沁情切札編-39 擬人
「面倒くせぇ事態だ」
ディエゴが重圧に耐えつつぼやく。
「そうでするな」
伝播するようにサスガが気づき、次々と僕たちも違和感の正体に気づいていく。
クイーンの姿だ。
クイーンは狐人のような姿をしている。金色の髪の毛の上に生える狐耳。転職に合わせて防具を切り替えたのか十二単を着こなしている。
その後ろから生える尻尾。両手足は狐の毛皮が生えていた。
それが違和感。
上位職怪獣師の前身、獣化士にも共通して言えることだけど、基本的に【獣化】【怪獣化】は魔物そのものに変貌する。
その際に魔物の身体能力が自身の能力に少し上乗せされ、そして本来武器を持たない魔物でも武器を持つことができる。
自分の能力で劣っている部分が特化している魔物に【獣化】して能力を均一化したり、自分の能力の優れている部分を特化している魔物に【獣化】してさらに尖った性能をもたせる他、魔物特有の技能を使用できたりするのだ。
「本来の【怪獣化】の性能はフツーに持ってるっスよね?」
「だろうね」
「ということは姿がおかしいということは?」
「ここに来て固有技能なんだろうなあ」
ため息混じりにディエゴが言葉を吐く。
「フフフ、オホホホホホホホ」
高らかに豪華絢爛にクイーンが笑う。
「やはりワテクシたちしか勝たんのですこと。そうですことね、【擬人化】とでも名付けましょうか」
まるで自分が神にでもなったかのような傲慢な笑みがそこにはあった。
誰が想像するだろうか、違法な手段で不可能と言われた上位職での転職した冒険者に、よもや固有技能が与えられるなどと。
いや、どこかでディエゴはそして僕は予見していたのかもしれない。
何かある、という予見が。
僕の投球技能の固有技能開発を皮切りに多くの冒険者が固有技能を持ち、固有技能が生まれやすい時勢になった。
そのさなか、すでに固有技能を持っている、つまりは閃きのコツのようなものをすでに知っているクイーンがこんな追い込まれた状況で何も得られないはずがないと。
その何かあるという予見がクイーンの起死回生の、転職だと少なくともそう思っていた。
それでもここで無から生み出してくるのは流石の実力者なのだろう。
右手には相変わらずの九つに穂先の分かれた九尾鞭〔九つ裂けのジャビドゥー〕を持っていた。
「行きますことよ」
一言。
瞬きの間に目前まで迫られていた。
冷や汗。
僕は守られていた。
「【刻下聖晶】を使ってこれか」
守ってくれたのはトワイライトだった。
【刻下聖晶】発動時に【守鎧】と同等の効果、つまり魔法障壁が展開される聖剣技で受けて、その障壁が破壊されてもなお、傷を負っていた。
「威力はフツーに上がっていると見ていいっスね」
「あれがさすがに全力ってことは壮絶にないだろうな。壮絶に援護に回ろう」
「出し惜しみはなしで行け」
「壮絶に分かってるさ」
「トワイライトもだぞ」
「分かってる」
「トワイライトさんはともかくあの男の人は?」
「万能師。サンス。サンスクリッチェ・バジーゾだ」
「壮絶によろしく」
詠唱を止めてわざわざ爽やかな笑顔をこちらに向けている。
「ああいう男だ」
「万能師?」
アリーが反応する。
「だったらなんで【絶封結界】が……っていいわ。特典ね」
そしてすぐに悟る。
僕も同じ疑問にたどり着き、同じ答えにたどり着いていた。
複合職、魔聖剣士の上位職万能師は魔法剣は攻撃階級4、援護階級7、癒術は階級5、魔法は攻撃階級6、援護階級4まで使用可能だ。
腰に短めの杖を常備することで魔法剣を使用しながら、魔法も腰の切っ先から展開するという荒業ができると聞いたことがある。
【絶封結界】は援護階級7。魔法剣での使用は可能だけど魔充剣でさっきの展開はできない。
けれど魔法は援護階級4までしか使用ができない。
それをぶち破るには改造か特典しかない。ディエゴの仲間である以上、改造はありえないだろう。
となれば特典しかない。
「まあもうバレたなら壮絶にネタばらしするが壮絶〔向上工場〕っていう特典だ」
「壮絶は余計だな」
「効果は壮絶に使用できる階級を上昇できる」
「具体的には3上昇だな」
曖昧なサンスの説明をディエゴが正しく説明し直す。
つまりサンスは特典の効果によっては魔法剣は攻撃階級7、援護階級10、癒術は階級8、魔法は攻撃階級9、援護階級7まで使用可能になっていた。
万能性のさらなる向上と見るべきだろう。
そこまで扱えるのは魔法士系でもそうそういない。
「壮絶に前進する。トワイライトも続け」
魔法剣が使えるからこそだろう。
前衛としてサンスは前に立つ。肉体も僕なんか比べ物にならないほど狂戦士に劣らない屈強さがあった。




