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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
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三天


60


『ヴォンは一先ずあやつから距離を置くである』

『ですガ、そうなるト、人数が……』

『まだレシュリーはんにヴォンが掴んだマル秘情報を伝えてねえっぺ。だとしたら今お前が死ぬほうが問題だっぺ』

『そういうことである』

 イロスエーサが伝えたかったことをウイエアがヴォンに伝える。

 本来なら今日の会議で十二支悪星と呼ばれる存在について共有するはずだったが、それができずに今に至る。

 それらがどういう名前をしていてどういう姿でどういうものなのか、まだその姿を認知していないが、ディエンナが逃げた先、悪の秘密組織ジョーカーで作られた改造人間であることだけは分かっていた。

 その情報を知るのはヴォンしかおらず、依頼を遂行するのならヴォンの生存は必須だ。

 目の前にその十二支悪星のひとりトンショウがいるのは後世では笑い種になりそうなほどのお酒の肴かもしれないがヴォンもまだそこまで情報を掴んでいない。

 さらにトンショウに追いつかれてしまった今、情報を共有するには時間が足りなさすぎる。もし共有できれば、その情報を聞いた誰かがもしかしたら目の前のトンショウが十二支悪星のひとりかもしれないと見出せたかもしれなかった。

 もちろん、ヴォンが逃げ切るのはそう簡単にいかない。それでも生存確率を高めるために距離を置く必要があった。

 ヴォンがじりじりと後退を目論むなか、トンショウは歌を歌い始め……ない。

 まずは距離を縮めることに全力を注いだ。

 野外ではトンショウが発動範囲の中心になる。

 なれば五人に顔が近いと言われるほど近づいたほうが手っ取り早い。

 とはいえ五人もそれを許さない。

 鋼爪〔初夜喰われのモブジン〕を右手に装着しているトンショウの進路を塞ぐようにまずはコーエンハイムが前へ。

 一応、元スカル&ボーンズのリーダーだが、情報収集能力よりも戦闘能力に長けている。

 五人のなかで一番強いゆえにコーエンハイムの攻めが通用しないのなら、逃げの一手しかなくなる。

 もちろん、すでに地獄賛歌を避ける術がないという窮地に陥ってはいる。

 しかし五人は至極単純な解決方法を思いついている。

 それは詠唱中断と同じ手段。

 詠唱中に攻撃を浴びせ、詠唱を止めるのは冒険者の常識。

 魔法士系複合職がいる場合、いかに守り切るか、で大きく戦局が動く。

 地獄賛歌も同じ、歌ってから何分間か、周囲を地獄に変えるのなら、地獄に変わるまでに要する時間を歌わせなければ、地獄賛歌はその効果を発揮できない。

「私がフォローをしますねえ」

「よろしく頼むんだなあ」

 アギレラはコーエンハイムの秘書という肩書だが、冒険者。

 前述したように天魔士でランクは5。コーエンハイムと一緒に冒険した時期もあり、一時は恋仲でなんやかんや有って別れたものの、仕事の有能さは理解しているコーエンハイムに雇われている経緯がある。

 アギレラは一声して【天魔召喚】を発動。

 現れたのは第三天(シェハキム)の小天使。【天魔召喚】は悪魔も呼ぶことが可能だが、地獄賛歌によって周囲を地獄に変えられるトンショウに加担しないとは言い切れない。

 その点、天使であれば、地獄と対である天国の住人であれば、地獄師の絶対的な敵なのは想像に容易い。

 第三天の小天使はふたりの赤子の上半身が腹と腹でくっついたような姿。足はなく、それぞれの赤子に生えた上向きの翼で宙に浮いていた。

 下半身は光輝く金髪の赤子。あどけない笑顔で笑っている。見れば誰もが幸福を感じてしまうような笑顔。

 反対に上半身は黒霧に包まれた赤子がそのなかで不気味に笑っている。その無邪気さで何もかも破壊してしまいそうな恐怖があった。

 その第三天の小天使たちの装いは、彼らが住まう第三天を現わしていた。

 天使たちの住まう地――通称天国のひとつ、第三天は天国の中の天国であった。

 どの天使も光り輝き、甘美な歌で皆を褒め称えた。すばらしく美しい土地に咲き乱れる満開の花は枯れることがなく、果物は食べても食べても半日も経てばまた実り、そのたびに甘さは増す。四つの川はどれもが澄み切っており、そこかしこを潤していた。常に吹く心地よい風は誰一人として不快にならない香りのよい匂いを運んでいた。

 ただし南側は。

 北側に目を向ければそこは闇と霧に包まれ、南側を常に照らす光など一切入らない。

 残酷で無慈悲な天使たちがそこに連れてきた囚人を苦しめていた。

 彼ら不信心者は決して褒められることがなく、罵倒され、暗黒の炎の熱さに耐えながら、南側を豊かにするために働かされていた。

 第三天の小天使はこの北と南の対極な姿を体現しているのだ。断罪の天使と幸福の天使。ふたりでひとりが対極の天使となっていた。

 断罪の天使は鞭を握り、幸福の天使は棒に刺さった飴玉を握っているのも、皮肉が利いている。

 ぐるり、ぐるりと主従が変わるように第三天の天使は上下を入れ替えるように回り、幸福の天使が上へとやってくる。

「歌には歌で対抗しますねえ」

 アギレラの指示で幸福の天使は甘美な歌を歌いだした。

 聞いているだけで満腹感ならぬ満福感に包まれる第三天の天使(幸福)たちの歌声【天使合唱】は聞いたものの能力値を底上げるだけでなく、地獄賛歌に対抗する有効打だった。

「聞いてる様子がないんだなあ」

「どうしてなんですかねえ」

【天使合唱】の効果は確かにコーエンハイムたちに及んでいる。

 その近くにいるトンショウも効果を受けないはずがなかった。

 それでもコーエンハイムの暗殺刀〔暗殺士暗殺者のユユ〕による刺突を鋼爪〔初夜喰われのモブジン〕で爪弾き、巨大蟻独唱会のように歌いだしたトンショウに天使たちの歌声は届かないでいた。

 音量は数に勝る天使たちのほうが上にも関わらず。

 有効打になりえるはず、そう思っていたコーエンハイムたちの打算を覆す誤算がひとつある。

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