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tenth  作者: 大友 鎬
第5章 失意のままに
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暴露

 19


 メレイナからとりあえず【封獣結晶(キューブ)】を受け取ると、僕たちは負傷者を集めた。

 町外れまで逃げてきている人は多く、癒術会のほうへと行くように促す。

 それでも時間がない。毒素00(オリジン)は迫ってきている。

 負傷者のなかにはアジ・ダハーカと戦っていた冒険者もいた。

「ありがとう」

 涙にまみれる屈強そうな女冒険者が治療したリアンに礼を述べる。

 その女冒険者はノノノと名乗った。隣にいる弓士はアイジムとリッソムというらしい。

「あ……ありが……とう」

 リアンに治療されながらもノノノたちの横で放心している女性がムジカ。

 彼女の目の前で仲間が全て死んだという詳細を傍らで周囲を観察する集配員(レポーター)ヴェーグルが教えてくれた。

 僕はヴェーグルは原点回帰の島から大陸に渡る際に出会った集配員(レポーター)だと気づいたが、白々しく初めましてと言っておいた。仮面をつけた姿は初めてなので間違ってはいない。

 僕たちは毒素を封印するよりも先に彼らや民間人を避難させることを迷った挙句、ノノノ、アイジム、リッソム、ヴェーグルには話しておく。

 ムジカは仲間の死に放心し、とても話せる状況じゃないと判断してやめておいた。

 ヴェーグルは僕がその話をするとなぜか少しだけ笑った。

 一方で、バルバトスさんは早めに鍛冶屋とその家族に話をしていた。問題は、他の負傷者だった。

「ここから移動する? メリットはないだろ!」

 負傷者のひとりで元冒険者の男が僕たちの説明に理解できず怒りを露にする。

 その怒りが辺りへと感染し、一気に負傷者へがざわつく。

「ははん! 分かったぞ! ここが安全ではなくなった、そういうことだろう? 差し詰め、あのドラゴンが迫りつつある。ええ、そうじゃないのかよ?」

 元冒険者というのは妙に勘が働いて厄介だった。

「それでもいい。とにかく僕たちについてきてください」

「ふざけるな。あんたら冒険者だろ? だったら戦えよ! 俺たちを蹂躙したのは、ドラゴンだけじゃない、お前らもだ!」

 元冒険者が指したのはノノノたちだった。

「おれの飲み仲間ペッテルの懇願を聞き入れなかったのはてめぇだ。クソ女!」

 今度はノノノ個人に向かって罵声を浴びせる。

「なのに、勝てませんでした。だから僕たちと逃げてくださいだぁ? ふざけるな。戦えよ」

「冒険者をやめたあんたが、誇り高きボクらをコケにするなよ! 飲み仲間だったなら、助ければよかったんだ」

 売り言葉に買い言葉か。元冒険者の罵声に対してノノノも罵声を浴びせる。口論なんてしている時間などないが、僕はこのふたりを止める言葉を持ち合わせていなかった。

「どうすればいいんだろう、アリー?」

「私だって知らないわよ」

「真実を隠蔽するからアレなんだよ」

 僕たちに呆れたヴェーグルが前へと進み出る。

「おい、おっさん」

「なんだ、貴様。お前も見たところ冒険者だな?」

「いやおれはアレよ、集配員(レポーター)ってやつ。“ウィッカ”って言えばアレだろ、どれだけ有名か分かるよな。そんなアレなおれが今の状況を教えてやる、耳をかっぽじってアレだ、よーく聞きな!」

 ヴェーグルの大音声は耳をかっぽじってなくてもよく聞こえた。

 止めようとする間もなく、

「あのドラゴンを一撃で殺したもっと強大な魔物(モンスター)がここへ向かっている。早いとこ逃げないとアレだぜ。みーんな、死んじまう!」

 元冒険者は青ざめた顔で僕に問い質す。

「本当なのか?」

 僕は何も言えない。それが残酷にも真実だった。

「死にたくない」

 元冒険者は恐怖に怯え逃げ出した。元は冒険者だったが災いしたのか、ドラゴンを一撃で殺したという言葉に強く反応していた。

 その元冒険者に数人が続いた。あとは一瞬だった。負傷者数百名が散り散りに逃げ出した。そこには統率なんてものは存在しなかった。個々が個々に、まるで命を投げ出すかのように、助かろうと必死で逃げ出した。そこに冷静さなどなかった。

 しかし鍛冶屋の集団だけはバルバトスさんが逃げなかったゆえに誰一人として逃げ出すことはなかった。顔には恐怖が浮かんでいたがそれでも統率が取れていた。

「バルバトスさん……」

 鍛冶屋集団のひとりがどうすれはいいのか迷う不安な声をが出す。皆不安げだった。

「バルバトスさんは皆さんをお願いします。毒素が来ている方向は分かりますよね?」

「アクジロウが把握しておる。任せておれ」

「なら、先に行ってください」

「すまぬの。その言葉に甘える」

 バルバトスさんが鍛冶屋を率いて走り出した。しんがりはまさかのアクジロウだった。不安しかないが任せるしかない。

「どうして、言った?」

 バルバトスさんたちを見送った僕はヴェーグルを糾弾する。とても冷たい声だった。

集配員(レポーター)なんでな。真実を伝えるのが役目。隠蔽はゴミ扱いされるのがおれたちの世界だ。実際、適当にごまかすから口論になったんだ。時間がないのにアレよ。何やってんのーっておれの尊敬する集配員(レポーター)さんも怒っちまうよな」

「でもこんな状況にする必要はなかった」

「それは確かにアレだ、一理ある。でも真実を隠さなければこうならなかったかもしれない」

「そんなのは可能性の問題だ。真実を言ったからこうなった」

「それはアレだ、どちらにも言えるアレだろう? 考えてもみろよ、そもそもこれはアレだ、真実を話したか話さなかったかの問題じゃない。てめぇの統率力の問題だ。真に力のある奴は真実を話したうえで全員をまとめられる。いやむしろアレだな、隠蔽していても全員をまとめることができる。アレよ、てめぇにはそんな力がねぇーのですよ。だから口論も止められず、こんな状況になった。ようはアレだ、真実を喋ったことを原因にするのはお門違いってやつだ」

 僕は何も言い返せなかった。

「じゃおれはひとまず退散させてもらいますよ。ちなみにおれも負傷者だからきちんと守ってくれるんだよな? ま、嫌だって言ってもあの鍛冶屋の集団についていくってアレだ、結論ってやつだ。せいぜいひとりでも多く救えるように頑張りな」

 手を振りながら鍛冶屋の集団へと向かうヴェーグルに僕は何も言い返せない。

 それでもなんとかしなければ、と焦る間に毒素が寸前までやってきていた。

「走るわよ!」

 辺りに負傷者がいないことを確認すると僕たちは走り出す。

 残念だが、鍛冶屋の集団の方向へ逃げなかった負傷者が助かる可能性は少ない。バルバトスさんが導く方向こそが唯一街の外へと出れる門へと繋がる道で、他の道は入り組んでいるうえに行き止まりが多かった。

 くそっ! また僕は救えない! 唇を噛締め、僕は走る。

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