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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
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錯誤

64


 イロスエーサとジネーゼがコーエンハイムが合流するさなか、リーネは詠唱する。

 身を隠して詠唱することも可能だが、対象指定が必要な癒術、魔法においては相手を視認する必要がある。

「基礎からツァティーを通り勝利へ」

 展開するのは祝詞からして癒術。 

「勝利からカフを通り慈悲へ。慈悲からテットを通り神力へ。神力からラメドを通り美へ。美からヌンを通り勝利へ戻り発現!」

 決まった祝詞を唱えて、癒術が固定される。

 リーネは遠方からトンショウを視認。

 詠唱は【電波】を通して、ジネーゼたちにも聞こえている。

「精神を揺さぶり、御身に宿る階級を間違えよ!【級錯覚】」

 そうして癒術は発動された。

 かつてウィッカとの戦闘でこの癒術の使用によって、ランクダウンし、DLC『恐/狂竜感染』に耐えきれなかった事象が発生した。もちろんそれを見ていたブラギオは修正し、その後は事なきを得たが、イロスエーサはそれと似たようなことが起きるのではないか、と睨んでいた。

 トンショウたちランク7の改造者が生まれたのはおそらくウィッカのブラギオ以外の幹部が持っていたDLC『階級向上』が闇市場に流出し、それに価値を見つけたジョーカーが活用し、それまで複合職でしかなかった十二支悪星を短期間で上級職に変貌させたというのがイロスエーサの推測。

 けれど事実は違う。

 ドゥドドゥ・ジョーカーはブラギオー―グエンリンが成り変わっていた本物のブラギオの共同研究者だった。

 ブラギオはそもそも現行の改造ではない違法性のない改造としてDLCを開発していた。

 副作用もなければ、違法性もない、誰しもが平等にDLCを使えば、どこまでも強くなれることを目指していた。もちろんそれまでの道程も手段も非人道的だったが。

 グエンリンの反乱をあらかじめ察知したドゥドドゥは研究資料を持って逃げ出していた。

 だからDLCの初期段階の資料は持っていた。そこから改造屋として、悪の組織を運営しながら、DLCに似た何かを開発していた。

 そもそもDLC『階級向上』は試作段階で、それを使っても上級職になれるかは検証されてない。そもそも上級職になるにはランク7に至るまでの宝石が必要となる。その条件をDLC『階級向上』では達成できない。グエンリンもおそらく無理だろうとは思っていた。とはいえDLC『階級向上』でランク7にしてDLC『恐/狂竜感染』が使用可能になれば上級職になれなくても一定の強さは手に入れることができるとグエンリンは睨んでいた。もしレシュリーがグエンリンを倒せなければそうなっていた可能性すらあった。

 閑話休題。

 ともかく、ドゥドドゥはその初期段階の資料を使って独自の路線でDLC『階級向上』に似たもの、DLC『経験上昇』に似たもの、そして上級職になれるものの開発に成功していた。

 もちろん、本物のブラギオが考えていた違法性のない、つまりやがては合法に認めれたかもしれないような代物ではなかった。

 そんなものが完成してしまえば改造を求める愚かしい人間がいなくなってしまう。それはドゥドドゥにとって、ひいては悪の秘密組織ジョーカーにとって退屈でしかなかった。

 ドゥドドゥが作ったのはあくまで違法、非合法。名を――(イリーガル)DLC。そのiDLC『階級向上』『経験上昇』『上級転職』はトンショウをはじめ十二支悪星に施されていた。

 ディエゴたちに真っ先に叩き潰されたシュウジョがランク7になったのは改造と宣っていたが、そもそもその改造というのがこのiDLCによるものだった。

 レベルの底上げ、ランク7への到達、上級職への転職、それら全てをiDLCに担っていた。

 それでもiDLCには限界があり、ランク8、9、10へと到ることはできていない。それがなぜなのかドゥドドゥにも分からなかったが、世界という構造が何らかの原因を作っているのかもしれなかった。

 同時にいつかは到れるだろうと確信めいた憶測もドゥドドゥの中にはあったのだが。

 ともあれ、iDLCによってランク7へと到ったトンショウへと【級錯覚】が到達する。

 そもそも正規のランク7冒険者に【級錯覚】を使用した場合、その冒険者は一時的にランク6にダウンし、その数秒間のみ、上級職から複合職へと戻ってしまう。

 ではトンショウは。ランク7へと改造で到り、上級職へと改造で到ったトンショウはどうなるのか。

 結果が現れる。

 どろりと溶けた、わけではない。あれはDLC『恐/狂竜感染』の副作用だった。

 トンショウはただ純粋にランク6へと下がり、地獄師ではなく、その下位の複合職悪魔士へと転落していた。

 目に見える変化は地獄化が一瞬にしてかき消えたことだろう。

 地獄賛歌を歌っているトンショウだが、その賛歌は地獄師が歌ってこそ効力がある。

 悪魔士がその歌を紡いだところで無意味、無価値だった。

 地獄から再生した土地をジネーゼが走る。

 毒がたっぷりとしみ込んだ愛剣、短剣〔見えざる敵パッシーモ〕を握りしめて。

 回り込めず、背後を突けないため、トンショウはジネーゼが近づく姿を視認。

 それでもその瞬発力でトンショウへとジネーゼは【級錯覚】が効力を及ぼしている一瞬で近づいていた。

 本能だった。

 数秒でも地獄化しなかった景色に慌てて、トンショウは鋼爪〔初夜喰われのモブジン〕をジネーゼへと振るっていた。

 本能だった。

 ジネーゼもまた、当たるまいとして勢いづく身を捻じって鋼爪を避けて、一歩後退距離を取る。

「あ」

 ジネーゼは過ちに気づく。

『【級錯覚】の効果が消えるよ、下がってジネーゼ』

 再び地獄化する危機をリーネが伝える。

 だが遅い。その一秒後、いや一秒にも満たない時間を経て【級錯覚】は消える。

「にっ」

 トンショウは危機を脱したことに喜々して喜ぶ。そして歌い出す。地獄を讃える歌を。【地獄賛歌】を。

 歌に呼応して景色が変わっていく。

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