強盗
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村。
住んでいる村人は少数で、名前はない。
名前のない村はこの世界には多数あって、どこどこの村、なんていうときはだいたい地名と方角で示されることが多い。
とすればそこはラセベルガの森南東部の村。
村、だった。
十数人で形成されていたその村はすでに跡形もなく消えていた。
「匂うブヒ。まだ匂うブヒ。出てこいブヒ」
その村を滅ぼした猪の皮をかぶったような男は豚鼻で周囲をクンカクンカと匂い、隠れ潜んでいる誰かへと投げかける。
――驚いた。
ジェリオ・グェリドは素直にそう感じた。
ジェリオは救済同盟のNo.2だった男だ。救済スカボンズになってからは自分で希望を出して、そういう立場から退いた。
そうして世界を駆け回り、秘密裏に情報を集めている。
ジュリオにはそれができた。
彼には才覚がある。〈薄影〉。
端的に言えば影が薄い。目立たない。
イロスエーサですらたまに忘れ、ヴァンたち、ほかの集配員たちも、その場にいないと忘れてしまうほどだ。
だから誰かに気づかれるために、きつい匂いの香水をジュリオはつけて会いに行く。
新生[十本指]そして救済スカボンズの立ち合いでは香水がついていたため、気づかれていた。
けれど今は無臭。無味無臭。
そんなきつい香水の匂いはしない。
かいたのは汗ぐらいだ。
まさか、それだけで? 推測の域は出ないが、それだけで気づいたのだとしたら、恐るべき嗅覚だった。
ジェリオは困惑とともに感嘆していた。
ヴァンに教えらえられた悪の秘密組織ジョーカーの、隠れ家。
そこにあった資料に照らし合わせると、おそらく目の前の猪男はダイエンケンで間違いないだろう。
空中庭園の方角に照らし合わせた守護者をモチーフにした、十二人の改造人間。
その資料を早急に本拠地へと持ち帰ろうとした矢先の遭遇だった。
ついていない、とジェリオは素直に思った。嗅覚が鋭くては影が薄くても意味がない。
気づかれにくいとは言っても〈薄影〉は視覚的に、というのが前提にある。
「オデを怒らせるなブヒ。そこのオマエ、オマエだブヒ」
木陰からちらりと視線を送ると、やはりこちらを見ていく。
出ていくしかない、唾をのんで覚悟を決めたジュリオだったが、
「てめぇは出てかなくていい」
後ろからそんな声が聞こえた。
「そうだな。見たところ、集配員だろう。ここは私たちに任せてくれ」
振り向くとガラの悪い男と、露出の多い女性に――……
三人ともデータにない冒険者だ――集配員の癖で観察していると不意に意識が途切れる。
「気絶させる必要があったのか?」
「余計なデータ取られンのも癪だろ」
ジェリオを気絶させたディエゴは傍らのトワイライトに話しかける。
「まあ、そうだが……」
トワイライトはいわゆる防水着鎧と呼ばれる、防水着の肩と腰に装甲がついたぐらいしかない露出の高い衣装になっていた。
「僕も戦ったほう(?)がいいです(?)」
ジェリオを介抱するデュレイソルが尋ねる。
「いや、ふたりで十分だろォ」
言ってディエゴは姿を現す。
「オマエ、誰だブヒ? 匂いが入り混じったと思ったら、なんだかとっても美味しそうな匂いブヒ」
「だとよ、トワイライト。お前の匂いでよだれが垂れてるみたいぞ」
「私はそんな匂いはしない」
「だとよ、ブタ」
通訳のように、ディエゴは目の前の猪頭の男へと告げる。
「美味しそうなのはオマエブヒィ!!」
「お断りだろォ」
たわいのない話から一転、ディエゴの不意打つ【直襲撃々】。
容赦なく頭へと叩き落される。
完全なる不意打ちで守ることもできなかったダイエンケンは死んだ。
寸前まで、ディエゴはそう思った。
けれどぶつかる寸前、ほんの寸前、刹那の時間、
【直襲撃々】によって発生していた闘気が消える。
同時にピタリとディエゴは杖を止めた。
闘気が消えたせいでただの杖の殴打になっていた。
であれば魔道杖は殴打向きではなく、もし直撃させていたら、武器を破損していたに違いない。
危機回避のようにディエゴは停止。
「強盗師か、てめぇ」
「やはり世界各地で暴れまわっている十二支悪星のひとりだと見て問題ないようだね」
「であれば改造されてんだよな、面倒臭ェ!」




