沁情切札編-35 神風
【豪速球】がクイーンの耳を掠めていく。
「うざったいですこと」
それでも目にも留まらぬ速さのその球をクイーンはまるで軌道を読むように回避した。
卓越した冒険者であれば、早くても真っ直ぐ飛ぶ球というものは避けやすいのかもしれない。
回避できた人のほうが少なかったけれどもうちょっと工夫がいるのかもしれない。
ディエゴをなんとかしようと動くクイーンはすでに九尾之狐から飛び降りていた。
九尾之狐はアリーが対応している僕はアリーの援護をしながらクイーンの妨害をしていた。
クイーンの持つ大きな魔鎚〔和尚ゲンノウクウガイ〕では近寄らなければディエゴをなんとかすることすらできない。
近寄らせなければ問題ないのかもしれない。
とはいえ、クイーンは魔物使士の上級職、教鞭師だ。
魔物に対して特攻を持つ技能、調教を数多く持っている。教鞭を奮って調教し、魔物を従えるのが本来だけどそれでも対人に用意された技能は存在する。
魔鎚を【収納】し、代わりに取り出したのは先端が九つに分かれた鞭、九尾鞭〔九つ裂けのジャビドゥー〕だった。
「気をつけろよ」
未だ跪かないディエゴが忠告。
教鞭師の調教技能は基本的に鞭でしか発動できない。ゆえに武器を鞭に切り替えた理由はつまりそういうことだった。
「分かってる」
素直に受け取って十全に警戒する。
直後だった。
僕の胸元をまるで大きな怪物の爪が切り裂いたように穿ったのは。
すんで。殺気を読んで一歩下がっていたのが生死の分かれ目だっただろう。
胸に大きく傷を負ったが致命傷は裂けれていた。
だがそれとは同じ箇所にクイーンも傷を負っていた。どういうことだろう?
「【恰・神風】だ」
ディエゴが告げる。
「教鞭師にも対人用に用意された技能があるぐらいは知ってるだろぉ? それがあれだ。攻撃と同時に自傷する。デメリットしかないと思うだろ?」
「どういうこと?」
ディエゴの問いかけがわからず聞き直す。
けれど暇もなく、再び切り裂くような鞭が飛んでくる。さっきよりも速い。
九尾鞭の先端が扇のように広がっているせいで、普通の鞭を避けるよりも大きく避ける必要があった。
さらに避けたことでディエゴへの射線が通るのも避けないといけない。
頭を悩ましているとディエゴが快活に笑う。
耐え続けていて辛いはずなのにディエゴはずっと笑っていた。
「【恰・神風】は攻撃が当たるたびに自傷してしまうが、自らが傷ついていればいるほど威力も速度も増す」
つまり傷ついてしまうのはデメリットであり、メリットだ。
「さっきよりも速いのはそういうことか」
まるで猛獣が鋭い爪で連撃を繰り出すかのように、切り裂きが連続で襲いかかってくる。
何度か避けれるが何度か体を掠め、かすめるたびに傷が深く、一撃の速度が増していくのが目に見えてわかった。
「おいおい、援護がおろそかだぞ」
まるでそれは挑発に聞こえた。ディエゴが言う通り、僕はアリーの援護ができないでいた。
ゴロゴロゴロと何かが僕のそばまで転がってくる。
「アリー! 大丈夫?」
「大丈夫よ」
言うが、体はそうではなかった。
傷こそ少ないものの、腕や頬に黒い染みのような跡。それがじわじわと広がっていくのが分かった。
たぶん毒の一種だ。
考えてみれば九尾之狐から分裂した三匹が今回の疫病の原因で、変異毒を持っていたのだから本体がそうでない、なんて保証はなかった。
「ごめん。アリー。対策不足だった」
「大丈夫だって」
と言いながらもアリーは体をふらつかせていた。
「雑魚ですこと」
その一瞬の隙を突いて、クイーンはディエゴへと近づいていた。
「ですからこうなるのですことよ」
一閃。強靭な鞭が繰り出した【恰・神風】がディエゴの体を痛烈に叩いた。
悲鳴こそなかったが、その痛みで肉が削がれていた。まるで人質を取るようにクリーンが背後に回り、まるで戦意を失わせるかのように、前方で九尾之狐が雄叫びをあげる。




