沁情切札編-23 再発
でも、――そうはならなかった。
ゴホッ、ゴホッと誰かが咳をした。
疫病が【否異常】で治ると知ってから、
誰も気にしなくなった。
今まであれほど、過敏に、神経質になっていたのに。
そんな警戒心の薄さがまた変化した世界へと引き戻していた。
「再発?」
精神に限界が訪れ、3日寝ていた僕にアリーは言った。
「正確にはちょっと違うけど、わかりやすく言えばそうね。変質毒だからどこかでまた変化したんだわ。なのに治ったって油断して、みんなが一気に普通の生活を始めちゃったのよ。変化した疫病に罹患したとも知らずに冒険しまくって感染が拡大したのよ。情報が行き届いていなかったのも原因ね。疫病が治るっていう噂だけがまるで疫病のように感染拡大して、変質する可能性があるかもしれないという忠告まで行き届かなかった」
続けてユリエステが告げる。
「ここに訪れた人はなんとか応急処置しているのですわ。でも各地では風邪だと思っている人も多くいるのですわ。だって疫病は数日前に【否異常】で治ったから。治らないのは風邪を引いたからだ、そう思い込んでしまったんです。再発した疫病は風邪に似たような症状が多く起ってしまったのも要因のひとつでしょう」
「それで前よりは少し落ち着いたけど、世界は以前変わらずってとこ」
「くそっ!」
僕は寝台を叩き、悔しさを露わにした。
「あんたはよくやったほうよ」
「そうですわ。一時期は絶望的だった世界に光が差したんだもの」
「でも一瞬だ」
「一瞬で良かったのよ。若干だけど完治して再発していない冒険者が増えたのよ」
「ええ。そのおかげで情報もすぐに集まりました。真偽はともかく一刻もこの状況を変えたいのは全員が共通のはずです」
「まあ、中にはもう口当布なんてしたくないっていう人もいるけど」
「それはそれですわ。人の常識は人によって違いますわ。ともかく人が増え、正確な情報も増えましたわ」
「さっきから何を?」
「落ち込んでる暇はないってこと。防戦一方だったのがようやくこれから自粛規制がとけて反撃に出るって感じね」
「反撃? さっきから言ってる意味がさっぱりわからない」
「都市閉鎖に自粛、色々あって何もできなかった。でもそれがあんたのおかげで解除になった。世界は相変わらず病気のまま、でも重傷だった世界が、軽傷になった。そのぐらいだったら動き出そうという気になった。重い腰をついに上げたって感じね」
アリーはきっとわざと教えるつもりがないのだ。分かるようで分からない。結局は分からないようなことを言って僕をからかっているのだ。
見かねたユリエステが答えを告げる。
「要するに疫病の根本である三匹の魔物の所在がわかったのですわ」
アリーは残念そうな顔をしていたけれどただそれだけだ。アリーのからかいというお遊びが終わって本題が入る。
混乱した頭に何を喋っても動揺するだけだというアリーのからかいという配慮ともうそろそろ本題に入ってもいいだろうというユリエステの配慮が重なった瞬間だった。
「他のみんなはもう出発してる。私とあんたはこの近くにいる一匹にあたるわよ」
「わかった。そういえばふと思ったんだけど、ディエゴたちはどうしたの?」
「私達に連絡すると思う?」
「しないね」
***
「根比べだ」
そういう類のものではなかった。
【膝不味喰】
クイーンの技能は大いにディエゴを苦しめていた。
決してディエゴはクイーンに跪くことなくその重圧、重しに3日間耐えていた。
屈してしまえば楽な話だが、そうはいかない。
ディエゴはレッサーがつけど王の血筋。
クイーンと名乗りながら、偽物とは全く違うのだ。
だから屈しない。
そしてクイーンの取った手段は逃亡である。
今はまだ勝てない。と判断したのは賢明だろう。
優雅に美しく、けれども人を見下すように笑って、ディエゴに【膝不味喰】を押しつけて逃げ出した。
だがディエゴだけにしか【膝不味喰】を押しつけていない。
他のふたりはまるで相手にならないと言わんばかりに何もせず逃げ回っている。
三日三晩逃走中のクイーンに追いつけないでいるのはその九尾之狐の速さと転倒童子の能力によるものだろう。
すってんころりんと転ばされては手の内ようがないのだった。




