死歿
111
「「「殺してくれ」」」
と三人は三様に言った。蹲るのをやめて、悲しみに明け暮れながら。
犬、猿、雉、それぞれの顔に変貌していた顔は素顔に戻っていた。
ドッカーに、モンキッキに、そしてバードルに戻っていた。
改造された後、元となった人格の冒険者の人格は消えるはずだった。実際には消えていた。
けれどロイドの歌が、心に響いて、心のどこかに残っていた残滓が共鳴して、三人を呼び起こしていた。
「どうして、どうしてそんなことを言うんだよ」
モモッカは叫ばずにはいられない。
「キミたちは元に戻った。ロイドの歌を聴いて、今こうして元に戻っているじゃない!」
「それももうすぐ終わるよ、モモッカ」
「それがなんとなくわかるんだ」
「だから今のうちに、ありのままでいられるうちに殺してほしい」
それが三人懇願だった。
「イヤだ」
即答だった。
「ロイドの歌で元に戻ったんなら、まだ方法をある。簡単に殺してなんて言わないでよ」
モモッカにとって、三人は簡単に切り捨てれられる存在ではなかった。親の仇でも試練のボスでもない。かけがえのない仲間なのだ。
「時間がない」「モモッカ」「早く」
それはモモッカにとってまるで呪詛のようだった。
「その意味を分かっているでごわすか」
「そうでありまする」
キンさんとジョンがお供の三人に問う。三人の死は封印が解かれることを意味していた。
「分かってる」「迷惑をかける」「仕方がないんだ」
三様の答えは皆一緒。封印が解かれてもなお、死を望んでいた。
「どうして、どうしてこんなことに」
「クリアウィング。あの魔物を倒しに行ったときの数日間、記憶がない」
「そうそう。クリアウィングに苦戦していたらドゥドドゥ・ジョーカーという人に出会って……」
「気づいたらクリアウィングを倒していた。でも、あれ? どうやって倒したんだっけ?」
「だからたぶん、その時だ。その時、改造されたんだ」
「モモッカから離れるべきじゃなかった。そのせいでこんな体になった」
もはや誰の記憶を誰が喋っているのか分からない。まるで三人の記憶が共有されているかのようだった。
モモッカは泣いていた。
ヤマタノオロチの雷の首、その首を討ちとらんと、バードルにクリアウィングに獣化できるように課したのはモモッカだった。
その課題がなければ改造されなかったかもしれない。しかしその課題がなければ、空中庭園の平和はなかったのだろう。
三人はモモッカに頼らず課題をこなそうとした、それも悪かったのかもしれない。
その時点で、モモッカには仲間を犠牲にするか世界を犠牲にするかの選択肢が人知れず生まれてしまっていたわけだ。
そして強敵の戦いや空中庭園の平和という使命感に燃えた結果、選択肢は勝手に仲間の犠牲へと傾いていた。
悲劇的な因果だった。
どこから悲劇は始まったのか、わかりはしない。
クリアウィングを必要としなければ、きっと悲劇は始まらなかったのかもしれない。
必要としていても、三人にもっと力があればもしくはモモッカに頼って四人で行動していればジョーカーが目をつけなかったのかもしれない。
そもそもクリアウィングは必須だったのか。他の魔物で妥協できたのではなかったのか。
あらゆる後悔が、悔恨がモモッカを埋め尽くす。
ヤマタノオロチ以降、知名度は上がった。雷の首(実際には尻尾)を担当した冒険者たちとして。
けれど、その時にはすでに三人の仲間を失ってしまっていたのだ。
「さあ」「早く」「殺してくれよ」「「「モモッカ」」」
三人も泣いていた。
三人の顔が再び、犬、猿、雉へと変貌を遂げ始める。
それは終わりの合図だった。
奇跡の終わりの合図。歌によって心にあった本人の残滓が燃え尽きた証左。
