激戦
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ディエゴの強みはやはり無詠唱による熟練度が異常としか思えない低階級の攻撃魔法の連打。
それを利用したい。
願望のように思案してまずはそこからどうやって利用していくかを考える。
僕の強み。それはまず〈双腕〉であること。
それによって【超合】にふたつの球を使うことができる。
〈双腕〉じゃなければ球にふたつの道具、という調合師なら誰にだってできることしかできない。
それによって生まれる新技能でディエゴを翻弄するしかない。
ディエゴも新技能を使ってくると理解しているはずだろう。
でもどんな技能を使ってくるのかは理解できない……はず。
自信が持てないのは、圧倒的な経験値の前に裏の裏、いや裏の裏の裏ぐらいを読まないといけないのだ。
アリーを見ると、何の不安も感じてない顔で僕を見つめていた。
それだけで自信が湧いてくる。
用意してきた手札に、予想外の【反射球】という切り札。
それを組合わせて光明を見出す。
「さっきから防戦一方だなあ、オイィ」
分かってる。
指摘することで僕を苛立たせる作戦だろう。
【防壁球】できっちりと防いでから【転移球】を投げる。
転移先には【弱炎】。
超高速の火炎球。狙い通り、ディエゴは転移先に魔法を放ってきた。
きっちりと獲物である僕を仕留める動き。
【弱炎】を弾いていく。
「あん?」
ディエゴがそれだけで気づく。
やはり熟練者だ。僕が防いだのでも反射したのでもなく、弾いたことに気づいた。
【反射球】で跳ね返すと威力も速度も倍になってしまうが、今回は球で弾いただけだった。
本当は速度と威力が微弱に増加しているけれど、ディエゴはそれにも気づいているのだろうか。
さらにその【弱炎】が壁にぶつかる前に出現させた球が魔法を弾き、方向を変える。
「何を企んでやがる?」
ディエゴが再度、【弱炎】を僕へと放つ。
僕を狙うか、弾かれた【弱炎】を狙うかの二択を瞬時に判断して僕へと狙いを定めている。
僕の集中が途切れれば、弾くのを止めれると判断したのだろう。
僕も【防壁球】を当てて、【弱炎】を防御。
けれど先程までは【防壁球】を両腕で生成していたけれど、今回は片腕の生成のみ、防ぎきれなかったものが、僕へと襲ってくる。
「ほら、いいのかよ。その企みも水泡に帰すぜ?」
倍速。今までのが手加減とでも言わんばかりに、魔法の豪雨が襲いかかる。
生み出せる魔法の数は当然、ひとつずつだが、魔法は生成されさえすれば、次の魔法が生み出せる。
つまり、魔法が杖から飛び出た瞬間にまた詠唱すれば魔法は生成できる。
無詠唱のディエゴはその速度を加速させたのだ。
当然、僕の処理が追いつかなくなる。
けれど、それも狙いだった。
手に生成されたどす黒い球を放り投げる。
地面にぶつかったその球は、わずかに広がりを見せ、深淵のような渦を発生される。
「はああ??」
ディエゴが理解に苦しむ。
その渦へと魔法が吸い込まれていくのだ。
吸い込むのは魔法だけで、僕が弾くために作り出した未だ滞空する球も、そして僕たちも吸い込まれたりはしていない。
次の瞬間、ディエゴの周囲の空間に小さな黒い渦が出現。【転移球】の転移先に出るものと似ていた。
「くそがっ!!」
そこから現れたのはディエゴ自身が放った魔法の群れだった。
僕が処理しきれなかった、もとい、わざと処理しなかった魔法は、全て【誘引転移球】によって場所を転移していた。
僕が名前を知らなかった敵、かつて改造をしていたヴェリナを倒した際に手に入れた装置。それを元に作った球【誘引黒球】。
それに【転移球】と魔力を回復させる精神安定剤を【超合】した球だった。精神安定剤を混ぜたことで魔力に反応し、魔法のみを誘引するように変化。さらに【転移球】を混ぜたことで、任意の位置に魔法を転移させることが可能になっていた。
だが、ディエゴもディエゴ。【加速】によって速度を上げ、超速で自分へと向かってきた魔法を処理する。
だが何発かは処理しきれない。死角部分に何箇所か転移させていたのが功を奏していた。
「厄介なんだよっ!」
魔法を撃たず、そのままディエゴは僕へと向かってくる。
手には魔導杖。
杖術技能に切り替えていた。クレインが皆に役立てるようにと共有技能化した杖による殴打術が、僕へと猛威を振るおうとしていた。
けれど。
僕は視線を上に向ける。
まだ、僕が弾いた【弱炎】は弾かれていた。
【弾用球】は一度、展開すれば使用したことになり、向かってきた魔法の軌道を逸らすことができた。
これも【超合】した新技能で【誘引転移球】の範囲外のため、吸引されていなかった。
それを【誘引転移球】に入れる。
ディエゴの目の前に転移させる。
「甘えだろ、それはよォ」
たやすく避けられる。
がそれがディエゴの避けた先にあった【弾用球】に弾かれ向きを変える。
弾かれた先にはディエゴ。
「そういう奴かっ」
それでも反転。杖の向きを変えて、僕が弾き続けた【弱炎】を叩き落とそうとしていた。
僕は同時に【戻自在球】を投げていた。
ディエゴが叩き落とそうとしていた【弱炎】に狙いを定めて、反射させる。
けれどそれは見当違いの方向へと飛んでいく。
ここで油断しないのがディエゴ。
猛威が過ぎても、去ったわけではない。【弱炎】の存在を認識しつつ、僕へと切り替えしていた。
もうひとつの【戻自在球】が反射した【弱炎】を反射する。直線的にしか反射できない【反射球】を【戻自在球】から変化させることで向きを自在にしたのだ。
ディエゴに向かってくる気配には気づいているはずだ。
【戻自在球】は両手で作ってあった。
そして今、ひとつは使い切って消えている。だからこういうこともできる。
それにディエゴは気づいているかどうか。
反射した【弱炎】に道筋を作るように【弾用球】を用意。
目まぐるしく近距離で超加速した【弱炎】が周囲を移動する。
それを警戒していることが僕にも伝わってくる。
「行くぞ!」
敢えて言う。
至近距離で僕は【豪速球】をふたつ投げる。
もう【反射球】も【弾用球】も使ってない。
それを避けたディエゴだったけれど、僕の狙いは【豪速球】による【弾用球】の破壊。
それによって軌道がずれる。
ぶつかった結果を読んでいるであろうディエゴには予想外の展開。
変えた軌道はディエゴへと向かってくる軌跡を描いていた。
下から上へ。それも途中で右へと変わり、方向転換してディエゴヘぶつかるようにしていた。
「終わりだっ!」
再度めがけて【豪速球】。
ディエゴはそれをなんと殴った。
僕が驚愕する番だった。
球威も速度も落ちて、そのまま地面へと落ちる。
手前で落ちた【豪速球】によって【弾用球】が割れる。
魔法は弾く反面、物理的に脆くしている。
結果、余裕なく方向を変えた【弱炎】がディエゴを爆撃した。
計算ずくの設定が、予想外の展開を生んだ。
それが僕の勝機だった。
読みを超える読み、ある意味で偶然を呼び込む必然性が必要だった。
ディエゴが殴るとは思わず吃驚してしまったけれど、それでもそれが偶然を呼び込んだ。
「ああああああああっ!」
鷹嘴鎚を振り上げて、全身火傷によってふらつくディエゴへと振り下ろす。
ぎぢぃん、と鈍い音。
僕の殴打を止めたのは、トワイライトさんだった。
思わず睨みつける。




