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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
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癒手

100


 ふと周囲を見渡して気づく。確かめるようにもう一度見渡す。

 やっぱりそうだ。

「どうしたの?」

「出口がまだ作られてない」

 四の部屋に出口はなかった。僕はだからこそドスッギーを倒したら出口ができると思っていた。けれどドスッギーを倒したにも関わらず出口はない。作られてはいない。

「つまり……ドスッギーはまだ、生きてる?」

 アリーが炭化したドスッギーを一瞥したときにはすでに変化は起きていた。

ポコン、ポコン、ポコン、ポコン。

 何かが弾けるかのようにドスッギーの炭化した表皮にそれは現れていた。

 白い茸だった。真っ白い茸。傘が扇のような姿をしており、足の部分がドスッギーに接合していた。

 傘の部分に垂れ目がついており、魔物であることは明白だった。

「まずい!」

「まずいわよ」

 その白い茸を観察していて気づく。アリーもほぼ同時に気づいていた。

 その茸が接合しているドスッギーの表皮。そこの炭化が治癒され元のドスッギーの杉の肌に戻っていた。

 治癒技能。それしかない。同時に癒した白い茸の魔物――言うなればスギヒラタケ(杉癒茸)は治癒を行うことで先ほどまで10cmだった体躯を30cmぐらいまで成長させていた。

 ぶるるん、とわずかに震え、シュボンとスギヒラタケは接合を解除して、ドスッギーの周囲を跳ね始める。

 それ以降は治療する様子がないが、もしかしたら一定以上の傷を負うとスギヒラタケは自然発生し、ドスッギーの傷を養分として成長するのかもしれなかった。

 シュボン、シュボン、シュボンとドスッギーを治癒したスギヒラタケが次々と大地に降り立つ。

 姫を騎士が守るように治療したドスッギーをスギヒラタケは守っていた。

 アリーが阻むスギヒラタケを切断。意外とすんなりとスギヒラタケは真っ二つになった。

 アリーも斬った感触からその脆さを実感したらしく、少しあっけにとられている。

 けれどスギヒラタケの本質はそこではなかった。死にざまに胞子を散布。

 吸い込まないようにアリーが後退。

「厄介ね」

 このときのアリーの判断は正しかった。のちの研究で魔物であるスギヒラタケは植物の毒茸が持っているような特性に似た状態異常や能力低下をもたらすことが判明する。

 一部の毒茸を食べたときに起こす症状、振戦――筋肉の収縮や弛緩――に似た能力低下「攻撃力低下」や発音を阻害する症状、構音障害に似た状態異常の「沈黙」をはじめ、さらには麻痺、睡眠などといった状態異常を胞子は持っていた。

 アリーは得体のしれない胞子を【風膨】で吹き飛ばす。

 総じて滞空する胞子や花粉なら風で吹き飛ばしてしまえば簡単に対処できる。

「胞子みたいなの吐き出すから気をつけて」

 未知の魔物の攻撃を共有しながら僕も【回転戻球】で対処。

 簡単に斬れるスギヒラタケは叩かれることにも耐性がないのか、一気に弾け飛ぶ。

 死を悟った瞬間に、最後っ屁として胞子を振りまくのは忘れていない。

 極力吸い込まないように息を止め、周囲のスギヒラタケを倒しているとまとめて滞空する胞子をアリーが吹き飛ばしてくれる。

 けれど対処に時間を取られた結果、ドスッギーは立ち上がれるほどに傷を治癒されていた。

 まだ火傷の跡は見えるけれど、立ち上がり、歩けるのならば僕たちを部屋の外へと追い出そうとしてくるはずだ。

 そうすれば自分の傷はすべて癒されるのから。それはドスッギーも理解している。

 ともすれば僕たちはそれを回避すべく行動に移る必要があった。

 具体的にどうするか、は話し合わない。

 アリーならどうするか、僕には分かっている。

 阿吽の呼吸ではないけれど今まで一緒に戦ってきた経験が答えを導き出してくれる。

 ちらりとアリーが僕を一瞥して走り出す。

 アリーの進路にいるスギヒラタケを【回転戻球】で叩き潰していく。吹き出す胞子を避けながらアリーは前へ前へ。

 ドスッギーへの道筋は僕が作る。

【転移球】で運ぶのは簡単だが、わずかに分かる転移先を見切られるのだけは回避したかった。

 接近したアリーはそのまま身体を前へ。ドスッギーが進路を見切り【花粉吐息】。がそれはアリーの引掛動作(フェイント)

 身体を傾けるようにしていかにも前へ出ると見せかけて、【花粉吐息】に合わせて向きを変え、回避。勢いを殺さず跳躍。ドスッギーの顔へと肉薄する。

 ドスッギーも矢継ぎ早に吐息の姿勢。花粉を吸い込まず、もとより体内にためておいた花粉で【花粉吐息】を浴びせかけようと目論んでいるのだろう。

「アリー、上!」

 僕の叫び声でアリーがちらりと上を確認。

 そこにはスギヒラタケの姿。僕が【転移球】で放り投げていた。

 アリーは乱雑にそれを掴み、ドスッギーの口へと投げ入れる。

 副職が投球士なだけあって向きも速度も申し分ない。的確に口の中へとスギヒラタケが入っていく。

 スギヒラタケはドスッギーの口内に生えるとがった歯に当たり、負傷。

 やぶれかぶれでドスッギーの中に胞子を撒いていく。

「~~~~~~~~~~~~~~~~っ」

 声にもならない声。【花粉吐息】をしようとした瞬間にスギヒラタケをのどに詰まらせ、挙句に得たいの知れない胞子がドスッギーに何かしらの影響を与え、動きが止まる。

 それはほんの数秒にも満たない。

 けれども絶好の好機。

 一度、着地したアリーはその好機を逃さない。

 右手の魔充剣レヴェンティ。

 左手の狩猟用刀剣〔自死する最強ディオレス〕。

 そして応酬剣〔呼応するフラガラッハ〕。

 三つの剣が、闘気をまとって三方向からドスッギーの首を目指す。

 【三剣刎慄】。

 ぎりぎり、ぎりぎりぎりと、徐々に徐々に削るようにドスッギーの幹のような首へとゆっくりと食い込んでいき、途中から一気にすぱん、と切断され、ドスッギーの首が回るように地に落ちた。

 しばらくして胴体も横に倒れる。

 倒したかどうか期待は持てなかった。けれども刹那、スギヒラタケたちが全消滅。

 ドスッギーの巨躯は微動だに動かず、ただの針葉樹の倒木のように横たわっていた。

 ゴゴゴゴと壁が動くような音が聞こえ、最後の部屋、六の部屋へと続く道が出現していた。

「面倒臭い魔物だったわ」

 究極の状態異常花粉症状に、部屋の吹き飛ばしによる全回復。一度倒したと思ったら再生させるために魔物を呼び出し、その魔物自体、胞子で状態異常を巻き起こしてくる。

 ドスッギーの特徴をまとめるとそんな一文だけれど、アリーはそれを面倒臭い魔物と表現。言い得て妙だ。スギヒラタケ自体の情報がなかったのはそれが改変後に出てくる魔物だったからだろう。

 倒せたことに安堵しつつも、面倒臭さにため息が出た。

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