沁情切札編-38 怪獣
まるで殻だった。
【絶封結界】の結界の中の感じ方は人ぞれぞれだ。
クイーンは閉じ込められてそう感じていた。
怒りが収まると今度は過呼吸に陥っていた。
「ワテクシは、ワテクシは……」
「大丈夫。大丈夫さね」
微弱な回復細胞が徐々に九尾之狐を癒やしていた。
しかしそれでも傷を癒やし、自身の障壁を再生するまでには至らない。
「そうは見えませんことよ。ワテクシは失いたくない。離れたくない」
「元より封印されていたじゃあないか」
「そうですけれどその間、ワテクシが寂しさを感じてなかったとでも?」
「おべっかはいい」
「あら、ばれました?」
まるで小悪魔のように舌を見せる。九尾之狐はクイーンの本心を見透かしているのかもしれない。それでもクイーンは必死に本心を隠す。
何が本心で何が本心でないのかもはや本人ですら分からなくなっている。それを九尾之狐が見透かしているというのですらちゃんちゃらおかしい嘘なのかもしれない。
「ここで提案ですことよ」
「なんだい?」
「ひとつになりましょう」
「改造でもするつもりかい?」
「ワテクシたちがそんなことをしたら美が歪みますわ。あれをしていいのはワテクシたち以外ですわ」
「じゃあどうするんだい?」
「これ、ですことよ」
クイーンは【収納】していたある道具を九尾之狐に見せつける。
それが何であるか理解して九尾之狐は唸った。
「なるほど。確かにそれは改造よりは悪趣味じゃあないね」
「まあ作ったのはジョーカーですが、異世界転生を目指したPCどもの産物を利用しているのです。不具合はまずないとみていいことよ」
「むしろジョーカーよりもそっちのほうが信用ならないがね、行ったことがない身としては」
「あらあら、ジョーカーも知っている身とすればこちらのほうがまだマシですことよ? 恐怖を感じてらっしゃること?」
「どうだかね。だが、あいつらを倒すにはもうこの手しかないんだろう?」
「愛しのキングや、どうでもいいジャックがいれば少しは状況が変わったことでしょうけど。ワテクシたちだけではおそらくもう手に負えない」
「最初は威勢が良かったのにねえ」
「だから気に食わないまであるのですことよ。ワテクシがずっと優位でなければ楽しくない、面白くない。不愉快、不愉快」
「それで、そうすることで優位に立てるんだね?」
「当たり前ですことよ。ワテクシたちがひとつになるのですよ?」
「ふん。確かにそうさね。それにこのままでは足を引っ張ってしまうだろうね」
「では、行きますわよ。向こうもこちらの回復を待ってはくれませんことよ。だから手早くしてしまわないと」
「ああ、わかっている。さよならだ、クイーン」
「ええ。さよならですわ。でもまたすぐに会えますことよ」
瞬間、調教技能【恰・七番目の天国】によって九尾之狐は絶命する。
「もう特典も無意味ですわね」
横たわる狐の遺体を見てクイーンはつぶやく。
早期突入特典〔永遠に共に〕を使って調教してからずっとまるで母親のように姉のようにときには妹のように一緒に過ごしてきた。
封印されていた間もずっと九尾之狐の存在を感じ続けていた。
ある意味で温かみのような、ものを。
それがもはや感じられなくなっていた。
それが悲しみなのかなんなのかクイーンはわからなくなっていた。
ずっと優位に立ち続け愉悦しか感じていなかったクイーンは久しくその負の感情の高ぶりを忘れていたからだ。
すっーと涙がこぼれてすぐに消える。
涙をこぼしたかこぼしてないかすらわからないぐらいに一瞬だった。
同時に【絶封結界】が消える。
横たわる九尾之狐と、それを愉悦の表情で見つめるクイーンがレシュリーたちの前に現れる。
回復していると予想していた彼らにとっては予想外の展開だろう。
そしてクイーンが手に持っていたのは……
「転職装置……!?」
ディエゴがつぶやく。
かつて終極迷宮でMIKE NYANYAが使っていたものだ。
「ジョーカーが作ってやがったのかよ」
「転職装置っていうと職業が変えられるってやつっすか?」
「そうだ。だが上級職でも可能なのかよ、くそが」
未だディエゴへの【膝不味喰】は起動中だった。不格好のままディエゴは吠える。
クイーンがもっている転職装置、そして九尾之狐の死体。
それが意味するところはたったひとつだった。
クイーンが転職装置を握りつぶすとそれは起動した。
黒い光がクイーンを包み込んだのもつかの間、それは収束する。
変化はなかった。
けれど
「【怪獣化】」
呟く言葉に変貌する姿。
それが転職に成功したという意味に他ならなかった。
怪獣師へとなったクイーンが九尾之狐が同化していた。怪獣師は自分で倒した魔物しか【怪獣化】できない。
だからこそクイーンは自らの手で九尾之狐を倒していた。
そうしてひとつになれた。
優位に立てて嬉しいような、それでも九尾之狐を失って哀しいようななんとも言えない表情でクイーンはレシュリーたちを睨みつけていた。




