情報
5.
一夜明け、今日はランク1になった冒険者を祝う祝賀祭だった。
でも僕には関係なかった。朝早く起きた僕は荷物をまとめ、身支度だけ整える。
酒場を兼ねる食堂へと顔を出すとアビルアさんが忙しなく動いていた。今日の祝賀祭には、大陸から多くの冒険者が訪れる。年に一度の祭りを楽しんだり、仲間や弟子にする冒険者を探したりするためだ。
まだ船は到着してないが、到着した途端、部屋は満室になり、食堂に人が溢れかえる。なんだかんだで冒険者の故郷である原点回帰の島で何年間も営業しているこの店が懐かしいのだろう。
忙しなく働くアビルアさんも僕に気づく。
「どうしたんだい。荷物まとめて。今日は祭りだろ? まさか今日旅立つ気かい?」
「そうです。一応同期の人とはニ年も遅れているんで」
「それは建前だね。一刻も早くアリーに会いたいんだろう?」
「……ばれてましたか」
「ああ、ばればれだよ。そうだ、ちょっと待っていな」
アビルアさんは何かを思い出したかのように、カウンターの後ろ、自分の部屋へと入っていく。
「これ持って行きな」
僕が渡されたのは、1000イェン紙幣の束。大陸で使えるお金だった。
「こんなに良いんですか?」
「良いも何も、これはあんたへの分け前さ」
ウインクするアビルアさん。昨日の賭けはアビルアさんのひとり勝ちで、僕の渡した額もあってか、島一の金持ちになってしまったらしかった。
きっと昨日の夜、僕に話しかけようとしていたのはこれを渡すためだろう。
僕は札束を鞄に入れ、外に出る。
誰かが攻撃魔法階級1【火花】を打ち上げた。4つの魔力の配合によって色を変える色彩巧みなその花火がお祭りの開始だった。
人々の流れも主要会場である広場へと向かっていく。僕はその流れに逆らうように、ひとり港へと向かう。見送って欲しい人には挨拶は済ましたし、アルたちは一時的に仲間だっただけだ。無駄な挨拶をする必要などないだろう。
港に着くとそこにはたくさんの冒険者がいた。人目につきたくなかったので、物陰に隠れる。
「さて、私という天才の弟に会いに行きますか!」
どこかで聞いたセリフだった。
「ラッテが張り切ったところで意味はないよー。どうせ今度から一緒に旅をするんだから」
「そうですよー」
ラッテと呼ばれた屈強な女魔聖剣士と傍らにいる顔が瓜二つの魔道士と双魔士が制止する。
「パパンにポポン、こういうのは気分なのよ。冷静的的確に指摘しても無意味なのよ」
「ハイハイ、天才の思考は分かりませんよー」
「ついでに言うと嗜好も分かりませんよー!」
パパンとポポンと呼ばれたふたりが、呆れたように言う。
そんな三人をどこかで見たように思える。たぶん、名前も似てるしテッラとかの親族だろう。
僕は港にいた冒険者がいなくなったのを見計らって、船に向かう。
「おや、祭りを楽しんではいかれないのですかな?」
船で乗船券を確認しようとした老船員が、僕の見せたランク1の証明書を見て、そう言った。
「うん。急ぎの用があるから」
「ま、詮索は致しません。どうぞお乗りください」
言われ、僕は船に乗り込む。
「あんた、祭りを楽しまないのかよ?」
直後、乗客のひとりが僕に話しかけてくる。
「あなたも人のこと言えない気が……」
「おれはアレだよ、アレ。新人の情報を持って帰って記事にするのが役目なのさ」
「だとしたら今日って結構重要じゃないですか?」
「それはアレだ。他の奴らが熟練冒険者の新人勧誘の情報を集め、大陸の港で待機するおれが詳細情報とともに本部に情報を送る。なぜそんなことをするのかってーと、島から海を跨いで大陸の港にまで情報を送ることは可能だが、その港から本部に情報を送るには誰かが大陸にいる必要がある。他の集配社はアレよ、今日一日で取材して、明日の朝一に港に到着、即刻情報流してその日の新聞に記事を載せるんだが、うちは他のアレとは違ってだな、おれが間に入ることで今日の夜には記事が書けるからどこよりも早く印刷が完了し、朝一に配れるんだよ。ちなみにこれ、企業秘密な」
「……なるほど」
通称、集配社――正式名称、情報収集配信社は冒険者たちの情報を集め、紙媒体で情報を報せる集団のことで、いくつかの派閥があると聞いたことがある。
僕に話しかけてきたこの人は集配社の一員なんだろう。
そう納得しながらも、相手の素性と口の軽さに警戒を強めた。
「であんたはアレだ。なんで祭りに参加しないんだよ」
「賑やかなのは嫌いなんですよ」
「そうかい。まあアレだな、ひとそれぞれだよな。ところであんた、アレは? 職業は?」
「盗士です」
僕は嘘を吐く。これもアリーからの提案だ。集配社の人に洗いざらい話すわけにもいかない。さらに思い込ませるために、密かに買っておいた短刀を見せる。
「おお、β時代第十一期シリーズのNo.2457600、短刀〔嘘吐きテアラーゼ〕か。なかなか良いの持ってるな」
