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tenth  作者: 大友 鎬
第10章 一時の栄光
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沁情切札編-21 新薬

 すぐさま離脱したディエゴだったがリアンに向けて魔電網(テレワーク)していた。

『どうしたのですか?』

 まるで塩対応と言わんばかりに応じるには応じたがリアンはやはり不機嫌のような言葉尻だった。

『なに。お前らはどうせクイーンの無理難題に対応するために家具を探すつもりなんだろう?』

『ええ。人命がかかっていますから』

『だろうな。だが無駄だ』

『無駄とは? 私達にその実力がないと?』

『そういう意味じゃない。言葉通りの意味だ。お前たちが思っている場所にそれらは存在しない』

『どうしてそんなことが言えるんですか。幻の家具だからですか』

『幻でもなんでもない。確かに誰かが噂する場所にそれらはあるのかもしれない。けどな――』

 そこで通信が切れる。

 リアンから切ったのだ。

「言葉足らずと言いまするか、なんといいまするか。楽しんでまするな」

「あれでいいんだよ。重要なことは伝えた。あとは謎解きのように気づいてくれりゃあいい」

「ヒントにしては難しいヒントでするよ」

「なんだって言いんだ。人質はどうすることもできねえ、リアンたちにはクイーンのご機嫌取りをしてもらうしかない。そのほうが動きやすいし、あっちに被害はない」

「人質が姫そのものだった場合どうするでつもりでするか」

「その点についてはクイーンは気づいててそうしてない節がある。大方、わだと周囲を苦しめて楽しんでいる。それが俺たちの知ってるクイーンだ。そうだろぉ?」

「そうでありまするな。となればやはり今回の無理難題も」

「攻略不可能である可能性が高い。時間を無駄にし、人質の命さえも無駄にする。速度重視でクイーンを殺すのが最善手だが、俺たちが茨のあれを破壊してからこっちに気づいていることだが焦ってる様子がねえ」

「負ける気がしないとでも言わんばかりでするな」

「ああ、舐めてやがる。ユーゴが茨のあれを通り抜けてこっちに来たら仕掛けるぞ」

 疫病禍でも、他の禍の種は待ってくれない。

 それを取り除くための準備をディエゴたちは始めていた。


***


会わせたい人がいる。ネイレスに言われるがまま僕は草原の南へと向かっていく。

そこには一定間隔で円が描かれ、そこを生活範囲とする罹患者たちが生活していた。

その一角にある天幕に僕とアリーは案内された。


「お待ちしておりましたわ。[一本指]様」

 軽く連絡はしておいた、とネイレスは言っていたから、僕が来ることは予想済みだったのだろう。

「様はいいや。つけなくて。名前で呼んでよ」

「恐れ多いです」

「大丈夫。レシュはそういうの気にしないから」

「では、ライヴさん」

「あ、そっち」

 意外だった。

 とはいえ一定の線引はしたい人なのだろう。

「改めまして。癒術会会長ユリエステ・リアゲールですわ」

 癒術会の制服で身を固めたその人はそう名乗った。

「よろしく」

 手を差し伸べると、懸命に手汗を吹いてから握手に応じてくれる。

「よろしくおねがいしますわ」

「それでさ、あれ用意しておいてくれた?」

「ええ。ネイレスさんの言われた通り、現状、疫病にわずかでも効果があった薬を集めておきましたわ」

「効果っていうと?」

「当然、完治ではありませんわ。ちょっと症状が軽くなった。重症化までの期間が長くなった。そういう効果ですわ」

「なるほど」

「完治できなければ、ご存知かもしれませんが【否異常(アンチアブ)】の状態異常に含まれません。薬の合成も試しているのですが何分知識がなく」

 この場合の合成は【合成】ではないんだろう。技能化、道具化を含めた僕が使える【合成】【超合】などとは違い、あくまで手作業で道具を組み合わせた場合を示している。

 絶妙な配合、選択で別の道具へと変化するため、変化した場合の状態をきっちりとメモをしておく必要がある。

 その配分を間違えればもうその新道具は作れないためだ。

 それを楽して作成できるのが【合成】【超合】であった。道具の配分による変化は期待できないけれど、きちんと何かを組み合わせればきっちりとリターンがあるのが技能だった。

「ありがとうございます。あとは僕が試してみます」

「よろしくお願いいたします。私はこれで」

 言ってユリエステは患者たちに元に向かっていく。僕たちと話しやすくするために一時的に脱いでいた防護服を再び纏っていた。

 念の為、【緩和膜】によって距離が広げられ、空気感染しないように配慮していた。

「忙しいのにごめんね」

 その姿にネイレスがお礼を述べる。感謝しかない。

 隅の机に置いてある薬もおそらくは患者に分けたいのだろう。物資不足も続いていると聞いていた。

 それでも新薬に一縷の望みをかけて配分されているのだ。

 無駄にはできない。

「気負わないで気楽にしなさいよ」

 変に緊張していると悟ってアリーが気遣ってくれる。

 すうと落ち着けた気がした。

 アリーの言葉が僕にとっては良薬だった。


 まずはどんな薬があるのか確認していく。

  

