沁情切札編-4 第七
一か月後、空中庭園はクイーンの手に落ちた。
逃げ伸びたはずのモモッカは消息を絶ち、またトワイライトも姿を消していた。
***
一方で南の島、一発逆転の島はキングの手に落ちていた。
王にしてエース、エースにして王のキングはそこに自らの王国を建設した。
逆らう者には死を、従順なる者には従順印というかつてなくなったはずの呪いを施した。
従順印は王国から勝手に出ようとすると呪殺する効力を持っていたため、誰もが許可なく、キングの王国すなわち南の島から出れなくなっていた。
キングがこれほどまで早く南の島を掌握したのは無差別に冒険者を五十人ほど瞬殺したからだろう。
その虐殺を目にして選択を迫ればほとんどの者が従順を選ぶ。
王はあくまで従順印を刻んだ、いわゆる従順員を王国建設のために利用した。
過酷な労働を強いられたが十分に食料は与えられごくわずかだが自由な時間もあった。
解放されない彼らのなかには我慢できずに印を刻まれながらもキングに逆らったり、脱出を図り呪殺された者も少なからずいた。
一方で印を刻まれることなく、王の左腕まで上り詰めた冒険者がいる。
***
「旧世代をぶっ壊す」
王の左腕、と呼ばれるようになったかの人物は自らを新世代あるいは第ⅶ世代と呼んでいた。
これは左腕であるかの人物だけでなく、かの人物のようにDLCを使用してランクを上げた全ての人物を指している。
一方で旧世代はランクに関係なくDLCを使っていない、もしくはβ時代から生きている冒険者を指す。
かの人物は左腕になったことで調子に乗り、旧世代狩りを行っていた。
かの人物は調子に乗りやすい人物で口がうまく、ランク5になる以前から弟子なる冒険者がいたが、キングとの問答でその弟子を殺されていた。
新世代、あるいは第ⅶ世代を呼称するかの人物が対峙するのはパレコ・プキージだった。
レシュリーたちがランク4になる前からのランク4、レシュリーたちが十本指として有名になる前からある程度名の知れた、今ではとっくにレシュリーたちに追い抜かれたが、ようやくランク6にまで至った冒険者。
なるほど、かの人物が例える旧世代と言えなくもない。DLCに頼らず努力だけでそこまで至った時代遅れの人間。
ランク6だがレベルは上限まで上がっていない。自慢できることと言えば技能の熟練度だろう。
かの人物はひとり。けれどパレコはかつてのように仲間を従えていた。
ミハエラにキューテンにセンエン。
ただし先ほどまで。
今は遺体であった。三人ともまでに痛い手傷を負い致命傷。そのまま息絶えている。
かの人物に技のキレはない。急速にレベルが上がり、ランクを上げた証拠だった。
DLCを使ったのだ、とパレコにも理解できていた。
けれど何よりかの人物には勢いがあった。そして気迫があった。
殺されてはならない、死んではならない。誰よりも強くあらねばならない。
強さに脅されているとでもいうべきか、言葉にするには難しいが怯えた強さがそこにはあった。
しかしそれも強さには変わりない。
パレコは確かに追いつめられていた。
***
かの人物の名前はベベジーといった。
覚えているだろうか、何度かレシュリーの要請に応えて参戦し、大した活躍もせずにけれども生存していた男だ。
新人の宴ではレシュリーに【蜘蛛巣球】で行動不能にされている。
そんな彼がパレコを追いつめていたのだ。
一か月前、一発逆転の島にたどり着いたキングは冒険者を五十人ほど虐殺したあと、その五十人と同じようにベベジーへと問いかけた。
「ビーフ or チキン?」
勇敢なる者か、臆病者か。
その五十人の中にはベベジーの子分であるクルパーの姿もあった。
近くではエル三兄弟が、コッカとジャムの亡骸を前にして泣いていた。
彼らとコッカ、ジャムのふたりは手分けして買い物をしていてほんの少しの間だけ離れていた。
そのほんの少しで命運は分かたれた。
そんな惨劇の中、ベベジーは問われていた。
ビーフか。チキンか。
「俺は……」
他の冒険者はそう問われ、どちらかを答えた。もしくはどちらかも答えなかった。彼らは総じて殺されている。
立ち向かって殺されたか、後ずさって殺されたか。
なかにはポーク!と叫んで殺された冒険者もいる。
どちらが食べたいか、という意味だろうか。この期に及んでベベジーはそんなふうに考えた。
牛肉が好きか、鶏肉が好きか。
「俺は……」
ごくりと唾を飲み込む。素直に死にたくなかった。
「俺は菜食主義者だ」
事実だった。ベベジーは牛肉も鶏肉も、豚肉も食べなかった。蜥蜴肉も羊肉も馬肉も犬肉も猫肉でさえも。
そもそも食さないのだから、どちらかを選ぶことなどベベジーにはできなかった。
一瞬の静寂。
「ハッハッハ。実に滑稽。その答えは聞いたことがない」
目の前の殺戮の王は愉快に笑う。そもそもベベジーのような解釈で問うたわけでない。
「チャンスをやろう。半日。半日で強さを見せよ。強くなる方法を提示して見せよ」
見下されたまま、ベベジーは頷いた。頷くしかなかった。
「かの者に追従するなら見逃してやる」
周囲にいた反抗的な態度の数人に王は問うた。
その数人も頷くしかなかった。名は知られてはいなかったが彼らは超新生デンジャラスベジタブルを名乗っていた。
「強くなる方法か……」
魔物と半日戦ってもせいぜいレベルが1上がる程度。
強敵や難敵と戦えばレベルは数十上がるかもしれないが、半日で倒せる可能性は限りなく低い。
かと言ってその時、ようやくランク5になったばかりのベベジーが半日でランク6にはなれない。ランク3が三人必要だった。
そう考えると選択は狭まる。
ベベジーには強くなる妙案はたったひとつしか思いつかなかった。
DLC。
それしかない。一粒でレベルが1上がる。大量にあれば短時間でレベルを100以上上げることも可能だ。
ただしそれを大量に買えるほどのお金はない。
やることはひとつ。
ベベジーと超新生デンジャラスベジタブルはニヒードを誘拐した。
誘拐されたニヒードは「誘拐したお前らにDLCは作らへん」と脅し解放を要求したが、王が現れた途端、服従した。
王はDLCの利便性を認め、ニヒードを財務大臣に、そして功労者であるベベジーを王の左腕とした。
右腕ではないのは王の傍に静かに佇む異形こそがすでに右腕として存在していたからだ。
何にせよ、王の左腕となったベベジーはこうしてパレコと対峙している。




