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tenth  作者: 大友 鎬
第10章 一時の栄光
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沁情切札編-2 転倒

2


 世界のどこかにある、と噂される獄中で男はひとり呟いた。

「いよいよ、か」

 囚人服ながら、その男には威厳があった。見ただけで跪きたくなるような威厳だ。

 足枷が常人の五倍、手枷が常人の八倍、絶対に動けないように拘束具も使用されているが、男は苦になっていない。

 男は動こうとしていなかったからだ。動こうと思えばどんな拘束だろうと意味を為さない。

 男はある気配を感じて動き出そうとしていた。

「王は吾ひとりで十分だ。吾以外に資格を得ようとするならば……動き出すまでだ。そんなに滅びたいかフォクシーネ家」

 宣言し、王たる男はあっさりと拘束を解いた。

「吾は吾。王にしてエース。エースにして王。王であるぞ」

 警報が鳴り響く。

「クイーン、ジャック、ジョーカー。主らも感じているか。吾は吾で勝手に動く。目的は同じぞ、そこでかち合おう」

 ひとりごちて王は歩き出す。牢屋の扉も意味を為していなかった。

 当然見張りはいた。

 セレオーナ・グレッセヤ、ダモン・イイダ、ケッセル・パラオティ、クレイドル・アージエ。

 レシュリーとは戦闘の技場で出会い、ヤマタノオロチでも共闘していた。

 そんなセレオーナたちも時代の潮流に乗ってランク6へと到達していた。レシュリーたちよりもディオレスたちに近い年齢の彼女たちは言わば遅咲きではあったが、その分、DLCなどを駆使してランク6へと到った冒険者たちと比べて熟練度は申し分なかった。

