沁情切札編-18 帰還
「口当布しろ」
という怒号がまずは聞こえた。
世界の牙:ガニスタの岬から出てきた僕たちへと何やら見回りしているふうの冒険者が、邪険に扱うように睨みつけてきた。
「どういうことだろう」
僕は隣のアリーに問いかける。
「さあ、風邪の時期じゃないわよね? でもなんとなく空気に違和感があるわ」
「違和感? 確かに、旅行から自分の部屋に戻ってきて懐かしいというかこんな匂いしたんだ、みたいなそんな空気感がある」
「なーんかちょっと違う感じもするけれど」
「じゃあどういう感じ?」
「知らないわよ。そんなの」
「いや、そこはどういう感じか教えてくれないと」
「オイ、コラ。いちゃついてんじゃねえよ」
その冒険者は僕たちと距離を近づきもせず怒鳴り声を上げている。
口当布をしているせいか、どこか声がどもって聞こえた。
「どういうことか説明してもらっていい?」
「おい、近づくんじゃねえよ」
弓士なのか、瞬時に弓を構え、矢を足元に射って牽制してくる。
「うつるだろうが。俺はてめえらみてえな口当布もしねえわ、自粛中なのに外に出てるアホを狩ってるんだよ。どうだ、口当布するなら許してやる」
「ごめん。色々理解できてないんだよね。久しぶりに外出てきたから」
「???? どういうことだ? 自粛してたなら口当布してる意味もわかるだろうがよ。なめてんのか、てめえ」
「もう鬱陶しいからしばいてから事情聞いたほうが早くない?」
「実力行使?」
「あんたは動かなくていいわよ」
「なんだよ。やる気か? だがいいな、近寄るなよ。ディスタンスしろ。うつるだろうが」
そう言って名前の知らぬ冒険者は弓を構え矢を引き絞る。
「吹きすさべレヴェンティ」
超剣師となったアリーの魔充剣レヴェンティから解放された【鎌斬嵐】が冒険者の横を逸れて駆け抜けていく。
わざとアリーは外していた。
脅しだった。
けれどそれで十分だった。
岬に通ずる草原の雑草が根こそぎかられ、あたかも道のようになっていた。
冒険者の男は腰を抜かしてる。
「手加減したつもりなんだけど」
小悪魔の笑み。けれどもそれは艷やかで美しさがあって、僕の好きなアリーの笑顔なのだと痛感する。
「なんなんだよ、お前ら……」
近づいた僕たちに、今度は文句も言わず観念したのか話し始める。
「僕はレシュリー。レシュリー・ライヴって言えばわかる?」
「レシュ…リー? レシュリーだと。死んだんじゃ。こんな世界になっても何も起こさないから死んだってみんな言ってたぞ」
「あー、死亡説流れてる?」
「イロスエーサじゃないわよね? 他の集配社かしら?」
「まあ半年以上経ったからね」
「で本当に、本当のレシュリーなのか? 俺は会ったことないから」
「まあ本物かな?」
「なんで疑問形なのよ、自信持ちなさいよ」
「まあ僕がなんであれ、状況説明頼めるかな?」
神がかった速度で冒険者は頷くと僕たちに今、この世界には何が起こったのか、何が起こっているのかを話し始めていた。
予想以上に世界はひどいことになっていた。
短くまとめて聞き終えた僕たちは冒険者と別れてひとまずは歩いていく。
どこが僕たちを受け入れてくれるのか。
それはまあ目先の問題。
「はあ」
アリーが盛大にため息をついた。
「今回はスケールが大きすぎない?」
呆れた声も一緒だった。
さすがアリーだ。僕のことをよく理解してくれている。
「救うんでしょ、この世界を」
今、この疫病に効く薬はない。それを作れれば、癒術でも治せる可能性がある。
出会った冒険者の姉が癒術会に所属していて、そういう専門的なことを知っていたのが功をそうした。
だったら僕がその薬を作るしかない。
「うん。今回も僕にしかできないことがある」
錬金術師はこの世界に今僕しかいないのだから。