「バウバウ!!」
「キッキー!!」
「ケケン!!」
と三様に吼える。ドッカー、モンキッキ、バードルの残滓は完全に消え、ジョーカーによって植え付けられた人格が完全に支配を始めた瞬間だった。
「モモッカが止めるでごわす」
キンさんが言った。
モモッカはドッカー、モンキッキ、バードルをお供にして旅をしていた。
けれど実のところ三人が死んでしまったとき、封印から解けた鬼を退治する役割も担っていた。
今と同じ言葉をかつて投げかけられたとき、三人のために鬼を止めれると素直に頷けた。
今は頷けなかった。お供の三人を殺すなんて想像もしてなかった。
「いやだ」
「ひとりじゃない」
「いくらでも助けるでありまするよ」
「それでも、いやだ」
そんななか、音が響く。
ロイドだ。
「僕は、争ってほしくはない。愛だの夢だの歌で語るのは、そうなってほしいからだ。騙りなどなく驕りなどでもなく、願いを乗せて僕らは歌う。けれどそれでも争うであれば、僕らも祈りを込めて歌うしかない。勝者も敗者も後悔がないように。勝者には尊き未来が、敗者は幸せな眠りがあることを願って」
その歌は効果覿面だった。
まずは犬猿雉の心を抉る。残滓が消えてもなお残る不燃のような元人格を奮いたたせて、ただ植え付けただけの今の人格を剥ぎ取らんと言わんばかりに動き出そうとしていた三人の動きを再度封じる。蹲りはしないものの頭を抱え、内なる人格と格闘しているようにも見える。
「ありがとう」
ロイドにお礼を告げて、モモッカは三人のもとに向かう。
モモッカにも影響があった。
相も変わらず号泣するモモッカだったが、モモッカの胸中に飛来したの三人との思い出だった。
いい思い出ばかりで悪い思い出なんてひとつもなかった。
喧嘩したことだっていい思い出になっていた。
思い出がモモッカを突き動かす。
本当は殺したくなんてなかった。
けれど三人の願いを叶えるために、身体を無理やりにでも動かしていく。
大いなる犠牲を払って、改造者から元改造者へとなったディオレス・クライコス・アコンハイムはかつてこう言った。
改造者を救うには殺すしかない。
モモッカはその言葉を風の噂で聞いたことがある。モモッカはまさにそれをしようとしていた。
躊躇いは、ある。当然だ。
「ありがとう」
今度はロイドではなく、目の前の犬猿雉へとお礼を告げる。
ロイドの歌はジョーの激しく躍るような、昂ぶるような音楽とは違う。
正反対とも言い難いが、激しさのなかに優しさが、情熱さのなかに冷静さが含まれているような、一概には断言できないものがあった。
複雑な感情に突き動かされてモモッカは剣を振るった。
【強炎】の宿りし魔充剣が深々とまずはトンタンの胸を貫く。次はエンモ、最後はサクガク。
貫かれた個所を中心に炎が包囲し、三人を焼き焦がしていく。
驚くべきことにそうなってもなお、三人は抵抗という抵抗を見せなかった。
やがて消失。
三人揃えばいかなる攻撃ですらも防げた三人はあまりにも呆気なく死んだ。
「うわあああああああああああああん、うわああああああああああん」
モモッカの鳴き声だけが虚空に響いた。いつの間にかロイドは消えており、音も鳴り止んでいる。
ディオレス・クライコス・アコンハイムはかつてこう言った。
改造者を救うには殺すしかない。
その言葉は裏を返せば、こうだ。
改造者を殺すことで彼らを救ったと思うしかない。そうしなければ苦渋の決断で殺した冒険者たちが報われない。
ディオレスの言葉の真意に気づけるものは少ないが、それでも改造された仲間を殺したモモッカは、ディオレスの言葉があるおかげで少なくとも、救った、と思い込むことができる。
それが今のモモッカには少なくとも救いではあった。




