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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
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花粉


97


「やっぱり防塵具(マスク)防塵眼鏡(ゴーグル)必須ね」

 飛び交う花粉を観察してアリーが呟く。

「それでも完全には防げないと言っていたけど」

「まあね。でもあるとないとでは大違いだとは思わない?」

 目に見えるほどの花粉というのは相当な量だろう。素直に同意する。

 アリーのきれいな顔が、防塵具と防塵眼鏡に覆われて見えなくなる。

 それが少し残念だけれど、僕も同じような状態だ。アリーも僕の顔が見えなくて残念だと思ってくれているのだろうか。

 何にせよ、レジーグたちの残してくれた情報に基づいてドスッギーが引き起こす状態異常に対しては対策済。

 この状態異常に絶対の防御はないけれど、対策しなければ敗北は必死だった。

 ドスッギーが引き起こすその状態異常は目の痛みやくしゃみを誘発し集中力の欠如をもたらす。

 麻痺や一時怯みに似ているけれど、そちらは何度か食らえば耐性ができるのに対して、こちらは耐性ができないという特殊性があった。

 その状態異常を「花粉症状(ポリノシス)」といった。

「行くわよ」

「うん」

 鼻息が途切れたのを見計らって境界を越えて僕たちは飛び込んでいく。

「荒れ狂え、レヴェンティ」

 アリーは突入前に宿していた【春嵐】を突入直後に解放。

 鼻息によって入口へと飛んできていた花粉を一気に吹き飛ばす。

 ドスッギーの、というより杉は風媒花であるため、風の影響を受けやすい花粉の形をしている。

 アリーの【春嵐】が吹き荒れ、鼻息よりも強い勢いでドスッギーのほうへと押し戻されていく。

 当然、ドスッギーが花粉症状になるはずもない。僕たちがそうならないための予防策のひとつだ。

 杉自体が防風林として活用されているからかドスッギーも攻撃階級3の【春嵐】ぐらいの風ではびくともしない。

 もっと上位の、放剣士では使えないぐらいの階級でなければ通用しないのかもしれなかった。

 もっとも僕もアリーも風を押し返しながらついでに攻撃しようとは思っていない。

 僕が【火炎球】を連投。アリーの【春嵐】に乗せて威力が増加。

 轟轟と燃える炎の球がドスッギーの体躯に火をつける。

 たまらずドスッギーは体を揺さぶり鎮火。同時に胴体から花粉が散布されていた。

「膨れ上が……クシュン」

 追撃しようとしていたアリーがくしゃみ。アリーは掛け声によって、対象の位置を確認して精度をあげているだけなので魔法の解放自体はできる。【春嵐】によって吹き飛ばされた花粉も、ドスッギーが揺らした体の振動で舞い上がり、目に見えぬ微量だけだけど滞空していた。

 その花粉が防塵具をすり抜けて、運悪く花粉症状を発生させていた。

 それでも解放された【風膨】は狙いをわずかにそらす。アリーから外へと広がるように発生した【風膨】はドスッギーには当たらず花粉だけを吹き飛ばす。

 ごぉぉぉぉおぉぉ、合わせて轟音。

 見ればドスッギーが大きく口を開けて、息を吸い込んでいた。

「アリー!」

「分かってる」

【火炎球】の連投。ドスッギーが吸い込もうとしていた花粉に引火。幾何か燃やし尽くしていくが、量が多い。

「燃え……クシュン。ああもう鬱陶しい」

 掛け声を遮られ、狙いがわずかにずれる。

 解放された【中炎】が花粉を焼き、ドスッギーをも焼き始める。

 ドスッギーは十分な量を吸い込んでいたのか吐息の挙動。

「来るっ!」

 首を一度引いて突き出すようにドスッギーが首を前に。そのまま口を大きく膨らませて花粉を吐……

「違うっ! 逃げて!」

 かなかった。

 ドスッギーは口いっぱいに花粉を含んだまま、そのまま頭で突撃してきた。花粉の吐息が来るとばかり思っていた。

 アリーは不審な挙動を見抜いていたのだ。

「くそっ!」

 アリーの声でようやく反応した僕だが、ドスッギーの針葉樹林のようなけれども鋭い掘削機のような頭に突撃される。

 後手後手すぎた。

 そのまま僕は通路へと弾き出される。

「ああ、もう」

 アリーもそのまま通路へと退避。挑戦者がひとりでも戦っていると通路から部屋へと入ることはできない。

 さすがにひとりでは分が悪く、僕が再び部屋に入るためにもアリーは通路へ出る必要があった。

 全挑戦者が境界を越え伽藍となった部屋では燃えていたドスッギーの体躯が見事に治癒されていた。

 ドスッギーは自らが燃えているのも厭わず僕を放り出すことで自らの治癒を画策したのだ。

「あんな手段を使ってくるなんて」

 強力な状態異常である花粉症状を意識させてからの突進はさすがに見抜くのは難しい。

 吐息の回避に神経をすり減らしていたから見抜けなかった。

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