半端
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一度見たから挽回できる、と素直に思えなかった。
ドスッギーは僕たちが脱出したことで燃えていた巨躯が修復。
一方僕たちは状態異常の花粉症状を引きずっていた。
アリーが防塵具越しに何度かくしゃみをし、僕も防塵眼鏡をしているにも関わらず目が痒い。
花粉症状は個々人で千差万別。くしゃみをする人も入れば目が痒くなることもあるし鼻水が止まらなくなることも耳鳴りがすることもあった。それを複数併発することだってある。
唯一の救いは状態異常であること。治療すれば治るし、時間経過でも治る。
僕もアリーも対策はしたつもりだったけれど甘かった。
大量すぎた花粉の幾何かが防塵具、防塵眼鏡をかいくぐって僕たちへと襲いかかってきていた。
「くしゅん」
とアリーがもう一度くしゃみ。僕も耐えきれなくなって防塵眼鏡をはずして目を掻いた。
「つらいわね。今治療してもいいけど、手持ちにも限界があるわ。どうするの?」
花粉抑制剤の話だ。これを飲めば花粉症状は治まり、数分間は抗体が作られる。
「一旦、落ち着きたい」
それだけ言うとアリーは僕に花粉抑制剤を手渡し、自らも飲んだ。
数秒後に身体に浸透。くしゃみがぴたりと止まり目のかゆみもなくなった。
効いた感じがして、妙に心地良い。
「でどうするの?」
今度のどうするの? はドスッギーをどう対処するか、という意味だった。
「植物の魔物だけあって炎属性が弱点だとは思うけど」
「でしょうね」
アリーも同意するが一抹の不安。植物の魔物であっても素体とされている植物に耐火性があれば話は違ってくる。
とはいえ針葉樹系の樹木が燃えやすいから針葉樹の杉を素体とするドスッギーも炎が弱点であるはずだった。
「で問題は、今回みたいな押し出しの対処よ。炎を使ったから、使ってきたのかしら?」
「そんな感じがする。押し出してしまえば炎を一気に消して、しかも全快なわけだし」
「炎を使わなくても倒せそうではあるけれど、そうしてもいいけど時間がかかるわね」
「そうすると一番の懸念は時間制限だね。もしかしたらだらだら戦い続けてても押し出してくるかもしれない」
「それが一番困るわ。あっちは全快してもこっちが全快するわけじゃない。体力疲労も精神摩耗も蓄積してくる」
シッタが話を聞いていたら、こういいそうだ。ドスッギー半端ないって。
いや、むしろドスッギーに押し出された僕にそりゃないって。と呆れるかもしれない。
思わずシッタのことを考えたのはアリーだけでは心細いと思ってしまったからかもしれない。
アリーはもちろん強い。けれど僕とアリーしかいないのだ。ヤマタノオロチをはじめ、様々な戦いで多くの仲間に支えられてきたのだと痛感して、心細さを紛らわすようにこの場にはいない仲間のことを考えしまった。
けれど歯痒さもあるのは事実。アリーだけじゃなくて、コジロウがいれば、アルルカがいれば、シッタがいれば、アル、にリアンやネイレスさんがいれば。戦術の幅だけじゃなく僕の不安を解消してしてくれるはずだった。
それはそうとして少し横道にそれてしまったけれど、今までの会話は推測でしかない。そうかもしれないし、そうでもないかもしれない。
とはいえ時間制限ありだと仮定して、なのに弱点突いても追い出そうとしてくるのは、ちょっと卑怯だ。
弱点を突かず、それでも迅速に倒してみろ。それは僕たちの、地力を試されているような気がした。
「試行錯誤にも限界があるけど、もう一度試してみる?」
「だね。なんとか二、三回で答えを見つけれるといいけど。さすがに花粉症状はきつい」
「そこだけは同意するわ」
再びドスッギーのいる四の部屋へ突入。
「頼りないかもしれないけど、安心して。全力であんたを支えるから」
僕の心細さを察したのかアリーは告げる。
「大丈夫。アリーがいてくれるだけで心強いから」
照れも隠さずに僕は本心を言った。確かに心細さはある。けれど心が細くたって、アリーがいるだけでその心の強さは保たれる。決して折れることなく僕は戦える。
アリーは照れ隠しをするように加速。
そんな僕たちをあざ笑うかのように、ドスッギーは顔をケタケタと動かし、花粉を散布。同時に一息。花粉がまるで運命に導かれたかのようにこちらに向かってくる。
「荒れ狂え、レヴェンティ」
【春嵐】が導かれた運命に抗うように花粉を吹き飛ばす。
「あんたは顔を叩き潰して」
「分かった」
アリーと阿吽の呼吸で僕はドスッギーの頭へと投球。【剛速球】がぶつかると頭が後ろへ撓り、花粉をまき散らした。
微々たる成果かもしれないけれど、少しばかり凹んでいる。魔物の皮膚も様々で、ゴブリンなどの筋肉質に見えて意外と脆い身体もあれば、傷一つつかない金属質な皮膚を持つものもいる。
ドスッギーは語るべくもなく樹木。それも意外と頑強。もっとめり込むものだと思っていた。
けれど通用していないわけではない。
あとは応酬だ。僕は何度も何度も同じ場所に【剛速球】を当てていく。
アリーの注文通り頭を叩き潰すつもりだった。
叩けば叩くほど、数々の悪事が露見するように限なく花粉が散布され、花粉の霧が周囲を覆っていく。
逆効果だったかもしれない。
そんな懸念をアリーが文字通り吹き飛ばす。
宿しているのは【風膨】。
剣から外へと外へと膨張していくように風が吹いていた。
その風が花粉を部屋の外側へと追い出していく。
【風膨】を解放しない限り、内から外へと吹く風は剣を中心として吹き続ける。
アリーはその間ほかの魔法を宿せないが、花粉症状のもととなるスギ花粉、いやドスッギー花粉が近づくのを防ぐことが可能だった。
僕もアリーの傍に寄る。投球技能に風の影響はあるけれど、それは微々たるもの。それにそれも計算に入れて投げればいいだけの話だ。なにより花粉症状の影響を受けないほうが何倍も利点がある。
風も計算に入れ、僕は何度も【剛速球】でドスッギーの頭をどつく。もちろん、ドスッギーの顔が揺れ、狙いが外れることもあるが、炎を使わないせいかドスッギーは僕たちを押し出そうとはしてこない。
風による花粉の吹き飛ばし、そして花粉抑制剤の効果が持続している間は花粉症状の影響が少ない。
くしゃみも目の痛みもほぼなく、僕たちは動けている。
そのせいでドスッギーが迂闊に動けない状況になっているのかもしれなかった。
ドスッギーの最大の強みは花粉症状による行動の阻害、妨害だ。
その隙を狙って、巨躯を活かした行動に出るはずだったのだろう。その第一歩をアリーが完全に封殺している。
ドスッギーにとって今は我慢の時間。
けれど何かを虎視眈々と狙ってるような、そんな気配を感じられた。
アリーもその気配は感じ取っていた。どうみてもドスッギーがおとなしすぎる。
そうしてその瞬間は訪れた。




