吟遊
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繰り出されたその一手がサクガクに到達するよりも早く、ぐるんと三人はずれるように回る。
アルの正面にはトンタン。
トンタンの位置にエンモが、エンモの位置にサクガクが移動。
「【猿木落下】」
トンタンが手を掲げて言う。
手のひらに【新月流“追撃の太刀”・壊軌日蝕】が衝突。
切れた感触のない、鈍い感触。そのまま進むことなく何かに阻まれている。
そのまま【新月流“追撃の太刀”・壊軌日蝕】が効力を失う。
闘気が徐々に失われていくなか、【新月流“追撃の太刀”・壊軌日蝕】発動後に使用できるもう一手。
【新月流“追撃の太刀 弐式”・金剛輪環】が発動。
今度は上からではなく横から。トンタンの掲げる手の位置は変わらない。
けれど、また阻まれた。
【硬絶壁】に阻まれた感じとは違う。何とも言えない感覚。
アルは一度後退。
後退に合わせてジョンが自走式爆裂人形(人並丈)――OH!GOEMONを起動。
大声を発するように、奇怪な音を大音量で鳴らし、地面を爆走。
が、
「【犬歩当棒】!」
またぐるりと回り、今度はエンモが正面。手を掲げると、その前に展開された障壁か何かがOH!GOEMONの自爆を防ぐ。
「「「無ー傷、無―傷!!」」」
必死の攻撃をすべて受け止めて、三人が笑うようにアルたちを見ていた。
【雉鳴不射】【猿木落下】【犬歩当棒】。
おそらくそれぞれが魔法や技能を無効化する効果を持っている、とこの時点でアルたちは推測していた。
個々が強く、まとめて倒そうとすれば三つの似て異なる技能で無効化される。
「打つ手なしなのか……」
「三人揃わなければ使えなさそうですが……」
「あの防御方法を取らせない方法なんてあるの?」
「無理やりでも三人を引き離すでごわすか?」
「けど、それは確実に難しいでありまする」
「連携前提で動いてますからね、合流を優先する可能性もあります」
絶対的な防御技能に心が挫けそうになる。
突如ーー
それは突如だった。
奮い立たせるかのように音が響いた。
その音は恐慌を押さえ、力を増やす【声援】ではなかった。
その音は恐怖耐性を付与する癒術【闘争心】でもなかった。
犬猿雉と、それに対峙する冒険者たちに割って入るように、ひとりの男は曲を紡いでいた。
長い鍔の羽つき帽子に、庶民が着るような決して冒険向きではない長袖の布服。それでも優雅さを損ねない長髪の男はその戦いを恨むでも憎むでもなく、見守るでもなくただ曲に身を任せるように音を紡いでいた。
決して喋らず、喋ることさえもが害と言わんばかりに。
その音は柔らかな、けれど厳かな音。
男が手に持つのはムジカの協力によって籤屋から取り返した至上の一品。
星岩の螺旋巻杖〔情熱の吟雄ジョー〕
親類に渡されたそれは、より良く使ってもらえるだろうとこの男へと渡されていた。
されどこの男は冒険者ではない。
男が弾いても、音を奏でてもそれは音でしかない。
それが祝詞となり魔法と変貌し、敵を襲わない、味方を救わない。
けれど男が紡ぐ音は、敵味方問わず、響いていた。
心に。
犬猿雉の頭を抑え、蹲る。
それからしばらくして音が止まるが、未だにその影響下にあるのか犬猿雉は動けない。
「ヤアヤア。勇ましき冒険者の諸君。初めまして」
「あなたは?」
目的が分からずアルは訝しんでしまう。戦闘中だからなおさらだった。
「僕は、ロイド。ロイド・ハーメルン。恥ずかしきかな、これでもジョーの師匠にあたる人物だよ。ジョーの遺品の形見分けでね、断り切れず、星岩の螺旋巻杖〔情熱の吟雄ジョー〕を受け取った帰り道。キミたちが戦っているのを見かけてね」
「それで手助けでごわすか?」
「冗談。僕は戦いが嫌いでね。楽しく暮らしたいじゃあないか。それで邪魔……というか、何かできたらなって思って」
「それで歌を?」
「歌っていうほど歌詞はなく、曲っていうほど整ってはいないけれど、僕はこれでも道化師で吟遊詩師だからさ」
「本当にただの歌なの?」
蹲る犬猿雉を見て、モモッカは問う。
「ただの歌じゃあない。心の響く歌だ。とはいえ、あんなに感動されている様子は始めてだけどね、吟遊詩師冥利につきるね」
「あれは感動しているのか?」
蹲る三人を見て感動するロイドにアルは呆れてしまう。
曲はすでに止まり話に興じている間にも三人の蹲ったまま。
けれど曲の影響下が途切れ始めた頃、三人に変化が起きる。




