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tenth  作者: 大友 鎬
第10章 一時の栄光
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沁情切札編-25 放免

 お前は体が弱い子だ、と彼女はずっと言われてきた。

 風邪を引けば大抵は総合的な風邪薬で治療できるのに、おかしなぐらい長引くのが彼女だった。

 体調不良のときの栄養剤も効かず、魔物に指を噛まれた麻痺も薬では治療できずに六日経ってようやく痺れが取れた。

 【否異常(アンチアブ)】を使える仲間も、【否異常(アンチアブ)】による治療の費用も払えなかった彼女には苦痛の時間であった。

 彼女の生まれはウィンターズ島で原点回帰の島でランク1になったあとひとりで彼女はそこに戻ってきていた。

 師匠ができなかった。

 不思議なことはない。彼女の体質は不便すぎるのだ。本来なら回復錠剤程度で回復細胞を活性化させ治療する傷ですらも彼女には回復錠剤がなぜか効果がないから傷が治りづらく、彼女にどんなに実力があったとしても癒術士系複合職が常に傷を治療しなければならない冒険者は面倒くさすぎて誰も仲間にしようとしてなかった。

 そんな彼女に不運は続く。ウィンターズ島は常に寒く、冒険者になるために原点回帰の島という気候的には安定した島からいきなりそちらに居住を移したため風邪を引いたのだ。当然、風邪薬という部類のものは通用しない。それが新種の風邪であれば【否異常(アンチアブ)】も使用できない。

 万年風邪という状態ながらも彼女は故郷であるウィンターズ島から離れなかった。

 脳裏に刷り込まれた故郷の記憶が、彼女の気持ちを落ち着かせた。

 風邪によって心が不安になるならせめて安心できる場所にいたいというのが彼女の願いだった。

 それでも彼女がランクアップできたのは独学ではなく、才能があったわけでもなく、〈氷質〉グロージズ・ゲーショフロストのおかげだろう。

 彼はウィンターズ島の守護者で、彼女がウィンターズ島の同郷だからという理由で救いの手を差し伸べた。

 もちろん、彼女が大陸に試練に行く際には頑なにウィンターズ島から出ることはなかったが。

 そうしてウィンターズ島を拠点に置きながら、冒険者としてランクアップしていくさなか、彼女に転機が訪れる。


 誘拐されたのだ。


 誘拐したのはどこにでもいるような冒険を挫折し改造屋になった冒険者だった。改造屋と改造者の三人組。

 風邪が完治していれば大したことがない相手だった。

 連れ込まれた小屋では、もうひとり、見知らぬ冒険者が意識を失い……いや死んでいた。

 よだれを垂らし、まるで火傷のようにところどころにシミが存在していた。

「いや……」

 恐怖が募る。改造屋の実験は魔物の一部を接合させられたりと何をされるかわからない。

 彼女にとって幸か不幸か、彼女をさらった改造屋の改造は薬によるものが主だった。

 いわゆる非合法の強化薬。一粒飲めば筋肉隆々、一粒飲めば無詠唱。まるで特典のような力を得れる改造。

 もちろんもうひとりの犠牲者が物語っているように完全に成功などしていない。

 失敗しているか、副作用があるか。 

 だから改造屋は他人を犠牲にする。

 次の犠牲者が彼女だった。

 彼女のはずだった。

 彼女はここでようやく自覚する。

 才覚〈無剤放免(アンチテーゼ)〉。

 彼女は、ミンシアはようやくここで自分に薬が効かないのだとはっきりと自覚する。

 そしてミンシアにそんな才覚があるとは知らず副作用が起きなかったことで改造屋たちは実験が成功したと勘違いした。

 これで憎き王道を行く、日の当たる冒険者を倒せる、そう願って自分たちが作った、本当は失敗していた実験の成果をガブ飲みした。

 結末はミンシアの横で息絶えていたもうひとりの犠牲者とほぼ変わらなかった。

 体を掻きむしって苦しんで苦しんで改造屋は死んでしまった。


 そこから彼女はどうやって家に帰ったのかわからない。

 ただグロージズがすぐに救出に来られなかったことを詫びたのを覚えている。

 誘拐されたのはウィンターズ島だったから助けたのもグロージズだったのかもしれない。

 グロージズは彼女をケアするというよりも、責任を強く感じて孤独感が強まってしまっていた。

 


