沁情切札編-7 流動
「すまない」
アカサカは目の前の十人に涙ながらに土下座した。
十人は全員が闘球専士だった。この職業になることでヤマタノオロチの贄から家族を免除されていたはずが、今度は九尾之狐の贄に指定されることになったため頭を下げざるを得なかった。
それでも自分の家族が犠牲にならない、ということに安堵してか選ばれた十人には悲壮な顔はなかった。
けれどカグヤに指定された家具を見つけれぬまま一月が過ぎたという事実はアカサカに重くのしかかっていた。
一月経ってようやく家具の在り処がわかったのだ。
それだけではない、九尾之狐の復活に合わせたように、オサキ、牛蒡種、犬神という三種の難敵が空中庭園に出現しておりそちらの対処にも追われていた。
しかも対処方法が判明しただけでいまだその三種の難敵は現存している。
つまるところ、一月で何もできていない。
料理を完成させろと言われたのに、材料を揃えるどころかようやく下準備ができた程度。そこを手を抜くことはできないが、完成までを考えると程遠い。
そんな現状が、空中庭園に囚われた人々をこう思わせていた。
英雄はもういない。
かつてヤマタノオロチを倒したレシュリー・ライヴは姿を消していた。
大陸で制定した[十本指]の上位三人が姿を消し、その[十本指]の更新すら集配社の崩壊によりほぼ更新されない。
世界には少なくとも支えが必要だった。
レシュリーは死んではいない、アカサカ自身はそうは思うものの、やはりその姿が見れてこそ安心する。
支えがなければ人々の心が折れてしまう。アカサカはその冒険者が自分のなかでもそして空中庭園の人々のなかでも大きかったことを痛感した。
「ルルルカ様、お助けください」
雅京に作られた広場。その中心にある三英雄の像。
そのなかで唯一の女性、聖女。ルルルカに祈りを捧げる人々が日に日に増えている。
新しい英雄の誕生を待ち構えている。
かつては闘球専士がそのような存在だった。
ヤマタノオロチ退治にも活躍したが、最終的にルルルカにジョー、アロンドがいなければ全員が死んでいた。
その戦いを目の当たりにしているからこそ、闘球専士の存在は薄れてしまっていた。
そんな彼らが今回、贄に選ばれるのだとしても。
***
「つってもじゃんよー」
アカサカに頭を下げられ、協力したものの一ヶ月間でようやく家具の存在にたどり着けただけの冒険者がひねくれていた。
「だね。結局何もできなかったわけだし」
何かしようとして何もできなかったときの無力感に打ちひしがれて少し弱気になっていた。
「それでも微力ながら協力を続ける。それがレシュリーさんが帰ってくるまでにできることじゃないか?」
「そこでレシュリーの名前出されるとなんとも言えなくなるじゃん」
「それジネーゼだけだし」
「でも解決しないとここから出られないよ?」
アルにリアン、ジネーゼとリーネだ。
アルにリアンはランク5に到達し、ジネーゼとリーネは依然ランク5のままだが毒の研究を通じて空中庭園に入り浸っている。
その後、クイーンの出現によって鎖国されたまま出られなくなっていた。
雅京の塔京はクイーンが陣取っているため危険だが、それ以外であれば比較的クイーンの手は伸びていない。
四人は雅京を形成する区画のひとつ蒼杜の一角の酒場で今後の方針を相談していた。
「それね」
「だったらさっさとそのクイーンだったかを倒してしまえばいいじゃん?」
「バカを申すな」
アカサカがたしなめる。
「九尾之狐に転倒童子があちらの手駒におる。しかも家具屋自体はらんく7じゃ」
「知ってるじゃんよ。何回も議論に上がって却下されてるから。でもこれじゃあ現状は打開できないじゃんか」
「南の島も大変なのよね、確か」
「キングだな。王国と称して私物化しているらしい。そこにジャックも現れた」
「ジャックって確か刑務所であの改造じじいの手駒からヴィヴィを助けたやつじゃん?」
「正確には違う。助けたというより、自分勝手に卯星と戦って、連れ帰った感じだ」
「へー。ややこしいじゃん。ってならその卯星ってのもジャックと一緒ってことじゃん? 大変じゃんか」
「あのさ、ジネーゼ。それ確か前にもアルフォードが伝えたと思うけど、卯星のはいなかったらしいよ」
その言葉でジネーゼの動きがわずかに止まり、