 セレオーナたちは五カ月に一度のサイクルで酒場に出るという極秘依頼を受けてこの監獄にいた。

 極秘依頼の内容は、ここに閉じ込められている者を見張ること。

 とはいえ平穏な日々。閉じ込められている者の気配は確かにするが、それ以外は何もない。見張りを交代しながら鍛錬に明け暮れる日々だった。

 それでいて高給な額がもらえた。こんなにもらっていいのかと思ってしまうほど、今までは何もなかった。

 それがこの日ついに崩れた。

 王はセレオーナたちを殺さず捕え、こう言った。

「ビーフ or チキン?」

 意味が分からなかった。

 察しろ、ということだろうか。

 やがて戸惑いながらもダモンが答える。

「チキン」

「他の者は?」

 随分と冷めた声だった。

「ビーフ」とセレオーナ。「チキン」とケッセル、クレイドルが続く。

「そうか……」

 結果に嘆息して王はセレオーナの拘束を解く。

勇敢なる者(ビーフ)に選択権をやる。勝てば臆病なる者(チキン)は逃がしてやろう」

 分かった、とセレオーナは言えなかった。ただただ暴君に従うように体を震わせて頷いた。

 セレオーナは拘束を解かれた今でも恐怖していた。

 一瞬でランク6の冒険者を捕えたその手腕、それが目に焼きついてきた。

 その時点でもうひとりでは勝てないと脳内に刻み込まれてしまっていた。

 もっと仲間がいればあるいは。もっと準備ができていればあるいは。

 そんな可能性さえ浮かんでいなかった。

 それでも勇気が湧いてくる。戦う気力がわいてくる。

 それは異常だった。

 目の前の王の強さに恐れおののき恐怖しているはずなのに、なぜか戦わなければ、と思ってしまった。

「うわああああああああああああ」

 本来の戦闘態勢を、踊るように戦っていた我を忘れてセレオーナは突っ走る。

 自分が倒せなければ仲間が死ぬから戦うのではない。

 なぜか戦わないといけないような気がして戦ってしまっている。

 王に向かっていくほど、その“なぜ”、がなぜか氷解していく。

 なぜか戦わないといけないという疑念はいつの間にかなくなり、戦わないといけないという信念に変わっていた。

 衝突。

 勝敗は一瞬。セレオーナの持つ攻防一体の剣先盾槍〔煌きコンドゥル〕ごと、王はぶった切っていた。

 セレオーナの持つ剣先盾槍は高硬度を持つジェラルミン鉱石で作製されたユグドラ・シィルの鍛冶屋自慢の一品だった。

 セレオーナの窮地を何度も救い、絶対の信頼を置くそれごと、王は無慈悲にもぶった切ったのである。

 表情は唖然。当然即死。

 手に持つのは王剣〔災厄のジ・ワン〕であった。この世のものとは思えないほどの黒一色で作られた刃の広い剣。

 その刃にセレオーナは肩から腹までを一気に切断されていた。何度も言うが武器ごとである。

 肉塊となったセレオーナを王はしばらく見つめ……

 臆病なる者(チキン)たちへと微笑みかけ、こう告げた。

 「ビーフ or チキン?」

 それは先ほど告げられたばかりの最悪にして究極の二択。

 自分の今後の人生、いや数瞬先の未来を決める選択だった。



「しゅってんころりん。しゅっとんとん。しゅってんころりん。しゅっとんとん」

 犬猿雉の鬼門を封じる力がドッカー、モンキッキ、バードルの死亡により解けてから半年後、その鬼はとうとう封印を完全に解き、空中庭園に降り立っていた。

 喜びに歌いながら、大地を転がる。前転。もう一度前転。そしてそのまま勢いよく起き上がって、笑顔を見せる。

 しわくしゃな笑顔が不気味に見える赤鬼が大地を転がれる嬉しさをかみしめていた。

転倒(しゅってん)皇子。喜んでいるところで悪いが死んでもらう」

 トワイライトだった。偶然にも衣装は虎柄水着。赤鬼の虎皮の腰巻とお揃いの女騎士はすぐさま臨戦態勢。

 半年前ディエゴとともにエンドコンテンツに戻ったが、一か月前に再び姿を現していた。

 転倒(しゅってん)皇子を討伐することが自身の呪いを解く鍵のひとつだからだ。

 その傍には守り手であるモモッカ、ウラシーマ、キンさん。そしてクマモもいる。

 封印が解かれた際には彼らが討伐をするのが責務。同時に死んでしまったドッカーたちの弔いともなる。

 大体の封印が解かれる時期に関してはウラシーマたちが計算していた。

 トワイライトはエンドコンテンツでその情報を入手し再びこの世界へと姿を現したのだ。

 倒す準備は十全にしてきた。

 倒せるはずだった。

「跪け!」

 その言葉がなければ。

 ランク5に至ったモモッカ、それぞれランク6のウラシーマ、キンさんはともかく、ランク7でレベルもランク上限のトワイライトですら、その言葉に服従した。

 いや正確には服従するように、跪いてしまうように見えない何かがトワイライトたちの背に重くのしかかってきていた。

「これは……、もしや……」

 トワイライトには見覚えのある技能だった。固有技能。

膝不味喰(ニールテイスティング)

「おやおやまあまあ、ワテクシが見ないうちに無様な姿になりましてこと、トワイライト」

「クイーン……」

 立つこともままならないがトワイライトは顔を上げ、目の前の冒険者をにらみつける。

 一方のクイーンと呼ばれた冒険者は扇子で口を覆い隠して高らかに笑った。

 左右のドリルのような縦巻き髪につり上がった目に泣きぼくろが特徴的だ。

「どの口が言うか」

「おやおやまあまあ、相も変わらず反抗的な目ですこと。ですから破廉恥な呪いをかけられたことをお忘れ?」

「誰が忘れるものか……今もこうして苦労している」

「おやおやまあまあ、まだ恥ずかしがっているのですか。本来なら今頃ワテクシに感謝するほどの露出狂になっているはずですことに」

「誰がそんなものに」

 声を荒げて言った。この呪いに慣れて、適応することこそトワイライトにとっては恥ずべきことだった。

「まあまあ、そんなこと今のワテクシにとっては些事。今必要なのは従順な魔物(ペット)ですのよ」

「お前、まさか……そんなことはさせない!!」

「させない? おやおやまあまあ、そんなことできないくせに。【膝不味喰(ニールテイスティング)】も打ち破れない時点でワテクシには到底及ばないのですのよ。だから呪いなんてものをかけられるのですのよ」

 言い放って、動けないトワイライトたちをよそにクイーンは転倒童子のもとへと近寄っていく。

「しゅってんころりん。なんじゃねん、貴様は。ワレに近寄るな。ほうれ、転倒じゃあ!」

「効きませんわ」

 クイーンは物ともせず一言。

「どういうこっじゃ。ワレが転べと言うたら転ぶはずじゃあ。ほうれ、転倒じゃ、しゅってんころりん!」

「跪け!」

 クイーンはうすら笑って一言。

「ぐううう」

 トワイライトたちと同じく土下座するように地面にひれ伏した転倒(しゅってん)皇子をクイーンはうすら笑った。

「主はワテクシのものになるのですのよ。ワテクシのために生きてワテクシのために死になさい」

 言ってクイーンは【収納】より取り出したる大きな金鎚で転倒童子の背中を優しくひと打ち。その鎚のまがまがしい色合いから魔剣なら魔鎚だと判断できた。

「はうん」

 弱い電撃が走ったときのように、はたまた鬼らしからぬ悲鳴で転倒童子はクイーンをうっとりとした瞳で見つめていた。

「どうじゃ? ワテクシのものになるか?」

「仰せのままに」

 教鞭師クイーンの、転倒(しゅってん)皇子への懐柔が終わった瞬間だった。

 主従関係は結ばれ転倒(しゅってん)皇子はクイーンの従順な僕となってしまった。

 かつて封印することでしか退治できなかった強力な鬼が、こんなにもいともたやすく。

「おやおやまあまあ嬉しいですこと。さてさて、ワテクシはさらに封印を解いて強力な狐も手に入れてみることにしますのよ」

 ほくそ笑んで、クイーンは次にどうするか、を告げる。

 足早にクイーンがその場を去るといち早く重力の重しから解放されたのはトワイライトだった。

 ランク差、レベル差が関係しているのかもしれない。

「封印された狐……そしてここは空中庭園……」

「九尾之狐しかいないでごわす」

 キンさんが告げる。トワイライトも同じ推測だった。

「先に行く。許せ」

 重力の重しに未だ捕えられている三人と一匹を置いてトワイライトは九尾之狐が封印されている殺生石の場所に急いだ。

 注連縄の巻かれた巨大な丸石。

 それがすでに跡形もなく粉砕されていた。トワイライトが追従してくるであろうことは予測できたはず。

 短時間でそこまで粉々にして、見つからずに逃亡できたとは到底思えない。

「罠、か……!?」

 トワイライトに焦りが浮かぶ。呪いを解く鍵の一つである転倒(しゅってん)皇子を倒す機会を奪われ、そのうえで九尾之狐の封印をも解かれるのはまずいと冷静な思考を失っていた。

 クイーンが次にどうするか、を告げたのはわざと。トワイライトをあの場から引き離すための罠だったのだ。

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