頼切
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「ひでブヒ」
顔面に叩きつけられた拳によってダイエンケンは醜く悲鳴を上げた。
【武具強奪】は武器を【収納】すれば奪われることはない。
【権利剥奪】も、技能を使用しなければ、使用不能になることはない。
強盗師の最大の弱点がそれだった。
持たざるものに対してはとことん弱い。
「怯んでんじゃねぇぞ」
皮肉に笑ってさらに顔を殴ろうとして、止める。
寸止めだった。
「ブヒヒヒィ」
ダイエンケンには恐怖。
たった一発でダイエンケンは自分が先ほどまで吐いた言葉を悔いた。
ディエゴの言った言葉の意味が理解できた。
武器を奪い、技能の使用を封じ込め、相手を無手に陥れてから、ダイエンケン自身は大爪〔虎牙団のジガガガ〕で圧倒する。
そうやって先ほど村にいた元冒険者や低ランクの冒険者を屠ってきた。
過去の英雄譚を語る、あるいは騙る元冒険者はかつての戦い方に絶対的自信がある傾向がある。
自分の功績をそうやって自慢したがるからだ。
低ランクの冒険者たちも、技能に頼りがちなうえ、熟練度を上げるために同じ技能を使いがちの傾向にある。
ダイエンケンはそんな元冒険者たちの武器を奪い、低ランク冒険者たちの技能を使用不可にする。
そうすると彼らは錯乱した。
元冒険者には諦めた理由が、低ランク冒険者には低ランクである理由が存在する。
それでもそれまでで鍛え上げた技能、愛用してきた武器があった。
それを奪われたのだから無理はない。
それ以降はダイエンケンの独壇場だった。
何もできない彼らは一方的にいたぶられて殺された。
今回はそれができない。
ゆえにダイエンケンは理解した、理解したのだ。
武器がなくても、技能が使えなくても、ここまで強い冒険者が存在することを。
強盗師の技能に闘気を帯びた攻撃は存在しない。戦闘においての強奪技能は戦闘を補助するものだ。
そもそもダイエンケンに埋め込まれた戦術は、改造によって、失敗しなくなった【武具強奪】、【権利剥奪】で無力化して、改造された腕力で蹂躙するというものだ。
その失敗しなくなった技能が通用しなければ、ダイエンケンは逆に蹂躙されるしかない。
ディエゴは敵だろうが味方だろうが、容赦なく、トワイライトは敵だからこそ容赦なく、ダイエンケンへと打撃を加えていく。
改造によって取りつけられた脂肪は打撃を抑えるためだったが、それすらも貫通するように、体へと痛みが浸透していく。
まるで闘気を纏っているようでもあった。
「ブヒヒ、ヒィイ」
必死にその打撃の嵐から逃げて、涙目でふたりを睨みつける。
ふたりは遠慮もなくダイエンケンへと距離を詰める。
「ブヒヒ、ブヒィ」
打撃で自分で死ぬには相当時間がかかる。
それまでまるで地獄のような時間をダイエンケンは過ごすことになる。
それは苦痛だった。耐えられない苦痛。
その場から逃げ出したくて、ダイエンケンは賭けに出た。
それは改造されている技能ではなかった。
ジョーカーでも改造できなかったほどの強力な技能だったからだ。
それの改造ができれば或いはダイエンケンは最強で最悪の十二支悪星になりえた。
「【生死与奪】!」
命を奪い、その生命力を自分のものとする強盗師の最凶の技能。もちろん覚えるためにはかなりの経験値を必要とする。
「!」
その技能名を耳にして一瞬ディエゴは冷や汗。
発動確率としてはかなり低い。それこそ富籤の一等賞を取るよりも低い確率だ。
確率に影響するレベルとランクは ディエゴ、トワイライトともにダイエンケンと同じ。
つまり唯一影響するのはダイエンケンの熟練度のみ。
とはいえ、この技能は改造で覚えたもののまだ一度も使ってない。
だから当然といえば当然の結果が訪れる。
不発。
限りなく成功率はゼロに近かった。
「冷や汗をかかせたことだけは褒めてやるよォ!」
ダイエンケンが目を見開く。
ディエゴはいつの間にか取り出した、自身の杖――黒金石の樹杖〔低く唸るジーガゼーゼ〕を振りかぶっていた。
そしてそれには闘気が宿っている。【直襲撃々】だった。
「いつの間にぃブヒー!」
「さっきの間に、だよ」
【生死与奪】が発動し、成否の判定が出るまでは【武具強奪】、【権利剥奪】も使えない。同時使用ができる技能もあるが、制限がある技能もある。
【生死与奪】は他の技能と併用ができない。
そんな知識は当然のようにディエゴは持ち合わせていた。
言わばそれが隙になる。
「死ねやァアアアアアアアアアアア!」
「ブヒヒイイイイイ」
避けられない、ダイエンケンはそう悟った。
瞬間、ダイエンケンの頭が破裂。
ランクの低い冒険者や元冒険者が同じ技能を使いたがる傾向がある一方で、改造者にも傾向がある。
改造されたものしか使わないという傾向が。
それに頼りきりになり、ダイエンケンは敗北した。




