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tenth  作者: 大友 鎬
第10章 一時の栄光
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沁情切札編-10 別世

 世界は元には戻らない。



 誰かが言った。

 王政があったβ時代にも

 ディオレスたち、今や旧[十本指]と呼ばれる猛者たちが生きていた時代にも

 ましてや一発逆転の島がキングに支配されていただけのときでさえも。


 世界は元には戻らない。

 世界を形と表現するのか、それとも時と表現するのか。

 個と表現するのか、全と表現するのか。

 どちらにしろ、世界はどんな形であれ、元にはもう戻らない。

 

 いつかきっといつものような日常に、の祈りを込めてももはやもう戻らない。


 異常なことでさえも、今やもはや新しい日常として受け入れなければならない。

 世界は激変していた。

 キングは世界を放浪し、ジャックはキングの玉座に鎮座し、クイーンは空中庭園を支配し、消えたトワイライトを探してディエゴと侍師サスガが空中庭園に侵入した。

 それが激変と言えばそうなのかもしれない。強者の出現はいつだって世界を動かす。

 けれどそうじゃなかった。

 クイーンが中途半端に九尾之狐を復活させたせいであった。

 そのせいで生まれた三匹の魔物。

 オサキ、犬神、牛蒡種(ごんぼだね)

 その3匹の魔物が、世界中に疫病を引き起こしていた。


 凡人が苦しみ喘ぐ。その姿を見るのがクイーンの楽しみであった。


「その術中にまんまとはまっちまったわけだ」

 ディエゴが苦笑する。

 空中庭園の名前もついていない小さな洞穴のなかでだった。

「ああ……」

 苦しげな表情で毛布に包まり、そばで苦しみながらも眠りにつくモモッカの様子を見ながらトワイライトは答えた。

「オサキは発熱、犬神は手足のしびれ、牛蒡種は頭痛か」

「それ以外にも確かありまするが、主な症状はそれでありまするな。それが複合して併発しているようでするなあ」

「よりにもよって新型か」

 トワイライト、モモッカとかなりの距離を離してディエゴが嘆息する。空気感染(エアルゾル)を警戒したうえでの対応だった。

「みたいだな」

 トワイライトが同意する。

 すでにトワイライトは癒術【否異常(アンチアブ)】の魔巻物を発動していたが、効果がなかった。

 聖騎士であるトワイライトの使用できる癒術は4までのため、階級6である【否異常(アンチアブ)】は使用できない。

 そのため、終極迷宮の挑戦者御用達の魔巻物を使用していた。魔巻物は効果が薄い。

 だから、蛙化、石化、恐怖、操作、呪い、腐食以外の状態異常を治す【否異常(アンチアブ)】でも、魔巻物だったために今回の疫病に作用しなかったのはそのせいかもしれない、と考える冒険者もいるだろう。

 しかし、それは違う。

 ディエゴはトワイライトが【否異常(アンチアブ)】で治療できなかったのを見て新型であると判断していた。

 そもそも、魔法や癒術は万能と思われがちだが、そうではない。

 もし万能であるのであれば、魔物たちが撒き散らす全ての疫病に対応できる。

 例えば竜が死亡し魔力に充てられて復活したドラゴンゾンビなどはその典型で、そこの風土や気候、魔力残滓によって、異なる瘴気を吐き出し、それは近隣の名もない村に疫病をもたらす。

 そんな疫病は【否異常(アンチアブ)】では治療できない。魔法でも癒術でも対応できない、それが“新型”なのであった。

 とはいえほとんどの病気を【否異常(アンチアブ)】で治療できるのも事実。

 しかしそれは人の手によって一度治療されているという世界の認識があってこそ、それもいわば世界改変。

 その世界改変が起こってようやく【否異常(アンチアブ)】での新型の治療が成立する。

「癒術会の踏ん張りと対策次第か」

 少し悲観的な意味を込めてディエゴはぼやいた。

 β時代にも一度新型の疫病が流行ったことがある。

 そのときはまだ王政が存在しており、あらゆる薬学に精通しながらも癒術の使い手だったアイトムハーレの手によって速やかに収束された。

 今はそういう機関はない。癒術会は名前の通り、癒術による治療をしており、薬学による研究は一部好事家の商人や研究者の手によってしかなされていない。莫大な費用がかかるからである。

 もし癒術会が新型の開発をしていればいいが王政だった頃とは違い民営化によって経費として削減された可能性が高い。

 それこそアイトムハーレが対処疫病以降、目立った新型の疫病は流行っていなかったからである。

「さてどうなるんだろうな」

 現状、疫病が発生していることはまだこの洞穴にいる4人しかいない。

 それを伝えるためにディエゴは古風ながらも手紙を送っているが、どのぐらいの信憑性を持ってもらえるかどうか。

 なにせ、つい半年前ほどに資質者を倒してしまったディエゴからの手紙だ。

 しかも当分は終極迷宮にこもるとも宣言していた。こんなにも早く外にいてしかも疫病が広まる可能性があると報せたところで誰が信じるのであろうか。

 モモッカも親しい人をかなり失っているうえに、高熱などによって意識も危うい。

 そんな状況で誰かに報せることができず、すべてはディエゴ頼みだった。


 ***


 アビルアに一通の手紙が届く。

「テレッテ、ルビア、準備に取りかかるよ」

 一読してその真偽を疑わずアビルアは万が一に備え始める。

 それはディエゴの手紙だった。

 ディエゴの人柄はともかく、その内容に信憑性があった。

 なによりレッサーと前につくもののフォクシーネという姓には懐かしい響きがあった。

 リアンのおそらく親類か誰かなのだろう。

 アビルアはそこからレシュリーたちのことも思い出し、また何かがやってくる。

 直感のような予感を感じて準備を始めた。


 ***


「これ、嘘なんじゃねえの?」

「いいから。準備をしろ、アクジロウ。こやつが適当な嘘を吐くわけがない」

 ディエゴのことを知るバルバトスの指示を受け、アクジロウはユグドラ・シィルにこのことを喧伝していく。

 アクジロウの言葉だと信憑性が妙に低いが、アクジロウがバルバトスからの言伝だというと、ユグドラ・シィルの人々は行動を始めていく。

 世界樹に見守られた鍛冶屋の街ユグドラ・シィルはバルバトスという絶対的カリスマが存在している街だった。


 ***


 ディエゴは無数に手紙を出したはずだが、それを良い意味で真に受けて行動に移したのは原点回帰の島と、ユグドラ・シィルだけだった。

 他の街は取り合わない、そもそも手紙が届かない無数の名前の村だった。


 ***


 そうして世界は、もう元には戻らないように様変わりしていく。

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