沁情切札編-29 牛蒡
雅京の頂点、塔京。その象徴たる塔にはクイーンが居座っていたが今は主なく伽藍堂としている。
その近く、塔京の中核とも呼べる塔庁とそれを結ぶ架橋が久しぶりに赤く染まる。
塔京警告と呼ばれる疫病禍の当初に始まった疫病の危険度によって色合いを変えるという仕組みだが、誰しもが忘れていたようにその警告はいつの間にかなくなっていたはずだった。
それが突然、赤く染まった。
かつての意味はなんだったのか、雅京の最下層からも見えるの色の意味を覚えている人も少ない。
そもそも塔京警告自体、何かをしていると見せるだけの公家の苦肉の策と皮肉る人間も多い。
そんな塔京警告が久しぶりに発令したのには意味があった。
オサキ、犬神、牛蒡種。世界を回遊する疫病の根源が近くに現れた際に発動するようにしていた。
その塔京警告の赤い光は空中庭園内のどこに居ても見渡せるようになっていた。
雅京の近くにいるのは牛蒡種だった。
牛に犬、鶏に蛙、羊に蛇、あらゆる動物の部位が凝縮され翼を生やした巨大な狐のような姿となって空を高速で飛んでいた。
いち早く牛蒡種の前に姿を見せた冒険者は雅京を拠点とする空中庭園出身の冒険者だった。
階層ごとに町を作る螺旋状の雅京では疫病禍のなかで階層と階層をまたぐ越境、あるいは疎開行為は禁止されていたが今回の塔京警告発令時のみ越境、疎開行為のみならず雅京からの外出を許可されていた。
牛蒡種の前に姿を見せたのはコイズミ、コバヤシ、オガワ、コマツ、コジマ、自らを五つの小と呼ぶ五人の冒険者だ。
オサキや犬神が冒険者に対して言わば回避行動を取っていたのと違い、牛蒡種は目の前に現れた五つの小に対して嘶き、どす黒い吐息を吹きかけていた。
「いきなりっ」
何せ情報が少ない。牛蒡種を倒すと息巻いたものの五つの小のランクは5。第ⅶ世代に分類される彼らはDLCによってレベルを底上げし、試練を突破してきた部類だ。
牛蒡種のような未知の敵との遭遇は初めてな上に圧倒的なまでに経験が少ない。
避ける機を損じたコマツにその黒い吐息が命中。
防御姿勢を取ったものの息吹系の防御としては愚の骨頂。
盾もなく、障壁を展開することもなくただ手で砂嵐から視界を守るかのように防いだだけ。
どんな効力があるかどうかわからない時点で、その手段は悪手。
そもそも吐息というのはほぼ魔物の技能である。
吐息自体が闘気、魔力であるということはランク5であれば感じ取れたはずだった。
その判断が遅かったのは経験の浅さ、一気にDLCでレベルを上げてしまった弊害だろう。
「あがががが」
黒い吐息がかき消えた頃にはコマツは頭を抱えて倒れてしまっていた。
壮絶な頭痛である。
脳を槌でずっと叩かれているようなそんな衝撃がコマツを襲い続けている。
どこかおかしくなりそうだった。
「大丈夫か?」
「うるさいっ!」
近づいてきたオガワを近づかせまいとコマツは自らの剣を振るう。
黒い息吹が精神に異常を来させ、幻覚を見せていた。
「避けろ」
てんやわんやだった。コバヤシもまた次々と吐かれた黒い吐息が避けきれず、精神に異常を来たし、幻覚とひどい頭痛で冷静な判断ができず、味方を味方と思えないようになっていた。
五つの小のうちの残りの三人は、黒い吐息だけではなく混乱してしまったふたりからの攻撃も防がなければならない。
癒術士系複合職がいればこの事態は防げだろう。
もしくは初見であることを加味して道具を充実させていればよかった。
ただ拠点にしている雅京が近いこともあり、なにかあればすぐに戻ればいいと高を括ったのもしくじりだろう。
他の冒険者を待たずに功を焦った、もしくは役に立ちたいと先走ったその結果の準備不足が露呈していた。
ひとり、ふたり、そして最後に残ったひとりも黒い吐息に倒れていく。
そこでぴたりと五人の錯乱が止まる。
誰かが誰かを同士討ちすることなく、まるで誰かに操られたかのように整列する。
「どういう状況じゃんよ?」
「操られるみたいです」
「とにかく冒険者は殺さないように、牛蒡種を倒そう」
「面倒だけど治療できるか試してみる」
五つの小に遅れるように現れたのはリアンとアル、ジネーゼとリーネだった。
カグヤの出した無理難題をこなそうとしていたリアンたちだったが、犬神やオサキをレシュリーたちが対応していること、塔京警告が発令したことで捜索を一時中断。
空中庭園を回遊し始めた牛蒡種に対応することに決めたのだった。
「何をしてくるかわからない。警戒は十分に」
先んじて操られた冒険者たちを見てアルは警戒を強める。
牛蒡種がまるで逆上するように嘶くのに合わせて操られた五つの小たちはアルたちへと向かっていく。




