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tenth  作者: 大友 鎬
第5章 失意のままに
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最後

 16


 ロイム、イッテ、ナグと合流したグランヂ他ムサハ隊、トヨナカ隊は周囲を警戒しつつ、ユグドラ・シィルから脱出しようとしていた。脱出しながらも毒素00(オリジン)ボツリヌストキシンの存在はばっちりと視認している。

 あの魔物(モンスター)はアジ・ダハーカ以上に手強い。

 名前は知らないまでも強さを感じてしまったのか、逃げる速度はそれなりの早い。

 その速度に慣れていないムジカは焦りのあまり足を絡んで転んでしまう。

 それに仲間が気づいたのは数(メーチェル)先だっただろうか。

「ムジカ、大丈夫か!」

 真っ先に気づいたのはムジカの護衛役を務めるキャレロが立ち止まり、起き上がらせようと戻りに向かう。

「大丈夫で――」

 立ち上がろうとしたムジカは恐怖の光景が映り、絶句した。

 ロイム、イッテ、ナグ、グランヂ、ムサハ、ジゼロ、トヨナカ、ハイゼにムガツ、心配してくれたキャレロ。全員が一瞬にして腐敗していた。

 皮膚はただれ、瞳は上目のまま首を押さえ泡を吹き倒れた。

「――っ!」

 ムジカは声にならない悲鳴をあげる。

 幸運にも唯一転んだ自分だけが毒素の進行通路から外れていた。

 幸運にも唯一転んだ自分だけが生き残った。

 あらゆる恐怖に耐え切れなくなったムジカはその場に気絶する。


***


「アレですよなー」

 絶対、ほとんどの奴らが忘れてるよなーと思いつつ、ヴェーグルは状況を見つめる。

 さっきのアレはなんだ? 毒をまとったドラゴン? いやさっきのアレを鑑みるにドラゴンの姿をした毒そのものというべきか、ヴェーグルは冷静にそう考え、逃げる準備を始める。

 ヴェーグルは集配員(レポーター)の端くれ、“ウィッカ”の一員だ。状況分析は他の冒険者よりも長けていて、さらに言えば、こういう非常時にも慣れていた。もっとも純粋な戦闘力は同ランクの水準以下だったが。

「で、どうするよ。コレ」

 そんな矢先、ヴェーグルは気絶するムジカに遭遇した。

「でもアレだよな。さっきの様子を見たら気絶することもあるよな」

 ひとり納得したヴェーグルは

「で、どうするよ。コレ」

 なぜかもう一度言った。ヴェーグルは判断に迷ったらとりあえず言葉に出して考えるような人間だった。

「で、どうするよ。コレ。アレですか? 助けろってことですよな」

 三度呟き、助けるべきか否かヴェーグルは悩む。非常時には何度も遭遇してきたが、その実、当事者になったことはない。非常時には常に遠くから状況を観察しているだけだった。

「あー、アレだな。あそこにおいておくか」

 町外れに癒術会と負傷者が集まっているを思い出し、結局、ヴェーグルはムジカを背負い面倒臭そうに歩き出した。彼はなんだかんだでお人好しだった。


 ***


「カッカッカ!」

 アジ・ダハーカの足元でソレイルの笑い声が聞こえる。

 ソレイルは状況を把握し、壊れたように笑い続けていた。

「カッカッカ! お前がアジ・ダハーカを招待したくせに、俺に復讐を遂げさせてもくれないのかよ、情報ジャンキー!」

 失望と期待が入り混じったような声でソレイルは叫ぶ。

「カッカッカ! でもお前は言うだろうな。知ったことか、と。ならば俺は敗北を超越せぬまま、最強を殺してやろうっ!」

 誰かに聞かせるように決意を言葉に出す。

 少しばかり後退し、ソレイルはアジ・ダハーカを前方に見据える。

 自分と同じく復讐に走る竜愛好家たちには状況が見えていないようだった。

 一方で自分を殴った仮面の男を含む集団(レシュリーたち)は状況を把握して撤退をしていた。それだけでソレイルは二組の集団の力量を推し量る。

 ボツリヌストキシンがアジ・ダハーカの背後から襲来してきた。

 尻尾から順番に胴体を腐敗させ、首へといたる。体内から出てきた虫系魔物(モンスター)も、その腐敗に耐え切れず、霧散するように腐敗消滅していく。

「逃げるんだぞいっ!」

 アジ・ダハーカの胴体近くで、必死に復讐者たちを止めようとしていた屈強な狂戦士ゴッデリが苦しさに耐えながら叫ぶ。

 危機感迫るその叫びに、他の復讐者たちの視線が集まるなか、ゴッデリは首を押さえ泡を吹いて倒れた挙句、腐敗。刹那、一瞬にして跡形もなく消えた。

 その光景を目にして、やっとジシリたちは目の前の状況が変化していることに気づく。瞬時に後退しようとするも既に遅い。アジ・ダハーカの全身をボツリヌストキシンが覆っていた。

 結果、ジシリにアンドレ、カンドレ、ジジマルにハイムもゴッデムの後を辿る。

 ソレイルに竜愛好家、どちらも復讐と遂げることなく、アジ・ダハーカも腐敗消滅。

「カッカッカ! 見えるか、ギネヴィア?」

 その光景を見てソレイルは笑い、最強の魔物(モンスター)へと飛び込んでいく。

 屠龍魔剣〔自己犠牲のギネヴィア〕を振り上げ毒素の奥へ奥へと進む。

 ギネヴィアが死んで、ソレイルは最強になると誓った。

 ドラゴンこそが最強だと信じて疑わなかったソレイルはあらゆるドラゴンを殺した。

 けれどソレイルはアジ・ダハーカだけは無意識に忌避していた。ギネヴィアの死が、そうさせていた。

 そのアジ・ダハーカ(死の原因)へと復讐できぬまま、克服できぬまま。ソレイルは最強と呼ばれる魔物(モンスター)へと挑む。

 雌雄は一瞬で決した。

 ソレイルの体が毒素に触れた瞬間、ソレイルの体が腐敗する。呼吸とともに毒素を吸い込みソレイルは苦しみ始めた。

 無意識にソレイルは屠龍魔剣〔自己犠牲のギネヴィア〕を毒素の外へと放る。

 苦しみが全身を駆け巡ってもなお、戦意は残っていた。擬似刃屠竜剣〔竜を穿つギドンガッハ〕を抜き、中央に見える核のようなものを切り裂こうとした矢先、擬似刃(フォールスエッジ)屠竜剣(ドラゴンバスター)が一瞬にして崩壊する。

 やがて全ての感覚がなくなった。どこからともなく体が腐敗していく。目からは血が流れ、何も見えなくなる。耳がなくなり聴覚器官を失う。何も聞こえない。髪の毛は抜け、口は泡を吹き呼吸ができない。息苦しさが極まって、無意識に腕が首を押さえる。わずか数秒もない。

 ソレイルは消滅した。

 ソレイルが無意識に助けようとした屠龍魔剣〔自己犠牲のギネヴィア〕は地面に突き刺さる。

 最強を目指した男は、復讐も目的も何もかもかなわず、無残に死んでいった。

 セフィロトの樹が無感情にソレイル・ソレイルと名を刻む。同時に屠龍魔剣〔自己犠牲のギネヴィア〕が消滅した。

 ソレイルは知らなかった。魔剣が使用者の死とともに、消滅することを。

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