「見ただけで分かるんですね。しかもナンバーまで」
武器にはかつての冒険者の名前が刻まれている。β時代第11期というのはテアラーゼという冒険者がが活躍した時代、そしてNo.は今までに死んだ冒険者の数だ。
つまりテアラーゼはβ時代第11期、2457600番目の死者ということを示していた。
「ああ、だいたいはな。昔の趣味と、あとアレだ、職業病。ところでよ、あんたもアレだろ、一応新人なんだろ? おれから情報を買わないか?」
「何の情報ですか?」
「アレだよ、いろいろだよ」
「いや、いいです」
僕はいい加減話すのに飽きてその場を離れようとした。
「待て待て。じゃあアレだ、[十本指]の情報はどうだ。安くしておくぜ?」
「お金取るならいらないですよ」
「アレだよ、アレ。知ってて損はないぜ? 買うなら今。激安特価だぜ?」
「いや、いいです」
「あー、話してー。話してーな」
「だったら話せばいいじゃないですか?」
「だったら買えよ」
「いらないです」
「マジかよ、アレだな。ここまで商売上手な新人は見たことないぜ。よっしゃ特別に無料と書いてタダで教えてやる」
「あー、そうですか。なら聞いてあげます」
僕はとりあえずそこに留まりその人の話に耳を傾けた。
「まず[十本指]ってのは、今大陸で活躍する熟練冒険者十人のことだ。で今一番強いとされているのがアレだ、一本指。次が二本指って感じに下がっていく。イルーキが居た時代はアレだ、それこそランク6どもがそこそこ活躍する時代だったが大虐殺のせいで今じゃアレだ、ランク5がほとんどだ。
じゃ一番下の十本指から説明してくぜ。十本指は束縛王子キムナル・ラディージュ、こいつは人操士で一時期は監禁王子って言われていて部屋に女を監禁していたが、今は女に首輪をつけて見世物のように連れ回しているんだ。だから今は束縛王子って呼ばれている。
で九本指が隷姫ヴィクトーリア・リネス・アズナリ・ゴーウェン・ヴィスカット。理由は知らんが十本指の束縛王子に首輪をつけられ従わされている。彼女だけがランク4だな。癒剣士で束縛王子の補佐が卓越している」
十本指のキムナルって人は危なすぎるのに、なんで〔十本指〕ってのに選ばれているんだろう? 疑問に思ったけど目の前の、名前も知らないアレな集配社員は悦に浸って話し続け、何も聞けずにいた。
「八本指が正義超人ユーゴリック・ジャスティネス。自らを強化する狂戦士で大抵ひとりで何でもこなす。犯罪者を問答無用に叩き潰すからアレだ、犯罪者には恐怖の対象だ。七本指が毒師ブラッジーニ・ガルベー。こいつは召喚士で今や貴重なアレ、ええと【封獣結晶】、魔物を封じ込めた菱形の球のことな、それをアレだ、六つも持ってやがる。通称が示すとおり、その六つの魔物全てが毒を持っていたりする。そいつらを使って比較的巨大な魔物をひとりで倒したりする。六本指が竜殺しソレイル・ソレイル。名字も名前も同じって変わったやつだ。アレだ、名の通り小型竜ならひとりで屠る。ここらへんは犯罪者や魔物退治で有名だから知ってる奴らも多い」
確かに僕も八本指から六本指の名前は耳にしたことがある。
「五本指がアレだ、速達者ブラギオ・ザウザス。おれの集配社の社長だな。この人だけが唯一ランク6だ。忍士でよ、この人はアレだ、なんていうか、すげぇんだ。やばすぎるんだ、いろいろとな」
やばいとかすげえとかで表現されてもよく分からない。
「で本命はここから。四本指が黒の伝導師パパン・ポパム。三本指が白の伝導師ポポン・ポパム。二本指が天才ラッテ・ラッテラ。この三人はアレだな、いっつもパーティを組んでいて、実質三人で戦えば一本指よりも強いだろうな」
ラッテって言えばさっき見かけた人か。仲間のことをポポンとパパンって言ってから間違いないのだろう。
「一本指が元改造者ディオレス・クライコス・アコンハイム。昔は改造者だったくせにアレだ、何かあったのか更生して今は改造者や改造屋討伐の第一人者。ほとんどの改造者がこいつに殺されている。その功績もあって一本指指定さ」
改造者っていうのは腕を四本にしたり、目を三つにしたりなどなどいわば人体の改造を行なっている冒険者のこと。その改造を行なうのが改造屋だ。
「まあこの[十本指]もアレよ、おれら集配社が勝手に作ったものだけどな」
仮に集配社が勝手に作ったものだとしても、それがそのまま使われていることを見ると、その評価はまんざら嘘ではないということだろう。
会話が途切れるとともに汽笛の音が聞こえた。短い船の旅はもう終わりそうだった。
「ちょうど良く終わったらしいな。大陸を満喫しろよ。新人! そうそう特別にこの大陸で迷ったときの格言を教えてやる。利き手に従え、だ」
手を振り、男は先に去っていく。そういえば名前を知らない。でもまあ僕も名乗ってないからいいや。
僕も船を降り、周りを見る。
で……どこに行けばいいんだろ?