 アビ丸にレムデシビレル、イバルメクチン、デキタメタゾン、パピヨンドーヨ。

 他の病に使われたり、うがい薬に使われていたりする薬剤で今回の疫病を軽減すると言われているが、

 今回の疫病がそもそも病を併発している状況なのでその併発しているなにかが治れば軽減としているという見方もあるらしい。

 もちろん全ては巷の噂であるとユリエステのメモにも書かれていた。

 他にも民間治療としてカキ渋が使われたり、無認可ではあるもののヘドロキシクロロキンを使って感染しなかったという事例もある。

 そのふたつもなんとか手に入れてくれたようで、机の上には用意されていた。

「さて、私はネイレスたちを手伝うわ。ひとりのほうが集中できるでしょ?」

「ありがと」

 去っていくアリーたちを見送って、僕はメモを書き始める。

「できた」

 新薬が。ではなかった。

 書かれたのはそれぞれの薬の組み合わせを書いた紙。

 まずは2種類ずつ、または3種類ずつ組み合わせてすべてのパターンを網羅していく。

 それでどうなるか。たぶんそんなことで新薬は完成しない。

 それでもなんとなくの傾向をつかめるはずだ。

 試作するように用意された薬を【合成】、【超合】していく。


 試行錯誤の末、ついに新薬が――






 できなかった。


「あんた、ひげぐらい剃ったら?」

「あとで剃るよ」

 一ヶ月経って僕は新薬を作れないでいた。

 ずっと引きこもって、すべての薬を何度も組み合わせや色々な道具も取り寄せて試してみたがすべて無理だった。

 もちろん、軽減程度ならできた。

 けれどそれは完治ではない。併発していた病のどれかが治って症状の軽減があっただけだ。

 ディエゴの言葉が完全に重荷になっていた。

 頑張っているのに頑張れと言われているような、その言葉自体は善意なのに、重圧によって押しつぶされそうになっていた。

 いや、そう言い訳して僕は逃げ出したいだけなのかもしれない。

「ムジカたちもまだ軽症のまま安定しているわ」

 アリーが気休めのように言う。

 ムジカたちが発症したのは僕が新薬の開発を始めてから5日後だった。

 ムジカの〈幸運〉によって、僕はムジカたちが疫病に罹らないと思っていたが、そうはならなかった。

 幸運にも疫病に罹らないのではなく幸運にも重篤化しないものだった。

 ムジカの〈幸運〉の尺度はまるで彼女の才覚のご機嫌によって定まっているようにも思えた。

 勝手な知識で解明できないのが才覚だ。〈幸運〉の才覚で宝籤を当てることが可能でも蔓延的に広がった疫病に罹らないことはできないのだろう。

 一方で僕はムジカが感染したことで、幸運にも彼女を治すための薬が開発できるのではないだろうか、と思ってもしまっていた。

 最低だ。

 最低すぎた。

 そんな誰にも吐露できない想いを抱えたまま、僕は薬を作り続け、失敗し続けている。

 落第者だった頃の気分を味わっているようだった。

 でもたったひとつ違うことがある。

 それは期待されてしまっているということだった。

 落第者のときは誰かが期待しているなんて思ってもみなかった。

 たまの手伝いで誰かの役に立ててそれが少しだけ嬉しかった。

 けれど今は違う。仰々しくも誰かを救おうと思っていて、僕に期待する誰しもがきっと救ってくれると期待している。

 逃げ出したくてたまらなかった。

「逃げよっか」

 アリーがなんとなく言った。

 机で開発をし続ける僕の背中に背中を預けて。

「どうして?」

「いや、無理するのがあんただけど、今回はたたりそうかなって」

「どうだろ。後悔は今までたくさんしてきたけど、向き合ってきたつもりだった。けれどたぶん自覚が足りなかったんだ」

「自覚? 何の自覚?」

「思いの外、期待されているっていう自覚。今まで不相応な場所にいたのに今更気づかされた。僕はアリーが、アリーだけがいればいい」

「だから逃げてもいいわ。きっと誰かが解決してくれる」

「でもそうしたらみんな失望するんだろうね」

「勝手に期待したくせにね」

 アリーが笑う。

 身勝手に期待され、結果が出なければ期待はずれだったと罵られる。それは世界にとってはよくあることなのだろう。

「もうちょっとだけ頑張ってみるよ」

「それ自分で自分を追い詰めてない?」

「かもね。でもアリーがいてくれてアリーがそう言ってくれた。それでちょっとだけ楽になったよ」

 僕はまた前向きに開発に取りかかる。


 そんな僕のもとへと来訪者が現れた。

「お前がフツーのレシュリー・ライヴっスね」

「僕に普通も特別もないと思うけど」

「解答もフツーっスね。いやこれ褒めてるんスよ」

「その前に名乗るべきじゃない?」

 アリーがちょっと声を荒げる。なんとなく強さは感じられるけど、どことなく軽薄さがあって、あまりアリーが好きではないような感じの男だった。

「俺はユーゴ・ニコライ・ケンタル・ゾゾニアス・デ・バージェックスっス。フツーに長い名前だからユーゴでいいスよ。ディエゴの兄貴にフツーに薬を作ってるやつがここにいるって聞いたっスから、これを渡しに来たんスよ」

「これは?」

 試験管の中にはどす黒いモヤのようなものが入っていた。どこか見覚えがある。

「異次元(サーバ)の毒素00の残滓っスよ。手に入れるの苦労したんスから」

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