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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
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糸口

114


「どういうことよ?」

 アリーが再度問いただすなか、僕はそれの動向をじっと見つめる。

 ピクリ、とわずかに動いた気がした。

 いや確かに動いた。

 それはまだ生きていた。

 僕は【回復球】を作り出していた。

「何をするの? あの蠅に投げるつもり? あれはユーゴック・ジャスティネスじゃないのよ?」

「違うよ。バエル・ゼブブに投げるわけじゃない」

 確かに弱点がないユーゴックには回復細胞の暴走という手段で勝利したけれど、バエル・ゼブブの無敵は、ユーゴックとは違う手法だ。だとしたらその手は通じない。

 もちろん、アリーだって分かってる。けれどアリーはなぜ僕が【回復球】を使うのか、そして誰に使うのか分かっていないのだ。

「あれに投げるんだ」

 僕が投げた先にはそれがいた。

「ハエトリグサ!? そっか……蠅にはその天敵を当てるのね?」

「うん。微妙に動いているからまだ生きているはず。そもそも僕たちは勘違いしていたんだ」

 僕は立てた推測を告げる。

「バエル・ゼブブはこの部屋の仕掛けでしかない。あくまでこの試練――封印の肉林はハエトリグサなんだ。レジーグたちもここのボスはハエトリグサだって知っていた。それはなぜか?」

「もう既に公開されているからよね」

「そう。それを僕たちは勘違いしてた。というより世界改変で今までの部屋の仕掛けが変わっていたからボスが変わっていてもおかしくないと思ってしまったんだ」

「あくまでもボスはハエトリグサ。バエル・ゼブブは世界改変でこの部屋に出現したのだとしても、仕掛けとしての蠅、もしくは虫の魔物は存在していたのね」

「うん。だからハエトリグサを元気にすればその仕掛けは消失する。そしてそれからが本番だ」

 いうやいなや、コジロウが引きつけていたバエル・ゼブブが僕へと向かってくる。

 明らかに違う行動だ。今までのバエル・ゼブブは攻撃してきた対象を狙ってきていた。

 それが突如、攻撃していない僕へと敵意を向ける。回復できる対象を狙うようにできているのかもしれない。

「アリー、僕が囮になる。これをハエトリグサに」

 僕は【収納】にしまっていた道具をアリーに渡す。

「任せて」

 アリーがハエトリグサに疾走。何を渡したのかバエル・ゼブブはわかっていないのか僕へと俄然向かってくる。

【転移球】で転移しながら【回復球】を投げ続ける。回復量は微量。癒術に当分及ばずどのくらいの量が必要か分からなかった。

 けれどそんなのは関係ない。

 僕は囮だ。本命はアリー。アリーが何をするか、気づけない時点でバエル・ゼブブの運命は決まったようなものだった。

 アリーが僕の手渡した強回復錠剤をハエトリグサに使う。

 癒術士系複合職がいないために買い込んでおいた回復道具が意外な役割を果たしていた。

 ハエトリグサが元気になるまで、アリーは強回復剤を使い続ける。

 やがてハエトリグサがピンとそそり立つ。まだ傷はあるが、動き回れる程度にはなっているようだった。

「ようやく元気になった?」

 アリーがハエトリグサに問いかけると同意するように

「ソォオオダネエエエエエエエエエエエエエ」

 と雄たけびをあげバエル・ゼブブに襲いかかる。

 当然、バエル・ゼブブは逃げ出した。それをハエトリグサは追いかける。根は地面に張ったままなのに茎をくねくねと自在に動かして、バエル・ゼブブを逃がさない。

 病み上がりだとは思えない速度。食べるという欲求が勝っているのかなんなのか。

 一方で次の戦いために栄養を補給しようとしているようにも見える。

 捕食時間(もぐもぐタイム)。シッタやゲシュタルト、最悪でもアクジロウならそんなことを言いそうだ。

「ソォ、ソォ、ソダ」

 追従を始めた直前からハエトリグサの呼吸は荒くなり、涎が垂れていた。


 やがて――


 パクン。


 とうとう追いついたハエトリグサはバエル・ゼブブを呆気なく、実に呆気なく、食べた。

 高速で移動していたバエル・ゼブブをボーっと生きてんじゃねーよ! と叱咤するかのように超高速で処理していた。

 捕食行動によってハエトリグサの傷が一気に癒える。

「ソォ、ソォ、ソダ、ソォオオダネェエエエエ」

 今度は僕たちに向けて雄たけび。

 猛々しく草を生やしたハエトリグサが映える蠅の王を駆逐して準備は万端。

 ようやくここからが本番。

 本当の戦いだった。

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