沁情切札編-34 逆再
飛んでいく童子の首が言葉を紡ぐ。
「んりろこんてっゅし」
言葉にならない言葉だった。まるで逆再生したような聞き取れない言葉。
首が転げ落ちるさまがバク転だとしたら、こちらは前転。
時を戻すように転倒童子のぎぢんと千切れた首が戻る。
「なかなかやりおるのう」
豪快に転倒童子は笑う。
まるで技能【偽装心臓】を使ったかのような感覚だったが、疲労の色は見えない。
本来、技能で死への保険をかけ再生した場合、かなりの疲労感がつきまとう。
その疲労感が転倒童子には見受けられなかった。
鬼たるゆえんなのかもしれない。
強固な肉体、強靭な心臓を種族の特徴と言わんばかりに持つ鬼。
その頭領が転倒童子であった。
封印されていた、ということは封印しかできなかったなにかがあったということだ。
強敵ではなく難敵。
その片鱗が今まさに見えたような気がした。
死への階段を転がり落ちるすんでで、逆走できる、それが転倒童子の最大の強みであった。
「どうするっスか」
「全繋技でどうにかできればいいでするが……」
「できるっスか」
「封印の時点で予測はしてたでするが難敵でするからな」
「姐御の呪いの解除条件も意地悪っすね」
「まあ鬼は大抵そういうものでする。ゾンビのように噛まれても鬼にならないのが救いでするな」
「ってか空中庭園ってフツーに鬼畜すぎません? 尾獣もかつていたんスよね?」
「おそらく同時多発に出現したわけではないでするよ。もしかしたら封印が影響で、引き寄せられた可能性もありまする」
「そうなるとここで倒しておくと今後、空中庭園でそういうのがなくなるかもしれないっスねえ」
「まあ、転倒童子の封印でそうなったとは断言できないでするが……」
「固いことは抜きっス」
言いながら、迫る転倒童子へ魔弓技【HIMO】を放つ。
氷と土、2つを帯びた矢が転倒童子へ向かう。
「しゅってんころりんしゅっとんとん」
以前とは違い言うだけではなかった。
手を前に構え、捻るように前へと突き出す。
【HIMO】が反転する。
〔三本の矢の教え〕の効果によって一本にして三本の効力を持つその技能を一本にして二本の効力を持つように変更。
向きを変える条件を整えてユーゴは再度向きを変えようと試みる。
「あ、無理っス」
すんなり諦める。切り替えは早い。
向きを強制的に変えた【HIMO】がユーゴへと襲いかかる。
一本にして二本を一本にして一本へと切り替え、威力を軽減。肩に突き刺さるが傷は軽微。
「飛び道具に対してだけっスかね」
「ここで見せてきたということは全般に関してかもしれないでするよ」
検証と言わんばかりにユーゴが【|MIZUGAMINARI】を放つ。
「しゅってんころりんしゅっとんとん」
童子がまるで遊びのように空間を捻るとやはり水と雷を併せ持つ矢は反転して使用者であるユーゴに戻っていく。
ユーゴは身を捩って避け、瞬間、サスガが〔七天罰刀〕を振るう。
「しゅってん」
童子は振るわれた刀の高さに手の位置を合わせて、またも空間を捻る。今度は反転ではなく四十五度向きが変わり剣筋がそれる。
「声で角度が調整できるでするか」
剣がそれると同時に体を崩れる。それを見逃す転倒童子ではなかった。
「あいやー!」
奇っ怪な声とともにサスガの横腹に痛烈な蹴りを入れる。
首を落とされるまでは守勢、妨害が主軸。
落とされてからはまるで別人のように攻勢に出ていた。
「今度は同時で」
ユーゴとサスガは阿吽の呼吸で一斉に攻撃を放つ。
【HIMO】の矢と〔七天罰刀〕の斬撃。
「しゅってんころりん」
それぞれを示し合わせて捻る。
矢は上に、斬撃は下に逸れる。
「ふたりでも防がれるでするか」
「フツーだるい感じっスねえ」
余裕が感じられるようにも見えるが、内心、ふたりでは打つ手がない。ふたりでは。
それが杞憂と言わんばかりに転倒童子の頭上に聖剣〔隕鉄のルバルトハウアー〕が振り下ろされていた。
殺気を感じて転倒童子が上を向くとそこには水着姿の女性。
