二刀
9
「話は済んだようじゃな?」
様子を窺っていたらしいバルバトスさんが僕たちに話しかけてくる。
「アリテイシアという子はお主であっておるのか?」
アリーへと向きを正しバルバトスさんは訊ねる。
「そうだけど、何?」
「ディオレスの死後、アリテイシアにこれを渡せと、ディオレスからの言伝じゃ」
バルバトスが渡したのは狩猟用刀剣〔自死する最強ディオレス〕。
「でもそれ、アリーは使えないんじゃ?」
僕が疑問を呈する。アリーには魔充剣が必要だからだ。
「ディオレスはお主が隠れて何をしていたか、見破っていたようじゃな」
「あのクソバカ。いちいちこんなことしなくてもいいのに……」
「師匠は弟子に何かを残したいものなんじゃよ」
「よりにもよってなんで私なのよ。というか……私の秘密特訓がバレてたのね」
「秘密特訓?」
「そっ。あんたみたいに両方使えると便利でしょ」
そう言ってアリーは右手に魔充剣レヴェンティを左手に狩猟用刀剣〔自死する最強ディオレス〕を握り締める。
二刀流となったアリーは軽く剣を振り回し、自在に使えることを見せつける。利き腕ではない左手が違和感なく使えていた。放剣士はひとつの魔充剣にしか魔法を宿せないので二刀流の場合、片方はふつうの剣でもいい。二刀流の修得は努力次第でなんとかできるとはいえ、そこに至るまで、絶大な努力が必要になる。
「どう?」
「すごい」
僕のたった一言だけの感想に、アリーは少し嘆息しつつも、どことなく嬉しそうだった。
バルバトスさんはその様子を見つめたあと、アルのほうへと歩み寄る。僕の怪我を治したリアンは他の負傷者の治療にあたっている。アルはその近くにいた。
「アルよ。頼まれていたものができたのじゃ」
バルバトスは鞘ごと屠殺刀〔果敢なる親友アーネック〕を手渡す。
「これが、アネクが宿った……刀」
「そうだ。アネクの性格を考慮して大剣にすべきだと思うたがお前が扱うということで刀にした。きちっと名前が定着してくれるが心配じゃったが見事定着した。それはやはりお前に扱って欲しいからじゃとワシは思っておる」
「そうですか……。ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
「一応、予備扱いではなく、使い分けるのじゃぞ。刀剣〔優雅なるレベリアス〕は守り主体として作った。何かを守るとき、使うが良い。しかし屠殺刀〔果敢なる親友アーネック〕はその逆。アーネックのように果敢に攻めるときはそちらを使え」
「分かっています。師匠の流派とアネクの刀、これがあれば百人力です」
「準備は、万端みたいだね」
あたりを見渡し、僕は確認する。アリーとアルは新たな武器を手に入れ、慣れるためか軽く素振りをしていた。 ネイレスさんは上下刀を、コジロウは忍刀を構え、準備は万端。
リアンはここで治療役、アクジロウは救助役を引き受ける。
「弟子に後は任せて、一般人に戻ることにするかの」
アリーに武器を託したバルバトスさんは戦う武器がなく誰も反論はしなかった。
「やあやあ、ようやく見つけましたよ」
そこに駆け込んできたのはリンゼットだった。
「生きていたんですか!?」
安堵と戸惑いの声で僕が叫ぶ。
「心外ですよ。確かに震えて隅に隠れていたのは事実ですが、これでも元冒険者なのですから、逃走術は完璧なのです」
なんとも自慢にならない自慢だ。まあ僕も逃走術に関してはそれなりにあるほうなので、何も言わずにおこう。
「それはそうとです。ヒーローさん、定着しました」
アリーにコジロウ、ネイレスがその言葉に戸惑うなか、その言葉の意味を僕は一瞬で理解する。
「ああ、そうなんですか」
けれど今はルーンの樹に技能が定着したところでどうでもいいことだった。
「そうそう。言い忘れましたが私もついていきますよ」
「あんたは来なくていいわ」
アリーがリンゼットを止める。元冒険者だろうと武器がないなら迷惑なだけだ。
「いえいえ、ついていきますとも。私はヒーローさんからお返事を頂いておりませんから」
