無念
13
テテポーラは後悔していた。二度目の【千却万雷】を指示したのは自分だった。
テテポーラの矢がドラゴンを捕らえ、アイダホが【千却万雷】で殺す。それが今まで強敵を倒してきた彼らの必殺だった。
その必殺がアジ・ダハーカに通用しなかった。それが無性に悔しかった。
だからテテポーラはジシリに無断でアイダホに指示を出していた。
「もう一度【千却万雷】を撃ってくれ☆」 アイダホも悔しかったのだろう。反論はしなかった。
そして二度目の必殺も失敗した。挙句、眼前には絶望が映っている。そのことにテテポーラは後悔していた。
【魔法反射穴】によって跳ね返った【千却万雷】が直撃したアイダホは即死。テテポーラよりも高い位置にいたバタとイモコも範囲内から逃れられず黒焦げになっていた。
バタとイモコが死んだ惨状からテッソ隊全員、テッソにカルボナーラとミート、オコノミも逃げることはできなかったのだろうとテテポーラは推測。
発動中だった【超遠視】でセフィロトの樹に七人の名前が刻まれるのを見てしまいまた絶望する。
挙句、【千却万雷】による必殺が失敗してなお、自分は生きていた。仲間を七人失ったにも関わらず、自分は生きていた。
しかし同時に【超遠視】は希望も見せてくれた。ジシリたちはまだ戦っている。きっと死んだ仲間の弔い合戦をしようとしてくれているのだ。
身を奮い立たせる。自分も行かなければ……テテポーラは手をつき、身体を起こす。
後悔に打ちひしがれている場合じゃない。絶望に沈んでいる場合ではない。
――しかし起きれなかった。
「ああ、ああああ……☆」
テテポーラはそこでようやく自分が動けないことに気づいた。
必死に身を捻って、自分の下半身を見る。そこに、あるべきものがなかった。
下半身が消滅していた。
それに気づいた途端、テテポーラの意識は消滅する。
テテポーラは涙を流す。仲間を悼み、そして自らを恨む、涙を。
ぐったりと倒れるテテポーラにあわせて、テテポーラ・キラリの名がセフィロトの樹へと刻まれ始めた。遥か彼方にいる仲間たちが、彼を救うことはできない。彼の仲間たちができることといえば復讐だけだった。
やがてテテポーラの名前がセフィロトの樹へと完全に刻まれ、彼はその一生を閉じた。
***
シジリが、アンドレが、カンドレ、ジジマルが、ハイムが、シンシアがロッテムが、ギギユが誰からともなく、アジ・ダハーカへと向かう。
シジリが激昂し、アンドレとカンドレは涙を流しながら吼え、ジジマルは無言。ハイムが雄叫びを上げ、シンシアが啼き、ロッテムが嘆き、獣化しているギギユの葉がざわめく。八人全てに直結する感情は怒りだった。
対してノノノとリッソムは驚いていた。自分も戦いたい、復讐したい。そんな気持ちがあった。
なのに――
アイジムが持てるすべての力を出してふたりを抱え、逃げ出していた。そのせいで復讐に燃える八人と同じようにアジ・ダハーカに向かっていくことはできなかった。
アイジムがふたりを抱えて逃げ出したのはゴッデムの指示だ。
ゴッデムは隊長であるノノノと、若いリッソムをアジ・ダハーカに殺されたくはなかった。同意見だったからこそアイジムはそれに従う。
仲間を失ったのは悔しく悲しいが、力量は見極め、退く時は退くべきだ。
シジリが引き連れてきた冒険者のなかでゴッデムは一番年長で、冷静に判断を下せた。
ゴッデムはむしろ立ち向かっていた八人の軽挙に怒りを感じていた。特に全員を引率するシジリに対しては人一倍、怒りを感じていた。こういう場合に冷静にならなくてどうする、と。
ゴッデムは八人を止めるべくひとり走り出した。
撤退したのはアイジムたちだけではない。ロイム、イッテ、ナグの三人は一目散に逃げ出していた。アイジムのような戦略的撤退ではない。恐怖に怯えた敵前逃亡だった。グランヂ隊の三人は、口先だけでろくに戦えない冒険者だが、回復や援護に回ることでそれをごまかしていた。
