沁情切札編-32 翻弄
「クソが!」
「下品さね」
クイーンの顔が怒りに歪んでいた。九尾之狐とたったふたりになったからこそ、怒りを爆発させる。
屈辱。屈辱でしかなかった。
自分自身にある違和感。その正体に気づくのが遅すぎた。まるで維持する費用が安すぎて、毎月請求されても気づかなかったかのような間抜けさ。
基本的に呪いなどの技能を除いて、堕言技能や能力低下の効果がある技能、魔法などは継続に魔力を消費する。
その魔力は熟練度に応じて、低くなる。
つまりはそういうことだ。
ディエゴが見えてくる。
まるで上から落ちてくる何かを支えているかのような格好。
「跪け! 跪け! 跪けぇえええええ!」
まるで気品のない無様とも言える表情。
「へっ、そんな顔を拝めるなんてぇ、嬉しいぜぇ」
苦しげながらにディエゴは笑う。
ディエゴは屈してなかった。
三日間、【膝不味喰】を耐え続けていた。
跪かせてから効果が途切れる【膝不味喰】は対象とした相手が跪いていないのなら、効果は発動前として展開され続ける。
それがクイーンも気づいていなかった【膝不味喰】の弱点。
クイーンの固有技能は魔力を消費する。展開時の魔力、展開までの魔力。展開後の魔力。
展開時の魔力も熟練度によって微量になっているが、展開までの魔力も熟練されたことでほぼないぐらいの量を消費する。
ほぼないのだからずっと維持をしていても特に莫大な精神摩耗になることもない。維持の魔力は時間に比例して消費されるが、その時間も熟練度によって長くなっている。つまり長時間経過後にほぼない量の魔力を消費して展開することになる。
クイーンが感じていた違和はこの展開までの魔力をずっと体内で感じているというものだった。
展開までの魔力をずっと消費し続けているということはまだ【膝不味喰】が完全に効果を発揮していない。
それはつまりディエゴが自身に跪いていない、ということであった。
「跪け!」
「ふざけんなぁ。女王もどきに元王族が跪くわけがないだろうがっ!」
「跪きなさいっ!」
「落ち着きな、クイーン。どっちにしろ、あいつはもう手も足も出ない」
九尾之狐の言う通りだ。ディエゴが身動きできないという代償を背負って、クイーンの【膝不味喰】を封じ、プライドをへし折ることを優先した。
結果、現状がある。
「にしてもらしくないねえ」
身動きのできないディエゴと自由に動ける九尾之狐とクイーンではディエゴに勝算はない。
ディエゴを敵ながら知る九尾之狐の嗅覚は何かがあると訴えていた。
「関係ないですこと」
プライドをへし折られてもなお、自分が絶対的上位に立っていることを理解したクイーンは強気に前に出た。
「てめぇらがだらだらしてる間に世界は激変した。もうこの世界の強者はお前らでも俺らでもない。だからこそ、こういう一手も打てるッ!」
未だ跪ず、ディエゴは言う。
「負け惜しみですこと」
「下がりな。何か飛んでくる」
鋭敏な九尾之狐の感覚が何かを察知する。
その忠告を無視してクイーンはディエゴの頭を押さえつける。
物理的になんとか跪かせようとしていた。
途端、クイーンの横腹を球が抉る。
その威力によろめき、クイーンは飛んできた方向へと振り向く。
「ようやくお出ましだ。今の世界の強者がな」
現れたのはレシュリーとアリーだった。
「なんかすごいことになってない?」
「簡単に説明は受けたけどどういう状況?」
ディエゴは自分が身動きをできなくなること、疫病を撲滅したらすぐに空中庭園に来ることを連絡していた。
「見ての通りだ。目の前にいるババアの最強の技能をこの俺が抑え込んでいる。だからお前らでこのババアをぶち殺せぇ」
「誰がババ――」
最後まで言えることなく再び【超速球】がクイーンに命中する。
「とにかく分かった。こいつを倒さないとリアンが危ないんだね」
「その通りだ」
ディエゴは説明の際にそう告げていた。キングやクイーンの目的はどうあれ標的は王族に違いないのだから間違った説明はしていない。
それだけでレシュリーは動く、とディエゴはレシュリーの性質を理解していた。
「クイーン、落ち着きな。投球士系複合職とは珍しいじゃあないかい。高揚するねえ」
「そんなことよりです。ワテクシはババアじゃないですこと」
「てめえ、俺より長生きしてるじゃねえかよ。十分ババアだろがぁ」
冒険者は冒険者である以上、老化が抑制され、年数を経ても適正な肉体を維持することは可能だ。
だからこそクイーンはβ時代から変わらぬ姿をしている。それを言えばディエゴも成人した姿を維持しているので見た目で判断はできない。
それは冒険者に共通して言えることではあるが。
「うっせえですことよ」
レシュリーの【超速球】に悶絶しながらも、ディエゴになんとかクイーンは一発ビンタを入れる。
「そんな余裕ぶってていいのかよ、ババア」
ディエゴは嘲り笑う。
クイーンの報復の一撃は、レシュリーとアリーの急接近を許していた。
【三剣刎慄】。
クイーンの首を狙った必殺の一撃を避けれたのは九尾之狐がクイーンの首根っこを口で咥えて先に持ち上げたからだろう。
「いい加減、本当に落ち着きな。その程度の罵詈に踊らされるなんてキングに嫌われるよ」
「フフフ、ホホホホホ」
その一言で頭が冷える。バカ笑いをして冷静さを取り戻す。
「確かに。ワテクシらしくなかったですこと」