「それだったら何度も断っているけど」
「しかしあなたには迷いがあったはずです」
「いや、もうないよ」
アリーが一緒に救うことを約束してくれた。それはつまり僕とまだ冒険をしてくれるということだった。だったら迷う必要すらないのだ。
「おやおや。確かに一気に雰囲気が変わりました。迷いが吹っ切れた感じですね。でしたらここで私は戦線離脱するべきなのでしょう。非常に至極残念ですが」
「分かってくれればいいよ」
「ですが、諦めていないことだけは伝えておきましょう」
「往生際が悪いですね」
「それが信条です。だからこそ、今もこうして生きている」
確かにしぶとさは今生きているということが証明していた。僕はリンゼットを少しばかり見直す。負傷者のなかにはおそらく元冒険者だった人も低いランクの冒険者もいる。なのに無傷でここまで逃げ延びているのはすごいことだった。
「行こう」
それが合図になって、誰からということもなく駆け出した。
【造型】。僕は球を作り出す技能を念じて両手に【回転戻球】を作り出す。ルーンの樹に定着したからか、心なしか早くできたような気がした。
僕はに【回転戻球】を握り締めてアジ・ダハーカのもとに急いだ。
***
ソレイルがアジ・ダハーカへと斬りかかる、と思いきやソレイルは何かを思い出したように、後退。
他の討伐部隊はそのソレイルの行動には気づきもせず、アジ・ダハーカへと向かう。
「端から全力で行きましょう」
ハイムの姿が大蛇のような頭と尻尾を持ち、ライオンの鬣のような毛で全身が覆われているドラゴン、ベルーダへと変貌。
続くようにシンシアが下半身が鷲へと変わり、腕も鷲の翼へと変化。かすめ取るものを意味するハーピィへと変貌。変身元であるハーピィの胴体は糞まみれで悪臭がするのだが、そういう汚点を消せるのも獣化士の利点だった。
ロッテムも下半身が馬になり、背からは翼が生える馬の尾が蠍の尻尾へを変わる。ケンタウロスに似たパビルサグへとロッテムが変貌。
一方でギギユは上半身が樹木へと変わり、髪が枝へ足が根へと変わる。樹木の魔物トレントだった。
トレントたるギギユが全身と、自らの武器である緊縛鎖〔吠えるフェンリエ〕を使ってアジ・ダハーカの口がなく瞳が三つある右頭を拘束。続くハーピィのシンシアが空中から強烈な蹴りを放つ。針蹴具〔踝好きのエンエゥフ〕によって強化され、強固な鱗さえも打ち破った。
続いてベルーダが噛みつき、掘削拳〔慟哭のドゥリル〕の回転する拳が鱗を掘削。パビルザクたるロッテムが短弓〔歌うペルベソ〕でその傷をさらに抉る。
しかし四匹にして四人はアジ・ダハーカの異変に気づき、飛びのいた。
「なんなんだ、こいつは!?」
アジ・ダハーカの名前と姿は噂では聞いていた。わずかだが出回るダハーカ防具一式の値段の高さとその少なさから強さとその屍骸の値段も予想がついていた。
けれど彼らが知っていたのはそれだけ。たったそれだけだ。だから目の前の光景に驚き戸惑っていた。
アジ・ダハーカの傷口から血は出なかった。代わりに虫科に分類される魔物たちが溢れてくる。数匹ではない。数千匹もだ。
「カッカッカ! こいつは体内にありえない量の魔物を飼っているんだよ!」
その様子を見てソレイルは哂った。攻撃を躊躇ったのは、そのことを知っていたから。
あふれ出た虫科の魔物は勢いをつけ、獣化した冒険者へと襲う。『黒きG』と表現されるカローチが顔にへばりついたハーピィのシンシアが悲鳴をあげ、這うように身体を登ってくるビックピードのおぞましさにトレントのギギユが硬直する。
「気を確かに持つのです」
ハイムの声に喚起されギギユとシンシアが正気を取り戻し、自らについた虫系魔物を払いのける。
「ハイム、こいつらはボクたちが撥ね退けるよ!」
女狂戦士ノノノとそれに従う屈強な狂戦士ゴッデリがハイムたちの前に出た途端、魔物たちが飛び散り、青緑の血が躍るように飛び散る。【瞬間移動】を用いた速攻だった。
