会えるときに会いたい、その考えは何もおかしくない。
ちょっとだけ会ってすぐに戻ればよかった。
「すぐに戻ってね」
彼女の言葉をきちんと素直に聞いて寄り道せずに戻っていれば、こんな目に合わなかった。
たった二時間。一緒についてきてくれた仲間の冒険者と別れて、いつも寄っていた娼館に行かなければよかった。
彼女への裏切りの罰とでも言わんばかりに、走っていた。
彼女の言葉が警告のように何度も何度も頭の中を反芻する。
「5」
あと半分。何人死んだ?
それともあと五秒なのか。間に合うのか、間に合ってくれるのか。
トレイズは気になって後ろを向いた。
王の姿は見えない。
王ははるか後ろで未だ歩いている。
「五人死んだら終わりなのか……?」
言葉に出すがわからない。
隣りにいた冒険者が切りかかってきた。
「何をするんだよ」
「五人死んだら終わるんじゃないのか?」
「知るか」
「お前がそう言ったんじゃないか」
「勘違いだ。減速しないほうがいい。間に合わないぞ」
余計なことを口走ってしまったと後悔しながら忠告。
それでも聞く耳を持たず足を斬られた。
「くそっ」
毒づくと同時に他の冒険者が自分を切りつけた冒険者を殴りつけて海へと落とす。
「3」
「待ってくれ」
他の冒険者が自分の怪我に憐れみの目を見せながら通り過ぎていく。
誰もが自分が助かろうと必死だ。
「くそ、くそくそ」
足を引きずりながら歩いていく。自分を通り抜けていく冒険者を切りつけて妨害もできた。
けれどそうしなかったのはトレイズの人柄の良さなのかもしれなかった。
「1」
「くそ、くそくそおおおおおおおおおおお」
南の島までこの足では三十秒足りない。
トレイズは嘆いた。南の島で見つめる冒険者たちがまるで自分をあざ笑っているかのように見えた。
「余興にしてはまあまあか」
一瞬だった。
ありえない速さ。
トレイズが従順印の違反により爆発四散するさなか、目の前の冒険者たちも爆散していく。
トレイズからでは姿が見えなかったキングは気まぐれに10を数えて0になった瞬間、トレイズや彼を見捨てた冒険者たち全てを追い抜いて南の島へと到達していた。同時に従順印の誓約を発動する。
南の島にいなかった者は死亡のため、その島に続く橋の冒険者たちは全員が一瞬で死亡した。
王が南の島に滞在しているという条件を満たしたため、従順印の誓約は距離を問わず発動しているため、王の不在時に逃げ出し、王の帰還を知らないまま他の街で過ごしていた冒険者たちもいきなり爆発して周囲を巻き込んで死んでいった。
「王にしてエース、エースにして王の帰……」
言い終わる前にキングは橋へと吹き飛ばされる。
「随分と考察したよ、キング。待ちくたびれた」
キングが戻ってくるという報を受け、待ち構えていたのはジャックだった。
「さあ、絞殺の時間だ」