「へへー知ってるじゃん。バカを演じるってやつじゃん」
まるで油の切れた絡繰り人形のようにゆっくりとリーネを首を動かしてから告げた。
「忘れてるの誤魔化さなくていいから」
リーネにはお見通しだった。
「なんにせよ。こっから出れないんじゃ、大陸には戻れないじゃんよ」
「今はやるべきことをやろう。家具の所在はようやく判明。行方不明のトワイライトさんとモモッカさんの捜索も必要だ」
***
一ヶ月前、キングはゲンを探しに外に出た。
とはいえゲンは放浪の身。新生デンジャラスベジタブルがすんなり見つけられたのは相当に運が良かった。
キングは間抜けとも思えるほどに一月の間、ゲンに出会えることなく、思った以上に永い遠征となった。
一月も玉座が空く。
そうなれば反乱も考えられるが、そうはならなかった。
直後にジャックがやってきたのだ。
「キングは?」
キングよりも名の知れた犯罪者。ジャック・ザ・チョッパー。絞殺者にして考察者。
その絞殺者が王を訪ねてきた。
「何のようですか?」
恐ろしげに従順員のひとりが尋ねる。ジャックは知らないがその従順員は反乱を起こそうとしていた冒険者のひとりだった。
「キングにちょっとネ、会いにきたのさ」
「どこかいかれたようですが……」
「だったら待たせてもらおうかな。それとキミさ、ろくなことは考察しないほうがいい」
まるで反乱を見抜くようにジャックは笑顔でそう伝える。
その笑顔が逆に恐怖となったのか、従順員はそれだけで反乱をする気が失せていた
「さてあそこが玉座かな」
さも新しげな、一発逆転の島には不釣り合いな建造物を見つけてジャックは歩みを進めていく。
***
「ジョーカーの改造戦士、キングの子飼いカナ?」
「610069390577+8591,83+31*75*958141(何のようですか? ジャック様)」
「少しは考察してくれよ。僕はさ、キングを絞殺しに来たんだ」
「6163191197691191216103997919,016171814151012583+6961914177+51(何をわけのわからないことを。あなた様は主の仲間では?)」
「かつてそうだった。今でもそうかもしれない。でも僕はキングを絞殺したくなっちゃったんだから、もうこれは仕方ないネ」
「77+8371210991072319,099107239571+812161036977+012751+8339*058339*0503710347630175*77037171+934185(でしたらお帰りを。お帰りくださらないのであれば少々痛い目に遭っていただきます)」
「考察したところ、キミじゃ僕には勝てない。けれどキミもそれが仕事だと考察するネ」
「99+47038175(ご明察)」
「ジョーカーが僕たちに与えた邪道十二星座は四人ずつ。クイーンはすぐに四人をひとまとめに家具に改造して、僕はゆっくりとひとりずつ絞殺した。じゃあキングは?」
カプリコーンは押し黙っていた。
「考察するに殺し合わせてひとつにした、それがキミだ。カプリコーン」
その考察は正しい。
「殺し合え」
キングはある日突然、四人の改造戦士たちに退屈そうに告げた。
ひとつの身体にふたつの顔を持ち、軟体のようにあるいは水のようにくねくねと動くジェミニ、簡易な高炉のようなガチガチに固められた頭をもち、口から溶岩を垂れ流すヴァーゴ、巨大な蟹の化け物で甲羅に元になった人間の顔が映るキャンサー、そして女性のように見える山羊の顔にやせ細った体躯のカプリコーン。
四人は命令のまま戦った。ジョーカーからは素直にキングの命令に従うようにされていた。
だから何の疑問も抱かずに戦いカプリコーンが生き残り、その生き残ったカプリコーンにキングはジョーカーの見様見真似で改造を施した。死んだキャンサー、ヴァーゴ、ジェミニを使って。
それはジョーカーほど丁寧ではなく、粗雑なものだった。
言語能力は失われ、数字の羅列のような音でしか会話できなくなった。
それが今のカプリコーンだった。
四人だったとしても、一人になったとしても、ジョーカーから受けた命令を逆らうことはない。
キングの命令に従う。
今はキングに言われた通りに、王が不在の時は王の居場所を死守する。
それを守るだけ。
先に仕掛けたのはカプリコーンだった。