そんな腑抜けを統率するグランヂがいなくなれば当然彼らは逃げ出す。もっともグランヂも逃げろと言うだろうと三人は言い訳し、それを正当化して正々堂々と逃げ出していた。
そのグランヂはというとムサハ隊とトヨナカ隊と一緒にいた。
「ーたく、うちの隊員は腑抜けばーかりです」
逃げ出す三人に気づいてグランヂが笑う。それでも隊の仲間を責めない。三人が口先だけで実力がランクに見合っていないことなどとっくに知りえていた。
でもそれでいいとグランヂは思う。だからこそ、今までの竜討伐においてグランヂ隊の生存率は100%だった。誰ひとりとして死ぬことはない、それが隊の誇りだった。
「相変わらず最低な信条持ってるやつ多すぎだろ、グランヂ隊」
ムサハがぼやく。
「確かに他人の命よりも自分の命を大切に、が信条です。でもここでは俺の命が安全そうだから、他人の命を助けてやーっているのです。感謝してください」
ジゼロの回復細胞が活性化していく様を見せつけながらグランヂが自慢げに言った。
「どう見ても感謝してるだろ、見て分かれ」
ムサハが無愛想に呟く。
「ところでこれからドゥする?」
判断に迷うトヨナカがふたりの会話の合間を縫って尋ねた。
物陰に退避したトヨナカ隊、ムサハ隊は様子を見るぐらいの余裕はあった。【魔法反射穴】によって壊滅した拠点の有様も見ているのでトヨナカは魔法が封じられたことになる。
「そりゃオマエらもオレも仲間を殺されたことに当然、怒りを感じているだろ、でも復讐に走るほど理性は吹っ飛んじゃいいない。そうだろ? あれじゃジシリだって無駄死にだろ」
ムサハは冷徹に現状を見据える。ムサハはジシリと反りが合わない。だからこそ互いに文句を言いつつも何気に気が合うトヨナカとつるんで行動することが多い。
とはいえ、ジシリを邪険にはしていない。だからこそジシリと馴れ合うグランヂもムサハ達を助けてくれるのだ。しかしムサハが言うように復讐に走るなんてのは間違いだ。壊滅的打撃を受けた時点で撤退するのがベストだ。何せ、決定力たるテテポーラとアイダホを失い、決定力となりえるトヨナカも無力化された。もう打つ術はない。
「グランヂってわけじゃないが、撤退するのが吉だろ……」
厭味ったらしく言うムサハ。
「まあ、それが妥当だと思いますね。役立たずのお嬢さんもいますし」
それをものともせず逆に厭味を放つグランヂ。落ち込むのはムサハではなく、ムジカ。ムジカがきちっとジゼロの回復をしてくれればグランヂは自分の隊とともにとっくに逃げている。
しかしグランヂは同時に低ランクのムジカが【無炎壁】を覚えるために経験値のほとんどを費やしたのを知っていた。竜科の多くが使う【業炎吐息】や【灼熱息吹】は、魔法階級の高い【無炎壁】があれば、無効化できる。
だからムジカは他の魔法や癒術を覚えるよりも先に【無炎壁】を覚えたのだ。
それを知っているゆえにグランヂはジゼロを助けれるのは自分しかいないと理解していた。
自己矛盾に嫌悪してグランヂは唾を吐く。
「撤退したら他の愛好家たちにドゥ言われるのだろうな」
「はっ、バカだろ、トヨナカ。そんなの哂われるに決まってるだろ。オレ達だって蜥蜴討伐愛好家たちが逃げ帰ったとき、なんて哂った? ドラゴンよりも劣る下等生物に負けて逃げるなぞザコばっかりだと哂っただろ」
「そうだったな……」
「嘲笑を受けてもなお、生きていたほうがいいに決まってます。それともなんです? 一瞬だけの嘲笑に耐えられず死を選びます? ならちょーうどいい自殺名所があります。あそこです」
そう言いながらグランヂはアジ・ダハーカを指した。
「やめておくのが賢明だろ」
ムサハが有言で否定し、トヨナカが無言でムサハを肯定する。
「なら決まり。撤退だろ、ジゼロ、ムジカ、キャレロ」
ムサハの意見をムサハ隊を否定しなかった。トヨナカ隊も同様。
生きている、それだけで良しとしなければならない。