トワイライトだった。
「姐御! 復活したんスね」
と言いながら出かけた鼻血を精一杯留める。
憧れが強いユーゴにはトワイライトの水着姿は刺激が強すぎた。
「完全ではないが……」
ユーゴの視線に気づき、若干隠しながら
「状況はなんとなく分かっている」
「なら簡潔にだけ説明するでする」
問われてサスガが簡潔に説明する。
「ほうれ、しゅってんころりん」
その最中にも転倒童子は言う。
手の動作がないため、全員が転んでしまう。
「この解決方法は?」
「まだないっス。でもこれは大雑把っていうか全体的っスよ。効力も薄いっス」
尻もちをつきながらだが、ユーゴが説明する。
「こっちが攻撃し始めたら、手で対象を決めてくる感じっス」
「それだと三人なら攻撃が通じるのか?」
「やってみてって感じっス」
「なら、トドメはサスガで」
「次は全部当てるでする」
方針を決めて、転倒から起き上がる。
〔三本の矢の教え〕を使用して【RAIKA】の矢を放つユーゴ。
炎と雷を併せ持つ矢と同時にトワイライトが【破邪剣衝】で童子に切り込んでいく。
「すってんころりん」
それぞれを示し合わせて捻る。
矢は上に、斬撃は下に逸れる。
「ふむ。多少は抗えるな」
精一杯、できうる限り斬撃が下に逸れるのを抑える。
この辺りはクイーンの【膝不味喰】が発動できなかったのと似ている。
この斬撃が下に逸れ切るまでは転倒童子が再度使用はできなくなるはずだった。
狙いは当たる。
サスガの〔七天罰刀〕が繋技を紡いでいく。
【寒星・歩兵】に沈黙。【疎星・変狸】、【金星・驢馬】に一時的怯み。【端星・前旗】、【遊星・悪狼】に火傷。【長星・左車】【恒星・瓦将】に凍傷【流星・老鼠】。【明星・右車】に暗闇。
九撃目までが丁寧に入り、さらに全繋技に向けて剣が唸る。
十撃目【彗星・孔雀】が同時の胸を突き、十一撃目【渓月・麒麟】で追撃、猛毒がじわじわと同時の体を蝕んでいく。十二撃目【花月・南蛮】が猛毒で弱られた体を苛め抜き、十三撃目の【残月・猫匁】が横っ腹に傷をつける。同時に〔七天罰刀〕が腐敗の効果をもたらし、どろどろに筋肉ごと腐らせていく。
もう童子の体はボロボロだった。右腕は火傷し、左足は凍傷、横腹は腐り、胸は毒が蝕み、目は見えず、口は喋れず、全身は怯んでいた。
それでも、サスガの繋技は止まらない。
十四撃目の【雨月・金鹿】、十五撃目の【松月・横龍】にて再び、猛毒が襲いかかる。
〔七天罰刀〕は7つの天罰をもたらす。
沈黙、一時的怯み、火傷、凍傷、暗闇、猛毒、腐敗。
それ異常の効果は持たないが、奥義のように繋技が続けば、その効力はやはり奇数回目の攻撃である以上発揮される。
七種の状態異常が二周目に入る。一周目は順番が決まっているが、二周目は完全ランダムだ。
十六撃目の【丘月・毒蛇】、十七撃目の【新月・奔鬼】で一時的怯みが発生。
二周目で一度使用された状態異常は三周目に入るまで発生しないという法則もあるが、こんな連続攻撃のさなか、それを見抜けるものは少ない。
十八撃目の【山月・竜馬】が転倒童子の首を掻っ切る。
そこで繋技は途切れる。全繋技は至らなかった。
しゅってんころりん、と童子の首が地面に落ちた。
すでに胴体は半壊しており、首が地面に落ちるのと同時にどすんと大きく音を立てて地面に倒れていく。
「行けたっスか」
十全の警戒をしてユーゴが矢を放ち、童子の顔を近くの樹に串刺しにしておく。
トワイライトの【破邪剣衝】に入っていた効果も途切れる。それはそれで逆方向に抗っていた剣が思いっきり上に放たれ、空を切った。
「呪いのひとつが解けてるから大丈夫だろう」
呪いに刻印があるわけではなく、解けたら解けたとそう感じると言われている。
呪われた者にしかわからない感覚だが、呪われている本人であるトワイライトがそういうのであればそうなのだろう。
「じゃ、大丈夫っスかね」
「童子はそうだが、こっちは本命じゃない」
「そうっスね。姐御、ついてきてください。案内するっスよ。クイーンの場所に」