 しばらく自暴自棄になって、ミンシアはアエイウと出会った。

 惚れたわけでもなく一方的にアエイウに絆されて一緒になった。

 笑い話のように自分の才覚が〈無剤放免(アンチテーゼ)〉であることを告白して、嘲り笑ってもらうつもりだった。

「なんだそれは? 【滅菌抗体(アンチテーゼ)】は強化技能だろう?」

 アエイウは豪快に笑った。

 それだけでなぜだか気が抜けた。おかしくて笑いあった。

 そうして〈無剤放免(アンチテーゼ)〉だったからアエイウの仲間になった彼女は疫病禍のなか、

 【否異常(アンチアブ)】によって第一次疫病が治るようになった翌日、死んだ。

 ミキヨシの酒場が町外れにあったもの風の噂で【否異常(アンチアブ)】での治療が可能になったというのが届くのも遅れたせいもあっただろう。

 一足遅く、その噂を商業都市で聞いたアエイウも近くの癒術士系複合職をかっさらって酒場へと向かったが間に合わなかった。

 

 その死に、人一倍絶望したのはアエイウだろう。

 ミキヨシに遺したミンシアの言葉を聞かずにアエイウは酒場を飛び出していた。

 そうして何日も、何日も探してようやくレシュリーを見つけて襲いかかっていた。


 攻防のさなか、吐き出したすべてをレシュリーは受け止める。

 やつあたりだとはわかっていた。


「キミは身勝手でずるい。自分がその人にとってのヒーローになろうとしないなんてずるすぎる」

「うるさい。黙れ。俺様がどれほど頑張ったと思っている。何日も何日も何日も、疫病の薬を見つけようとしていた。だが見つからなかった。それでも、お前が、お前がお前が、もっと早く薬を作っていさえいれば、【否異常(アンチアブ)】で治すことも可能だった。あんなところで死ぬ、オレ様の女ではなかった」

「それは自分が彼女にとってヒーローじゃなかったって認めることになる」

「そんなはずはない」

「だったら、だったらこのやつあたりはなんだよ」

「うるさい。何が違う。何が違うというのだ。お前の女ばかりが生き、オレ様の女ばかりが死んでいく」

「僕は救おうとしている」

「オレ様だって救おうとした!」

 怒気が含まれた言葉には苛立ちもあった。救えなかった苛立ちだろう。

「だから何が違うというのだ!」

 怒りに任せ、長大剣が闘気に包まれる。

 そこから繰り出されるのはアエイウの固有技能。

大袈裟斬(オーバーリアクト)】だった。

 何者にも阻まれないその剣技をレシュリーはかろうじて避ける。

 大地に亀裂が入り、その威力の高さが窺えた。

 ランク差、経験差、レベル差、そんなものを感じさせない殺意の剣がそこにはあった。

 さすがのレシュリーも冷や汗ものだった。

 そんなさなか、

「アエイウ! やめるんだ!」

 アエイウを追いかけていたミキヨシがその場に現れる。

「何をしにきた!」

「ミンシアから伝言がある」

 アエイウは押し黙る。静かに殺意が収まっていくのがレシュリーにも感じ取れていた。

 そうしてミキヨシが伝える。

 最期の最期、ミンシアの言葉を。

「ありがとう。大好き。楽しかった」

「オレ様は、きちんと幸せにしていたのか」

 静かにアエイウは泣き崩れた。

 レシュリーは経緯を見届けて、アリーの元へと向かっていく。

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