さっそく迷った僕は利き手に従い、左に向かうことにした。
***
集配員ヴェーグル・レジデトは船から降りると右方にある酒場の椅子に腰を下ろした。
先程の新人に左方にある大草原はランク1の新人が近づくべきではないことを教えるのを忘れていたことに気づいたが、それでも格言に従えば右に進むだろうし、大陸に知り合いがいると言っていたからおそらく迎えが来るのだから大丈夫だろうと思い直した。
ヴェーグルはレシュリーの利き手が左手だということを思いもしていなかった。
さらに仲間から集配社専用技能【電波】による連絡が入ったので名前の知らぬ新人のことはすぐに忘れてしまった。
『おれだ。予定より、3分20秒遅かったがアレか? どうかしたのか?』
『そうよ。私ら集配社にとっては祭り以上の騒ぎだわ』
『何があった?』
『……今年の最速試練合格者は今年度の冒険者じゃないみたいなの。しかも新記録をたたき出したわ』
『誰なんだ?』
『レシュリー・ライヴ。ニ年前に唯一試練に落ちた子よ』
『落第者か。そいつのせいでアレだ、投球士が激減したんだよなー、確か。でそいつがマジで今年の最速?』
『ええ。でこっちとしても情報がないから捜索してたんだけど……』
『どうした? もしかしてアレか?』
『見つからないのよ』
『既に……大陸……ってことか?』
そこまで言ってヴェーグルは気づく。
『っておれとしたことがっ!』
『どうしたのよ?』
『おれは今年合格したっていう新人と船の中で出会っている』
『名前は聞いたの?』
『聞いてない。しかもあいつ盗士だって言って短刀〔嘘吐きテアラーゼ〕を見せてきたんだぞっ!』
『きちんと装備していたか【分析】で確認した?』
『……してねぇ。疑うのはアレだ、おれの信条じゃないし』
『……あのねぇ。確認は集配員の基本中の基本でしょ。まあいいわ。ともかくあなたはその子を追って。高確率でその子がレシュリーよ』
『一応追ってみるがアレだ、望みは薄いぞ』
『……私もすぐに大陸に渡るから、それまで待っていて。ああ、あと私が入手した情報もいつも通り【電波】で集配社に送っておいて』
『分かった。じゃおれはここで待っていればいいわけね。お前の情報をアレしたあとに』
『そういうこと』
同僚から情報を受け取ったヴェーグルはすぐさま会社へと【電波】で情報を送る。と同時に自分も今年の新人の情報を得る。
二本指ラッテの弟テッラに三本指、四本指の双子パパンとポポンの弟と妹にあたる双子のパロンとポロンが注目されていた。他にはボスゴブリンの弱点を狙わずに合格したアーネックや、莫大な魔力貯蔵量を誇るリアネット。ボスゴブリン以外の魔物を殺さずに合格を果たした隠密にはうってつけのベルベなども注目されていた。しかしやはりと言うべきか、ニ年前に唯一不合格となり、落第者となったレシュリーが今年の一番の注目株だった。
久々に現れた投球士の行く末を考えただけでヴェーグルは胸の高まりが抑えきれずにいた。同時に逃がした獲物がでかかったことも痛感していた。
『冒険者情報』――――――――――――――――――――――――――
レシュリー・ライヴ
LV70 投球士 〈双腕〉 ランク1
【装備】
練習用棒、阿呆鳥の外套、阿呆鳥の羽飾り、阿呆鳥の防護腕具、阿呆鳥の長靴
【所持】
短刀〔嘘吐きテアラーゼ〕
アーネック・ビジソワーズ
LV35 剣士〈豪傑〉 ランク1
【装備】
屠殺剣〔信義たるレベリオス〕、貝殻の鎧、貝殻の兜、貝殻の小手、貝殻の靴
アルフォード・ジネン
LV37 剣士 ランク1
【装備】
刀剣〔優雅なるレベリアス〕、貝殻の鎧〈更新〉、貝殻の兜、小手〈改〉、貝殻の靴
リアネット・フォクシーネ
LV31 魔法士 〈???〉 ランク1
【装備】
白銀石の樹杖〔高らかに掲げしアイトムハーレ〕、紫陽花の外衣〈進〉、紫陽花の頭巾、紫陽花の手袋、紫陽花の靴
ヴィヴィネット・クラリスカット・アズナリ・ゴーウェン・ヴィスカット
LV36 癒術士 ランク1
【装備】
鉄杖〔慈悲深くレヴィーヂ〕、白樺の白衣、紫陽花の手袋、紫陽花の靴
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