虫を相手に舞うふたりの狂戦士の背後のからムシコブラが強襲。
噛みつこうとしたムシコブラから優先的に弓士リッソムとアイジアがそれぞれの武器、狩猟弓〔蛮勇のインリヨク〕と狩猟弓〔相対するリィロン〕で的確に射抜いていく。
弓士の攻撃の正確さは全ての職業のなかで一番。蝿すら射抜く正確さを持ってすればその何倍もあるムシコブラを遠距離から射抜くなど容易い。
「アンドレとカンドレはついておいでニャ! ジジマルはひとりでもいけるよニャ?」
「是」
ジジマルは頷き、散開する。
ジシリが向かった先は口がひとつで目がふたつある正面の頭。
全身黒毛のケット・シーへと変貌したジシリが跳躍。音もなく正面の頭へと着地したジシリを探すアジ・ダハーカの首が左右へと動くもそれに振り落とされもしない。
狩士アンドレとカンドレがそれぞれ左右から短剣を投擲。アンドレの投擲短剣〔泡銭のミレッド〕が突き刺さり、カンドレが続け様に投擲短剣〔悪銭のラソファー〕を投げる。それがまったく同じ場所に刺さり傷口をさらに抉った。
血の代わりに虫系魔物が出現するもアンドレにカンドレはそれを無視。さらに柄についている鎖を引っ張り、投擲短剣を引き抜いたふたりは連続投擲で他の場所も傷つけていく。
アンドレとカンドレの陽動に気を取られているアジ・ダハーカの頭からシジリは急降下。その速度を活かし屠竜大剣〔鼓動するギジマ〕で頭を両断する。
「ニャ!?」
直後、起こった出来事にジシリは驚愕していた。
そこから大量に溢れ出た魔物が顔を形成。まるで挿げ替えるように両断されたはずの正面の顔が再生。
その顔から開いた口から見えるのは炎の塊。吐き出されたのは【業炎吐息】。
炎を吐息は確実にジシリを捉えたが、威力がジシリの手前で減衰。
グランヂが発動した【減熱壁】が炎を緩和していた。無効化はできずに火傷を負うが致命傷には程遠い。
「グランヂさんの手を煩わせるとかムジカは何をやっている感じ?」
「ジゼロが重傷で気が動転してるようです」
「僕たちはあくまで回復中心で、息吹から守るのはムジカの役目なのにまったく使えないじゃないでっすかー!」
「まあまあ、イッテさん。そう怒らないで。炎なら僕のサラマンダーが対応できますし」
イッテが愚痴を零しナグが宥める。一方で状況を見極めグランヂは指示を飛ばす。
「ムジカの代わりにナグは炎の対処、イッテは他の攻撃の対処をお願いします。ロイムはいつも通り制限時間内なら【傷←→治】で傷を逆転させてください。ジゼロは時間切れですから俺が当たります」
「やれやれ、だから経験浅いやつは嫌いっていつも言ってるじゃないでっすかー」
グランヂが指示を出すとムジカの愚痴を零しながらもイッテはグランヂの命令を否定しない。他のふたりも何か言いたげだが、イッテの言葉が全てを代弁していた。
上下に口がひとつずつと中央に瞳が一つの左の頭へとジジマルがひとり特攻する。音もなく近づき、中央の瞳に刃を突き刺すと、アジ・ダハーカがあえいでいる隙に離脱。
一撃離脱。それがジジマルの戦い方だった。木陰に隠れ、ジジマルはアジ・ダハーカの隙を窺う。全ての隊において唯一ジジマルだけが、単独行動を許可されている。
そもそも暗殺士は単独行動を好み、一撃離脱が主流。ジシリもそれが分かっているので自分の隊においておきながら自由にさせている。もっともジジマル自体が一撃離脱戦法で竜を倒した経験を持つ猛者なので余計な援護こそ邪魔になるとも踏んでいた。ジジマルもまたソレイルのように単独で竜を屠る冒険者なのだ。
しかしソレイルと違ってジジマルは臆病ゆえに慎重。自分の力量を超えた竜には絶対に無理をしない。ソレイルはジジマルから見ても異様だった。どんなに強敵であろうと臆しない、むしろ無謀とも思えるゴリ押しで竜を薙ぎ倒すその姿はむしろ畏怖すべきだった。
その畏怖すべき竜殺しがアジ・ダハーカを前に何もしない。何もしようとしていない。だからこそジジマルの臆病な心は何かがあると警戒心を生み、ジジマルをさらに慎重にさせている。




