沁情切札編-37 四肢
「落ち着きな」
凛とした先程の声とは大違いのまるでかすれるような、死にそうな声で九尾之狐はクイーンを宥める。
豪華絢爛な毛並みは焼け焦げ、まるで焦げた油揚げのような毛並みだった。
顔立ちこそ気品溢れる女狐そのものだが、焼け焦げた顔からは気品さが減算されていた。
荒ぶるクイーンを尻尾で捕まえ、背中に乗せる。
ディエゴという人質、絶対有利を手放してでもクイーンを宥める必要があった。
まるで子どもだからだ。
思い通りになっているときは調子に乗り、思い通りにならないとだたをこねたように暴走する。
それがクイーンなのだと知っていた。
子どもがお馬さんに扮した親にまたがるように九尾之狐はクイーンを背中に乗せてリラックスさせる。
「うぉんうぉんぉおおおおおおおお」
まだ健在と言わんばかりの咆哮。
ほのかにわかる程度の回復細胞が粒子となって視認された。
***
「こっからが本番だろうが」
ディエゴが言う。
だけど僕はあまりにも疲弊していた。
【巨大転移網羅球】は精神摩耗は多いが、同時に疲労も多い。
精神摩耗については何度も意識を失ったおかげというべきか精神自体が成長しているのかもしれない。
だけど肉体疲労についてはそもそも根底の体力が他の職業よりも少ない。
そうして思った以上の体力を疲弊して僕は膝をついてしまっていた。
転移網羅の輪を広げすぎてしまったのだ。いやこのぐらい広げていなければ九尾之狐の障壁は打ち破れなかったのかもしれない。
「と言いたいところだがよくやった、と言うべきだろうな」
ディエゴが感心する。
「連絡が入った。ユーゴたちがやってくる。サスガにトワイライトもな。それに終極迷宮からサンスも帰還する」
四肢の集結だ。
言うやいなや、確かにこちらに向かってきている姿があった。
途端に【絶封結界】が九尾之狐とクイーンを逃さないと言わんばかりに展開された。
「身代人形を使えば【絶封結界】は敵のみを封じ込める結界となる。壮絶に豆知識な」
ディエゴの後ろに現れたドレッドヘアーの男がそう告げる。
「豆知識がうるせぇぞ。サンス。一時的にでも【絶封結界】を張ったのはキングの秘密がわかったからか」
「壮絶にそうだな」
「サンスどの、来たでするな」
「壮絶にそうだな」
「さっきからそればっかりっスね」
「壮絶にそうだな」
「やれやれ」
「とっとと話せ。身代人形がなくなったら話もできなくなる」
「というか変な格好だな、ディエゴ」
「お前に言われたくないぜ、エロ騎士」
「エロくない」
とはいえ水着姿のトワイライトの露出は過多で、僕もアリーに怒られそうなので直視はできていなかった。
「まあいい」
「でキングの秘密とやらは?」
「ちなみに壮絶にクイーンを倒さないという選択肢は?」
「壮絶にないだろ」
何を言ってるんだ? と言わんばかりにディエゴは呆れて即答。
「なら壮絶に語る意味も持たない」
「察した。つか無理難題が影響してんだろうな。絶対に見つからない無理難題」
「壮絶に無理なんだい」
「そういうのはいい。噂に聞いたがクイーンは無理難題として家具を見つけてこいと言ったんだろう?」
「それは僕もリアンから聞きました。でも無理難題っていうのはとてつもなく難易度が高いという理由なんじゃ?」
「それは違う。クソ底意地の悪いクイーンが出した無理難題は完全に無理だ。なぜなら、提案した本人が全部最初から持っているからだ」
「は?」
「クイーンが出したとされる無理難題の家具は確かに存在し、その家具を見たという冒険者も少なからずいるが、それはとっくに家具屋たるクイーンが人知れず回収して後生大事に【収納】してやがる」
「つまり、クイーンは絶対に見つからないのに、それを見つけろと言っていた?」
「そうだ。そして見つからなければ生贄を出せと迫ってる。どうだ、クソ底意地が悪いだろ?」
「最悪だ」
「まあそれはともかく、キングの秘密はわかった。がクイーンを殺さない選択肢はない」
「壮絶にそうだろうな。だとしても反対は壮絶にしない」
「もうそろそろ、【絶封結界】を解け。身代人形を破壊して脱出しないところをみると回復に使ってやがる」
「まあ、そうだろうな」
「つか、ずっとその姿勢ってフツーに辛くないっスか」
「黙れ、ユーゴ」
ディエゴが跪かないようにずっと耐えている姿は大変そうに見えるが少し滑稽さがあり、ユーゴという青年は面白がっているのだろう。
「ではそろそろ壮絶に解除する」
「やるでするか」
「私も大丈夫」
トワイライトさんの癒術もあり、アリーは戦えるまでには回復していた。
「冷静にね」
アリーがささやく。
僕はクイーンの絶対不可能な無理難題とそれによって死んでいった闘球専士たちの無念に腸が煮えくり返っていた。
それでもアリーのとろけるような優しい言葉で少し落ち着きを取り戻す。
「わかってる」




