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tenth  作者: 大友 鎬
第10章 一時の栄光
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沁情切札編-33 天罰

 転倒(しゅってん)童子はまるで動揺を歌うように、体を揺蕩わせて告げる。

「しゅってんころりん。しゅっとんとん」

 戦場を操るクラウドコントロールの真骨頂だった。

 ユーゴとサスガは無様に、何も躓くものもないのに転んでしまう。

 未だこの技能に対しての対応策はない。

 三日三晩クイーンが逃げたときも、追いつくたびにこの技能によって転ばされ、距離を離されていた。

 もっともその逃亡中の間、転倒童子の技能しか使用されず【膝不味喰(ニールテイスティング)】を使われなかったことは幸運だろう。

 そもそもクイーンが転倒(しゅってん)童子を従えたのはこの強力な技能がクイーン好みだった。

 クイーンが敵対する対象を跪かせるように、転倒(しゅってん)童子は対象を転ばせる。

 目の前である敵が転び、ある敵は跪く。

 相手に間抜けさと屈辱を同時に与え、それを見下せるのは最高だった。

 ただそれだけの理由でクイーンは転倒(しゅってん)童子を従えることにした。

 そんな理由を露知らず、転倒(しゅってん)童子は主の命令のまま、目の前の敵を倒すために動き出す。

 転倒(しゅってん)童子の杵の払いを急いで立ち上がり避けた二人は一旦、後退。

「目下、この転倒をどうにかするのが課題でするな」

「そっスね。しかもフツーに技能にも働くっスからね。どうするっスか。もうサスガさんが特典使うつもりっスよね?」

「そのつもりでするが、ディエゴのほうも助っ人を呼んでいるみたいでするよ」

「ほーん。じゃあ、最低限こっちを倒せればいいってことっスか」

「皮算用でするな。負けるつもりはないでするがあっちもこっちも勝てる算段はまだないでするよ」

「そりゃそっスけど」

「しゅってんころりん」

 その算段を立てる暇もないままにふたりに追いついて転倒(しゅってん)童子は魔法の言葉を問いかける。

「無様っスねえ」

 一応、歴戦の冒険者で転けるという行為そのものがなかなか起こらない。

 結果、その転ける姿が滑稽で自虐のようにユーゴはぼやく。

 立ち上がったサスガが大業物〔明鏡シスイ〕で転倒(しゅってん)童子の杵を受け止める。

「ぐぬぬぬ」

 力自慢だったのか受け止められたことを転倒(しゅってん)童子は悔しがったもののすぐに豹変。

「あいやしかし、しゅってんころりん」

 自分にはまだこれがあるとドヤ顔で叫ぶ。耳をつんざくような大音声だった。

「さすがに何度も受けたらフツーに仕掛けに気づくっスよ」

 しかしユーゴが言う。

 言葉通りその技能の特徴を看破していた。

 瞬時に【収納】から取り出したのは耳栓である。

 ユーゴもサスガも何度も技能を受けて転び続けたことで、転倒(しゅってん)童子の技能が「しゅってんころりん」という言葉を聞くことで転んでしまうという判断をしていた。

 言うならば【活気低下(アクシダン)】【自堕落(マラディ)】というような言葉で精神を操る堕言と【足止(レグスト)】【腕止(アムスト)】というような言葉なしに肉体を操る操術を組み合わせたようなものだ。

「付け焼き刃っスけど功を奏したっスね」

 そうしてサスガが【収納】から剣を取り出す。

 初回突入特典〔七天罰刀(セブンディザスター)〕。

 今までの冒険者のように、技能ではなく物である。

 しかも侍師のみが選択できる唯一無二の特典だった。

「たかだか、その程度で完全に防げると思うているのかあ」

 また演技のような大げさな身振りで転倒(しゅってん)童子が告げる。

「一時しのぎだってことぐらいフツーに分かってるっスよ。でも終わりっス」

 〈七天罰刀(セブンディザスター)〉の怖さを知っているからこそ、もしかしたらクイーンはクラウドコントロールによって動きを封じ込めたかったかもしれない。

 この場にクイーンがいれば、転倒を防いだサスガを跪かせて、この特典を取り出すことすらさせなかったのかもしれない。

 状況を思えば分断は悪手。

 クイーンの判断は間違っていた。

 無駄口の時間なんてなかった。

 耳栓によって堕言を防ぐように転倒を防いだからどうしたという余裕。

 その余裕は、数秒にしか満たない。

 しかしサスガが神速の一撃を入れるには事足りる。

 【寒星(かんせい)歩兵(ふひょう)】が転倒(しゅってん)童子の腹を掠った。

 すんでで回避できたはずだったが、奥義技能は繋技(コンボ)である。一撃目が掠りさえすれば二撃目は入る。

 もちろん二撃目を防ぐことも可能で、防がれるとそこで繋技は終わりだ。

 がそれは初回突入特典〔七天罰刀(セブンディザスター)〕では話は変わる。

 初回突入特典〔七天罰刀(セブンディザスター)〕は奇数回の攻撃で状態異常が高確率でもたらされる。

「があ」

 転倒(しゅってん)童子の下に痺れるような痛み。まるで喋れない。沈黙するかのように舌の呂律が回らなくなる。

 これで転倒はひとまず防げたことになる。

 続けて、二撃目【疎星(そせい)変狸(へんり)】、三撃目の【金星(きんせい)驢馬(ろば)】で〔七天罰刀(セブンディザスター)〕の効果が発動し体が一時的怯み(スタン)。四撃目【端星(ずいせい)前旗(ぜんき)】も問題なく童子に入り、五撃目、【遊星(ゆうせい)悪狼(あくろう)】で童子の全身に火傷が発生する。燃えるような痛みに耐えながらも童子は防御。もろくなった皮膚に追撃の六撃目【長星(ちょうせい)左車(さしゃ)】。

「ぐぬぬぬぬおおおおおおおおおお」

 体内から闘気を発生させ、火傷を一瞬にして浄化。雄叫びとともに皮膚が強化されていくも、七撃目【恒星(こうせい)瓦将(がしょう)】が肩に食い込み、そこから凍傷が発生していく。

 皮膚を強化したことで少し動きが鈍化してしまった童子の動きをさらに鈍化される不運の状態異常。そのまま八撃目【流星(りゅうせい)老鼠(ろうそ)】が杵を持つ右手を切り落とす。

 沈黙に一時的怯み(スタン)、火傷に凍傷、四つの状態異常が折り重なり、九撃目【明星(みょうじょう)右車(うしゃ)】。

「これで終わりでする」

 宣言。狙うは首元。鬼は首を切り落とすとなぜか相場が決まっていた。ぎっ、という切込みと同時に童子の視界が失われる。

 〔七天罰刀(セブンディザスター)〕の効果で暗闇、視界が奪われていた。

 そして、ぢんっ! と転倒(しゅってん)童子の首が飛んでいった。

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